教育委員会対象セミナーを3月27日、仙台市内で開催した。文部科学省初等中等教育局学校デジタル化プロジェクトチームリーダー・武藤久慶氏、新地町教育委員会、郡山市教育委員会、岩沼市立岩沼西小学校、福島市立吾妻中学校、仙台白百合学園小学校、宮城県古川黎明中学校・高等学校が登壇。当日の講演内容を紹介する。なお肩書きは3月末時点。
武藤久慶氏(4月1日より文部科学省初等中等教育局修学支援・教材課長)は「GIGA端末の1人1台整備についてはひと段落し、活用フェーズが始まっている。なぜGIGAスクール構想が始まったのか。活用フェーズだからこそ、その意義を確認する必要がある」と話す。
学習指導要領の前文には、これからの学校に求められるものとして「1人ひとりの児童生徒が自分のよさや可能性を認識する」「あらゆる他者を価値のある存在として尊重する」「多様な人々と協働しながら様々な社会変化を乗り越える」「持続可能な社会の創り手となる」ことが記載されている。このような人材育成が求められている背景としては次の5つがある。
今の小中学生は、多様性に満ちた社会の中で働くことになる。
日本企業と外国企業のM&Aや日本企業への直接投資は高水準で推移している。コロナ禍以前では在留外国人や訪日外国人が過去最高となった(20/3/17日本経済新聞「日本、大型M&Aに弱点投資銀に車業界の専任不在 変革期迎え見直しも」)(対日直接投資残高は30兆円の大台へ/ジェトロ対日投資報告2019・要約)。
また、外国由来人口は2065年には総人口の12・2%に、働き盛りとされている20-44歳では17・9%になるという推定もある(是川夕・2018『日本における国際人口移動転換とその中長期的展望–日本特殊論を超えて』「移民政策研究」Vol.10)。
自動車業界を始めとした異業種との連携も加速している。競争のみではなく、協働しながら新しい価値を創出するという労働市場が生まれつつある。
今の小中学生は、人口減少や少子高齢化の影響を受けた社会で生きることが予測されている。
2050年には日本の総人口が約1億人まで減少(21年10月1日時点で1億2550万人)し、そのうち生産年齢人口は約5割と推定されている(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」2017年推計)。人口減少の中、キーとなるのが「生産性」の向上であるが「日本の1人あたりの労働生産性」はOECD諸国では38か国中28位と下位(公財・日本生産性本部「労働生産性の国際比較2021」)。日本人の勤勉性が生産性に結びついていない状況がある。
3世代同居の割合は激減しており、1人親世帯も増加。核家族が増え周囲に大人が少なく、かつ子供も少ない(国民生活基礎調査の概況・厚生労働省)。そんな中で「多様性」に対応するためには、「学校」の役割がこれまで以上に重要になる。異年齢や地域と協働・コミュニケーションする機会を意図的意識的にデザインする必要がある。
仮想空間と現実空間の高度な融合により、デジタル技術が行き渡る社会が到来する。現状、日本のデジタル競争力(※)は29位(IMD「World Digital Competitiveness Ranking」2022)。特に「人材」「デジタルスキル」のスコアが低い。教育者に求められることは、デジタル技術のよき創り手、使い手を育てることであり、AIやロボットで代替しにくい仕事に就くこと、そんな仕事を創出できる力を育むことである(※デジタル競争力=デジタル・技術スキル含む知識・テクノロジー・将来に向けた環境整備の3領域から構成され、54指標に基づき算出)。
「技術や知識の激しい変化を上回るスピードで人に投資しないと知識が陳腐化し、水準を維持できない(学習院大学・滝沢美帆教授)」と指摘されている。未知のものを学び続けるためのスキルとマインドが重要だ。
2007年に日本で生まれた子供は50%の確率で107歳まで生存するという推定がある(17年9月第1回人生100年時代構想会議資料/リンダ・グラットン議員提出資料)。変化の激しい時代の人生100年ということだ。終身雇用を理想とした社会はほぼ終わりに近づいており、日本でもマルチステージ制が始まりつつある。既に若者の意識は大きく変わっており、終身雇用を前提として考えていないという実態もある。
このような激変の時代の中、学校教育が、時代からも社会からも世界からも遅れたままで良いわけがない。日本の小中学高校生及び大学生の学びに関する課題として、次のものを解決しなければならないと考えている。
PISA2018調査では日本の児童生徒がPCに不慣れなこと、テキストから情報を収集し、情報の質と信ぴょう性を評価すること、自分の考えを他者に伝わるように表現することなどに課題があることが分かった。一方で、スマートフォンの保有率は小学生で2010年にはほぼゼロだったが、現在は63・3%と極めて高い(内閣府21年度青少年のインターネット利用環境実態調査)。フィルターバブル(自分の好む情報だけに囲まれ多様な意見から隔離されやすくなる)やエコーチェンバー現象(同じような意見が、閉ざされた空間の中で反響して大きくなっていく)にからめとられるという強い危機感がある。
児童生徒自身が賢い使い方を知る必要があり、そのためにも学習でPCやネットワーク等を活用する必要がある。
ユニセフ報告書によると、日本の若者の精神的幸福度が低く(38か国中37位)、社会的スキル(すぐに友達ができると思う)についても低い(40か国中39位)(レポートカード16)。また、理工系大学への進学者も17%と日本はOECD諸国で同率最下位(2019OECD.stat「New entrants by field」)。「勉強が嫌い」という児童生徒は小学校高学年から増え始め、中学校2年では57・3%に増える(ベネッセ教育総合研究所・東京大学社会科学研究所「子どもの生活と学びに関する親子調査2016」)。大学1年生の学習時間はほぼゼロが最多層(東京大学大学経営・政策研究センター『全国大学生調査』2007)で、ビジネスマンはスキルアップの時間が少ない(ランスタッド株式会社「ランスタッド・ワークモニター」2017年)。そこで国では、大学及び高等専門学校が理数分野への学部転換に踏み切れるよう複数年度において財政支援を行う基金を創設(3002億円)。これを生かすためにも初等中等教育段階で理数から降りてしまう児童生徒を減らしたいと考えている。
「自分には長所がある」「自分の考えをはっきり相手に伝えることができる」「うまくいくかわからないことに対して挑戦する」割合も低い。中でも「自分で国や社会を変えられると思う」が18・3%とOECD諸国に比較して著しく低い(編集部注・次に低いのが韓国の39・6%)。
また、「自分の国に解決すべき社会議題がある」と考えている率は46・4%であるが、これも他国と比較すると低い。さらに「課題であると考えたことについて議論している」割合も著しく低い(我が国と諸外国の若者の意識に関する調査・18年度・19年6月内閣府)(日本財団・第20回18歳意識調査)。
これらの結果から、日本の若者は民主主義にとって重要な当事者意識が低いと考えることができる。このような問題を解決するためにも「課題を見つけ解決のために話し合い解決策を見つける」という学習が求められている。時間が必要な学習方法である。学校アップデートには教員の働き方改革もマストであり、改善は進んでいるもののさらに加速する必要がある。これらを効率よく進めるための環境整備がGIGAスクール構想である。
課題の原因がすべて教育にあると考えるのはアンフェアである。日本の大学生が勉強に時間を割かないのは大学のカリキュラムの問題かもしれない。また、ビジネスマンがスキルアップをしないのは、企業が人材育成に資本をかけないからかもしれない。
進化を犠牲にして守ってきたものもあるかもしれないが、それも限界にきている。社会が変わっている以上、応分のアップデートが学校にも必要である。
アップデートにおいて、日本をとりまく現状は厳しい。例えば、就学援助を受ける児童生徒が高止まりをしており、最も高い県で25・88%。中には50%を超える学校もある。通級指導も激増、不登校も増えている。暴力行為は小学校で特に増え、家庭での虐待相談件数も増えている(文部科学省・厚生労働省)。
そのため教室の中の児童生徒の理解度や学力等は、特に初等中等教育においてばらばらであり、ここで「誰ひとり取り残さない」を可能にしなければならない。それを可能にするためには紙ベースの一斉指導は実情に合っておらず、子供のwell-beingから遠ざかるのではないかと考えている。
不登校及び不登校傾向にある中学生と22歳までの卒業生に「どんな学校だったら学びたいと思えるか」を聞いたところ、「自分の学習ペースにあった手助けがある」44・6%、「自分の好きなこと、追求したいこと、知りたいことを突き詰めることができる」67・6%であった(日本財団「不登校傾向にある子どもの実態調査2018」)。
これらを本気で実現するために、GIGAスクール構想が始まった。GIGA端末の活用で、質・量ともに格段に充実できると考えている。端末は、学校を社会に開くきっかけになるだろう。
今年度中にPISA2022の調査結果や教員の勤務実態調査結果も公表されるだろう。25年度からの次期学習指導要領改訂の前にGIGA環境の更新も始まる。今は極めて重要な時期である。既に素晴らしい授業が一部の学校で始まっている。これを全国展開できるように活用状況の格差についても解決を図っていく。
【第97回教育委員会対象セミナー・仙台:2023年3月27日 】
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2023年5月1日号掲載