平成19年度、横浜市の中学校が修学旅行で初めて航空機を使い九州へ行き、首都圏の学校の修学旅行が大きく変わった。さらに、23年3月には九州新幹線が鹿児島中央駅まで全線開業し、関西・中四国から南九州へのアクセスが良好になった。現在、首都圏3空港からは片道約170便が九州9空港へ毎日運航しており、料金はどの空港へ行っても一律と選択肢が拡大している。九州は平和・歴史・文化・自然など学習素材が豊富で、学校のニーズに応じた様々な修学旅行が展開できる。そこで、(一社)九州観光推進機構は、東京、神奈川の中高教員へ向けた「九州教育旅行現地視察会」を実施し、温暖な南九州の学習素材を体験してもらった。
鹿児島県は、自然・歴史・産業(食・技術)を学ぶことができる。特に、明治期から昭和期の激動の日本が詰まっている。昨年世界文化遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産(略称)」の構成資産も残る他、太平洋戦争末期、本土防衛の最前線となったことから、平和と命の尊さを学ぶ施設も多い。
【知覧特攻平和会館】
知覧特攻平和会館では、新たにiPad miniを導入して見学をサポートしている |
再現された陸軍一式戦闘機「隼」や遺書、手紙などがびっしり展示されている中央展示室 |
世界文化遺産が残る仙巌園(反射炉跡) |
教育旅行向けの学習内容を強化
陸軍の特攻隊員439名が飛び立った、知覧の「知覧特攻平和会館」(南九州市)を視察。ここでは多くの学校が、まず語り部による講話の聴講かDVDの視聴により、太平洋戦争に至った背景や、戦争末期になぜ特攻という方法がとられたのか、概要を学ぶ。
その上で館内を見学すると、資料の一つひとつが強く印象に残り、理解しやすい。同館を訪れる学校団体は、中高生が多い。自分たちと同世代の若者たちが戦争に巻き込まれた歴史を通じて、先の戦争で亡くなった多くの人の思いを引き継いで日本を復興させた人がいること、親子の絆や愛情、平和への思いを、同館では学ぶ。
その学びをサポートするため、語り部による講話やDVDだけでなく、音声ガイドタブレット、同館周辺にある戦争遺跡をボランティアガイドと巡る戦跡巡りといった様々なプログラムを提供。
昨年12月には新企画展示室をオープン。当時の遺書や手紙は、現代の子供たちにはやや読み難いことから、新展示室では読みやすく工夫が施された。3月には事前学習用DVDが完成予定と、様々な角度から子供たちの理解を深める。
【尚古集成館・仙巌園】
日本の近代化を斉彬公から学ぶ
錦江湾(鹿児島湾)を望む磯地区には、「明治日本の産業革命遺産(略称)」の構成資産として、反射炉跡、旧集成館機械工場、旧鹿児島紡績所技師館がある。現在ある歴史博物館「尚古集成館」は、旧集成館機械工場の建物で、摩藩主・島津斉彬公が西欧諸国のアジア進出に対応し、軍事及び産業の近代化を進めた場所。同館ではそれらの歴史を、資料を通じて学ぶ。
斉彬公は製鉄、大砲、造船、紡績、摩切子などのガラス、摩焼の研究・製造など、軍備だけでなく産業の育成を図り、豊かな国づくりを目指し、明治期の「富国強兵」「殖産興業」を先駆けて進めていたとも言える。
島津家の別邸であった仙巌園内は、桜島を望む雄大な景観が見どころ。園内には鉄を溶かして大砲を造るために建設された「反射炉」の跡地(2号炉の下部構造が残る)があり、当時の姿を垣間見ることができる。武家の伝統を伝えたり、修学旅行生向けの「武家の作法による和食マナー講座」も行われ、班別の見学にも適している。
ボランティアガイドの案内で熊本城と再現された本丸御殿を見学(上)桜の馬場城彩苑では食事の他、見学施設や土産物の購入も可能(下) |
阿蘇火山博物館では、阿蘇中岳の現状やこれまでの噴火の歴史を紹介 |
羽田空港から約2時間のフライトで熊本空港へ到着した一行は、バスで約1時間の熊本市内を目指した。
【熊本城・本丸御殿】
ガイドの工夫で深い学びを得る
熊本城では、2つのグループに分かれ、ボランティアガイドから説明を受けて視察。西側の頬当御門から入城し、宇土櫓、本丸御殿、天守閣と移動した。
1601年に加藤清正公により築城が始まり、当時の最先端の技術と労力を費やし、7年の歳月をかけて築城された熊本城は、天守閣と本丸御殿を西南戦争開戦3日前に原因不明の出火により消失。創建当時を残すものは風上にあった「宇土櫓」(国指定重要文化財)のみだが、ボランティアガイドは「”櫓”の語源は”矢の蔵”とも言われている」「石垣の積み方が年代で違う。緩やかな石垣と急な石垣を比べてみて」など、興味関心が湧くように工夫し、当時の様子を深く学べるように案内してくれる。
平成20年から公開された本丸御殿は、一部を復元したもの。正式な入口である地下の「闇り(くらがり)通路」は、全国にもあまりない建築方法だ。約150畳の大広間、本丸御殿で最も格式の高い「昭君之間(しょうくんのま)」など、荘厳で華麗な姿を目の当たりにした。ここでもガイドから「”昭君之間”は隠語で、実は”将軍の間”という説がある」と小話を聞く。
その後、平成23年の九州新幹線全線開通と共にオープンした「桜の馬場城彩苑」へ。さながら江戸時代の城下町のような雰囲気の中に、熊本城の歴史文化を体験できる施設「湧々座」、飲食・物販施設「桜の小路」がある。100円券が11枚つづりになった買物・飲食券もあり、班別で食事や買物を楽しめるだろう。
【阿蘇火山博物館】
正確な情報を学び”自然”を体感
熊本市内から約1時間半、阿蘇火山博物館へ向かった。現在阿蘇では中岳の活動により、噴火警戒レベルを発している。視察当日の11月21日は噴火警戒レベルが3だったが、24日には2に引き下げられた。
阿蘇火山博物館の池辺伸一郎館長から「正確な情報を当館では伝えている。現在噴煙に見えるものはほとんどが水蒸気で、生きている山の姿。当館は防災の役割も担っているので安心してほしい」と話を聞くと、一堂納得した様子だ。
同館では3階のマルチホールの映像を、昨年8月から新しい映像「阿蘇と生きる」(約15分)に変更。映像では、4回の大噴火を経てできた巨大なカルデラの中に人々が暮らしていること、美しい草原が維持されるための努力があることなどの説明がなされた。
その他、同館のスタッフによるフィールドワークや防災体験学習プログラムなども提供。火口へ向かうロープウェー(停止中)の乗り場にできた「阿蘇スパーリング」は、屋内型プロジェクションマッピングで阿蘇の火山を疑似体験できる。
県は「熊本型教育旅行」として、子供たちに様々な体験をしてほしいと考えている。阿蘇の草原を守るために春に行われる野焼き用の「火消し棒」づくりで環境への貢献を学んだり、「山鹿灯籠踊り」の踊り手から仕事をしながら伝統を守る大切さなど社会との関わりを学ぶ。
実際に子供たちが行うように、民泊家庭で杵と石臼で行う餅つき(上)や、昼食用のしいたけの収穫(下)を体験 |
前日の宿泊先である阿蘇から高速道路を利用し約2時間。平成18年度から活動をはじめ、21年度から農家民泊を受け入れている「北きりしま田舎物語」の実施エリアだ。
【北きりしま田舎物語】
研修を強化して安心・安全を徹底
一行は、北きりしま田舎物語推進協議会の冨満哲夫会長宅を訪問。北きりしま田舎物語は、小林市、えびの市、高原町の58軒で、農家民泊や日帰りの農家体験を受け入れている。宮崎市内からは約1時間。同市内にある宮崎空港には、羽田空港から200名程度が搭乗できる機材が修学旅行に適した時間に運航しており、宮崎空港の利用も視野に入れられる。
同エリアでの民泊は、日頃子供たちが食べている農作物がどのような場所でどのように生産されているか、見て・体験してほしいと、農業・食料・命の大切さ、田舎を知る機会を提供している。
協議会は、子供たちの「安心」「安全」を守り抜くための活動を強化。送迎や様々な活動中の事故を予防するため、リスクの洗い出しから始めるワークショップを実施。その成果をマニュアル化し、全ての受け入れ家庭で共有し、受け入れに慣れた家庭も年に1度の研修は欠かさない。研修は、「浴室と食品の衛生講習会」(保健所)、「救命救急講習会」(消防署職員)、「季節の草花の講習会」(地域)などがある。新たに受け入れ家庭となる場合は、自分たちも民泊を体験する。
冨満会長は体験を通じて、「命をいただくという意味を、身を持って知ってほしい」と願っている。冨満会長の自宅は鉢花やハーブ、野菜等の生産、合鴨を使った無農薬の米栽培、烏骨鶏の飼育を行い「生駒ファーム」と呼ばれている。
農業の閑散期である11月の訪問であったため、昼食の鍋に入れる「しいたけ」の収穫と、石臼と杵を使った「つき」を体験。2人1組でのつきは、普段は知らない参加者同士でも自然と心が通い、笑いの絶えない時間となった。出来立てのはちぎってあんこを包んで試食。
昼食は烏骨鶏を使った薬膳鍋、ごぼうのオリーブオイル炒め、ほうれん草のおひたし、合鴨農法で作ったごはんなど。素材の味を生かしたメニューが多く、そのおいしさを噛みしめていた。
今回は行程の関係上、1か所だけの宮崎県視察となったが、同県は太陽の恵みを生かしたマリンスポーツ、食、エコの学びが豊富。宮崎市では、5月から11月までマリンスポーツが体験可能。東九州自動車道も広がり、移動もスムーズになる他、関西方面からはフェリーでの訪問も可能だ。
【2016年2月15日号】