第84回教育委員会対象セミナー「GIGAスクール構想ICT機器の整備・活用/校務の情報化の推進」を2021年12月3日、東京都内で開催し、教育委員会担当者や教職員が全国から約100名参集した。講演の一部を紹介する。
学習科学、認知科学、教育工学を専門とする益川弘如教授は「対話」を通して知識・技能を構成していくプロセスを研究している。
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新学習指導要領が中学校まで完全実施となった。教科の中で協働的な学びと個別最適な学びを充実し、深い学びを実現することが求められている。そのキーとなるものが「情報活用能力」の育成である。
約20年前、佐伯胖氏は著書『新・コンピュータと教育』で「インターネットで調べた結果こうであった」という表面的なまとめの学習のオンパレードになることを危惧していた。「情報活用能力」育成のためには、インターネットにアクセスし「調べるだけ」に終わることなく、深め、創り出す学びにつなげなければならない。
「目標創出型」の調べ学習とは「問い」をもって探しにいき、調べたことの背景を吟味した上で自分の責任としてまとめ、「自分なりの考えを明示すること」である。
学習科学の第一人者であるトロント大学名誉教授のカール・ベライター氏は、学校教育で身に付けたい最も重要な力を「トランスリテラシー」であると述べている。
トランスリテラシーとは、単なる情報選択能力(答え探し)ではなく、情報創造能力(答え作り)である。どれが正しいか、ではなく、多種多様で断片的な情報や学んだ知識を組み合わせて答え作りをする力だ。
「センター試験」から「大学入学共通テスト」になった経緯も同様に「知っていること」を競う問題から、課題解決を「できるようになること」にシフトするためであった。
背景にある考え方や概念を世の中との接続も合わせて学び、将来も使える力(コンピテンシー)を育むことが重要である。そのためには授業方法を変えただけでは実現できず、考え方を変える必要がある。
「全国学力・学習状況調査」における児童生徒質問紙で算数と国語を「好き」と答えた理由について、A小学校とB小学校を調査した。算数について、B小学校では「問題を解くのが楽しい」「計算が楽しい」「図形が得意」等、表面的で比較的シンプルな回答が多かった。対してA小学校では「答えは1つだが考え方がいくつもあって楽しい」「求めるものが同じでもいろんな聞き方があって面白い」「食事や料理でも役立つ」「求め方が人それぞれ」と、前者との傾向の違いが明らかであった。「好き」にも様々なレベルがあり、深い理解を基にした「好き」にたどりつくことが重要だ。
今教えている学校の児童生徒は、A小学校のように回答できるだろうか。それを考えながら授業や学びを構築することが、学力の3本柱育成につながっていく。
「個別最適な学びと協働的な学びを一体的に充実」することが求められている。両者の学びを一体的に進めるためには、協働的な学びを土台として指導の個別化、学習の個性化に取り組む流れが求められる。
例えば国語で次の2つの単元展開の場合、どちらが「資質・能力」の育成につながるのか。また、それは何故か。
〈A〉文学作品を一読後、漢字・文法・表現手法について指導を受け、ICTも用いて確実に読み取れる状態になるように個別学習。次に段落ごとに文学作品を読み、個別にICTなど得意な表現方法でまとめを作成。まとめたものをグループで紹介し合った後、教室全体で代表者1人ずつ発表して重要ポイントを教員がまとめる
〈B〉文学作品を一読後、互いに解釈や考えたことなどを対話して比較。対話過程において、他者と比べ、上手く読み取れなかった表現手法や文法、漢字などを必要に応じてICTも用いながら調べる。やり取りを通じて自分の解釈が明確になってきたところで、ICTも活用しつつ自分の得意な表現方法でまとめ、発表・共有。最後に重要ポイントについて教室全体で議論する
Aは、個人でしっかりできて初めて「協働」が実現する流れ。対してBは「協働で互いの考えや悩みを出し合う」ことから始め、それに不足するものを補完しながら最終的に個人がしっかりしていく、という流れだ。
これまでの主流はAであり、最も時間を費やすべき対話や熟考の箇所で時間切れとなる面が多かった。
Bの流れについては、「うちの学校では無理」という反応も多いかもしれない。しかしAの場合は、もともとの個人差も大きく、さらに差が広がりやすい。Bのように、他者と取り組んで深めてから個別最適につなげる流れが重要だ。各自の読み取りを交流しながら深めていくことが文学作品の学習であると考えれば、Bの流れに取り組みやすいだろう。
これから育むべき「資質・能力」とは「生きて働く」知識・技能、「未知の状況にも対応できる」思考力・判断力・表現力等、「学びを人生や社会生かそうとする」学びに向かう力・人間性であり、ここでICT活用の視点は、AI(人工知能=Artificial Intelligence)よりもIA(知能増幅器=Intelligence Amplifier)として考え、教員の仕事をITに置き換えるのではなく、教員による見取りに役立つ活用を考えていくべきである。
子供は、1人ひとりが考える主体であると教員が信じること(教えないと思考できない無知な存在ではないということ)。重要なのは、既に個人が持っている「考える力」を刺激できる「問い」である。自分なりの納得をつくりながら原理原則・科学的概念にたどりつくことで、知識は、より適用範囲の広い「生きて働く」ものとなる。
1人1台端末を活用した「個別最適な学び」につながる「協働的な学び」の取組例をいくつか紹介する。
▼江戸川区立東小岩小学校=5年算数・多角形の学習ではドローンで正多角形を描くプログラミングを考えた。対話を通して1人ひとりの理解につなげていた。
▼渋谷区立笹塚中学校=英語で日本のおすすめの季節を紹介。季節を担当に分け、おすすめの理由をグループで整理。他クラスともオンラインでつながり英語表現を工夫していた。
▼品川区立八潮学園=2年市民科で道路にあるものを撮影して分類、その働きを考え、根拠を話し合っていた。
▼掛川市立大浜中学校=2年理科・動物のからだのつくりと働きを「知識構成型ジグソー法」で取り組んだ。人、車、植物を担当してグループ間で他班の考えを撮影し、持ち帰って考え、新たな問いが生まれていた。
【講師】聖心女子大学教授・益川弘如氏
【第84回教育委員会対象セミナー・東京:2021年12月3日】
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2022年2月7日号掲載