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第26回 【教職員のメンタルヘルス】心の悲鳴に耳を傾ける

保健室から見える学校の姿

教職員にとっても「オアシス」 
一人ひとりの声に耳を傾けて

多様化・複雑化する子供たちの心身の健康課題解決のためには、癒しや居場所空間としての保健室や養護教諭の機能や役割への期待が年々大きくなっている。

養護教諭はカタリスト
「触媒」の役割

以前、保健室と養護教諭にかかわる事例集作成に携わったことがあった。当時の上司はその事例集を「Catalyst(カタリスト)」と命名した。養護教諭は「Catalyst」であり、「触媒」の役割を果たしているというのだ。触媒的な要因となる人であり、きっかけや刺激を与える役目を果たしているという理由だと説明された。

学校空間において保健室は「オアシス」、「疲れを癒し、心に安らぎを与えてくれる場所」であり、「憩いの場」であると表現されて久しい。友人は、保健室は「峠の茶屋」であり、疲れを癒してそれから先を進むために重要な役割を果たしていると表現した。その茶屋の店主である養護教諭は、様々な理由で休もうとしている一人ひとりの思いに寄り添い、見極めて対応をしている。

さらに、学校組織において養護教諭は教科担当という特定の役割を担っていないため、周囲からは「曖昧な存在」と見られ、競争という日常性のジレンマから解放された保健室は「アジュール空間」とも言われている。

「峠の茶屋」に癒しを
 求める教員の心の悩み

先日、テレビ番組で、「教員のぶっちゃけ」を取り上げていた。『保健室の利用者(来室)が一番多いのは〇〇』との問いに『先生』が挙げられた。もちろん来室者総数で言えば子供たちだが、個人で考えると確かに先生と言えるかもしれない。

子供の前に立つ教員は、心の悩みを言葉にして語ることが難しい状況に置かれ、ましてや学校内で毎日顔を合わせ、人とかかわることがほとんどの時間を占める教員の仕事の中で、時間と場所の確保は困難だ。オアシスであり、アジュールであり、峠の茶屋である保健室空間に「Catalyst」である養護教諭がいるからこそ、そこに子供たちだけではなく、教職員も集まるという状況は当然のことのように思う。

教員の保健室来室理由は、大きく(1)子供たちのこと(2)自分とほかの教職員との関係(3)自分自身のことの3つに分類できる。自分自身のことが根底にある場合、(1)から(3)のプロセスをたどり最終的に語り始めることが少なくない。

腹痛と不眠を訴える
 20代女性の事例

印象に残っている事例を紹介する。

20代女性、教員生活のスタートともに一人暮らしを始めた。着任間もなく、保健室のドアを叩いた。自分が描いていた授業ができず、授業を妨害する生徒がいるということから始まり、同じ教科、学年の教員に協力を求める方法がわからないと話す。そして、朝、出勤しようと思うとお腹が痛くなり、夜は眠れないと語り始めた。自分の来室理由の本質に気づくまでに6回を要した。

産業医との面接へ

教員との関係の困難さが語られた頃から本人の了解を得て、関係する分掌の教員間に伝え、身体症状の訴え以降は、管理職、そして、産業医の面接へとつなげていった。

養護教諭を人的資源とする保健室は、予測がつかない来室者一人ひとりの語りに耳を傾け、安心と各々が必要する時間を確保しながら、それぞれの場所に戻れるように力を発揮しているのではないだろうか。

◇     ◇

参考文献:教師の現在・教職の未来 あすの教師像を模索する/油布佐和子編 教育出版 1999


執筆=上原美子(うえはら・よしこ)公立の小中高で養護教諭、埼玉県教育委員会指導主事を経験。現在は埼玉県立大学保健医療福祉学部共通教育科准教授、日本教職員メンタルヘルスカウンセラー協会事務局長

 

【2016年2月15日号】

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