東日本大震災や台風による風雨、また突然の集中豪雨や大雪など、昨今大きな被害をもたらす自然災害が多数発生している。また、登下校中や授業中、特別活動の時間などの事故や緊急事態など、子供達の安全教育は待ったなしの課題だ。5月20日より行われている中央教育審議会スポーツ・青少年分科会学校安全部会では、22名の委員により、特に今後の防災教育の在り方について話し合われているところだ(部会長は社会福祉法人恩賜財団母子愛育会日本子ども家庭総合研究所所長で東大名誉教授の衞藤隆氏)。
22名の委員で構成される中教審学校安全部会 |
東日本大震災を踏まえ、平成23年には防災対策推進検討会議が設置され、平成24・25年と「災害対策基本法」が改正された。
「大規模広域な災害に対する即応力の強化等」「住民等の円滑かつ安全な避難の確保」「被災者保護対策の改善」「平素からの防災への取り組みの強化」「その他」の5項目で、今後の災害対策が行われていく。
防災の基本理念の明確化 災害文化の継承・発展を
防災対策推進検討会議においては、今後重点的に取り組むべき事項の一つとして、「災害を予防するための多面的な取り組み」の中で、「防災の基本理念の明確化と多様な主体の協働」「災害文化の継承・発展」などを盛り込んでいる。ここは、教育に大きく求められる部分だ。
安全教育の目標は 自助・共助・公助
安全教育の目標は、「日常生活全般における安全確保のために必要な事項を実践的に理解し、自他の生命尊重を基盤として、生涯を通じて安全な生活を送る基礎を培うとともに、進んで安全で安心な社会づくりに参加し貢献できるような資質や能力を養う」こと。
小中校の教科、特別活動等を通じて、「知識、思考・判断」「危険予測・主体的な行動」「社会貢献、支援者の基盤」の3点を育んでいくとされている。
課題は学習時間確保と指導体系や手法の構築
ただし、時間確保に関しては教育課程に明確に位置付けられているものではなく、総合的な学習の時間において実施するなど、各校の実情に合わせているのが現状。
「それぞれの教科等で、防災を含む安全に関する指導・学習を行っているが、時間が足りず、また、それらをつなぎ合わせるような活動(時間)が必要」「学校における安全教育について、知識とともにそれに基づいた適切な判断と行動する力が必要であり、そのための指導時間を確保することや教育手法、指導体系の整理が必要」という2つの大きな課題があがっている。
時間確保については、文部科学省の研究開発学校として、東京都日野市立平山小学校と宮城県仙台市立七郷小学校が指定され、平山小は「生きぬく科」(詳細3面)を、七郷小は「防災安全科」を新設し、安全教育に関して系統立てた指導時間を確保しているところだ。
現在3回の審議を経ている中教審スポーツ・青少年分科会学校安全部会では、今後の学校における安全教育、安全管理の充実を図るため、次の4つの事項を検討中だ。
●防災教育を含む安全教育指導時間の確保について
●教員養成や教職員に対する研修における学校安全に係る内容の充実について
●教育委員会や学校における安全教育・安全管理体制の充実について
●その他、学校安全全般に係る充実について
学校安全の3本柱 生活・交通・災害
学校安全は防災教育だけではない。「生活安全」「交通安全」「災害安全」の3本柱が機能してこその、学校安全なのだ。
学校管理下における災害は、年間約112万件(平成24年度日本スポーツ振興センターによる災害共済給付支給数)。類型別にみると(平成11〜24年度日本スポーツ振興センター)、小学校が交通事故(38%)、学校種別のトップは中学校が突然死(47%)、高校が交通事故(46%)となっており、交通事故と突然死については各学校種でトップ3に入っている。
平成24年の交通事故死者数(児童生徒)は134人、25年127人となっており、学校では安全な歩行、自転車・二輪車等の利用等を重点的に、指導している。
突然死の理由は様々だが、心疾患に起因するものも多く、文科省では平成7年に小1、中1、高1それぞれに心電図検査を義務化。平成16年には救命現場に居合わせた市民による「自動体外式除細動器(AED)」の使用取扱いが示された(AEDに関しては3面に関連記事)。
その他、サッカーゴール等のゴールポストの転倒による事故防止、熱中症関連の普及啓発、遊具の管理、不審者対応など、文科省では幅広く安全教育をサポートしている。
南海トラフ地震が起きた場合、場所によっては最大34メートルの津波が襲うと予測されている高知県では、「高知県安全教育プログラム」に基づく防災教育に取り組んでいる。プログラムは、防災教育推進上の課題と東日本大震災の教訓をもとに策定された。また、高知県教育委員会では平成24年度には「学校安全対策課」を発足させている。
効果的な指導方法を 県全体で共有する
高知県安全教育プログラムを使った授業 |
防災教育推進上の課題として、各学校の防災教育が避難訓練や講師による講演にとどまっており、教員自身が防災教育を授業として実施する学校が少なく、学校によって取り組みに温度差があるという実態があった。
そして防災教育は各教科等の中に少しずつ関連する内容があるものの、教育課程の明確な位置づけがなく、カリキュラムへの位置づけは各校に任されていること、時間確保が難しいという現状を踏まえ、「指導内容の明確化」「効果的な指導資料」「指導方法の情報共有」が必要と考え、プログラムが作られた。
同県では平成17年度から毎年教育委員会による「防災教育研修会」を県内3か所で実施しており、東日本大震災以降の平成24年度からは学校悉皆とし、研修の強化を図っているところだ。
教員が退職まで使う 加除式指導用ファイル
同プログラムのベースとなる考えは、自ら判断し的確に行動できる力と、地域社会の安全に貢献しようとする心を育てること。
安全教育を実施するための安全教育の指針として、教職員一人ひとりに1冊ずつ退職まで使うファイルを持たせている。ファイルは加除式にし、いつでも新しい情報へと更新することが可能だ。
震災編(災害安全)、気象災害編(災害安全)、交通安全編、生活安全編、と安全教育の3領域を網羅。
震災編の基本的な内容は、次の「助かる人・助ける人になるための指導10項目」を中心に行われる。
●地域に起こる災害を知る
●必ず助かるための知恵と備え
●みんなで助かるための備え
●揺れから自分を守る
●津波からの迅速な避難
●いつ、どこにいても自分を守る
●2次災害への対応
●助ける人になるための行動
●みんなで生き延びるための知恵と技
●地域社会の一員としての心構え
これを発達段階や状況、地域に応じて各教科、・道徳・特別活動・総合的な学習の時間等に盛り込み、全教職員共通のもとで年間指導計画を作成する。
また、国、県、気象庁等が発行した資料の効果的な活用、学校の防災訓練への地域住民の参加呼びかけ等による家庭・地域・関係機関との連携強化が留意点として挙げられている。地域や家庭と連携した取り組みとしては、防災キャンプの実施やそこでの夜間避難訓練など、より具体的な取り組みが行われている。
小中学校で5・6時間 学活中心に各教科でも
指導10項目に関しては、防災教育の事例として発達段階ごとの展開例を小学校16、中学校13、高校8、特別支援学校1事例を掲載し、防災教育の時間は各学年3〜6時間(小中学校は5・6)程度実施。現在防災教育に特化した科目はないが、実施は学級活動を中心に教科に関連した内容の場合は、教科でもふれる。
学習と同時に避難訓練についても、従前のような予告した上での実施だけではなく、時間帯や設定を変更して様々な場面で複数回実施している。
このプログラムに基づく学校の取り組みは、保育所・小学校・中学校の合同訓練、休み時間、掃除時間など多様だ。
運動会で防災種目 学校毎の工夫も凝らす
また、非常持ち出し袋の準備や、毛布で担架を作ったリレーなど防災種目を取り入れた運動会を実施している学校もあり、全校統一ではないが、学校毎に工夫を凝らす。
中教審学校安全部会の委員で同県教育委員会学校安全対策課の岡田直子課長補佐は、「子供達が、いざという時に的確に判断し行動するために身に付けるべき基本的な内容を明確化し、指導を徹底することが重要。本県のプログラムもそのようにしている」と話す。
東京都日野市立平山小学校(五十嵐俊子校長)は、平成25年度から28年度まで文部科学省の研究開発学校に指定され、「生きぬく科」を創設し防災教育に取り組んでいる。
中教審スポーツ・青少年分科会学校安全部会の委員を務める同校の五十嵐校長は、現行の教科だけでなく新たな教科を設けることについて、「東日本大震災後、子供達に生きぬくことを学ぶ時間を絶対に作らなければならないと強く思った」と話す。防災教育についての学びは現在、小学校では社会科、理科といった教科の中で触れられているが、実践力に結びつくまでには至っていないと感じている。
知識と能力を得る 具体的な学習活動を
学校公開で保護者も避難訓練に参加 |
同校の「生きぬく科」は生き抜く力という「実践力」の育成に主眼を置いている。ここでいう「生き抜く力」とは、自然の恵みを大切にする、命を大切にする、人を助ける、共に生きる、防災に努める、安全な社会をつくる、の6つである。
これらの実践力をつけるために、「知識」「能力」を身に付け、具体的な「学習活動」を通して学べるようにカリキュラムが構成されている。25年度は各教科の防災に関する内容を関連付けた指導や、毎日15分のモジュールタイムを生み出して学習が進められた。
26年度はさらに総合的な学習の時間を加えて「生きぬく科」という新たな教科を創設した。これにより1・2年生は週1時間、3年生以上は週3時間の学ぶ時間を確保している。
■知識=学ぶ内容は、各学年の発達段階に応じて系統的に学べるように整理されている。具体的には次の5つの知識に分類した。(1)基礎知識(2)災害知識(3)防災知識(4)過去の災害に関する知識(5)問題解決の知識
■能力=身に付けたい能力は、次の6つ。▽情報を収集する、▽知識を整理する、▽危険を予測する、▽根拠を持って判断する、▽決断して実行する、▽協働して問題を解決する。
協働して問題を解決する能力として、「友達の話を聞いて解決する(1年)」から始まり、「少人数のグループで話し合い解決する(3年)」、「複数の意見を取り入れて解決する(5年)」、「異なる考えがぶつかり合うことから新たな考えを創り出して解決する(6年)」まで発展させていく。
■学習活動=具体的な姿の例は以下。▽基礎スキルを練習する、▽企画する、▽調査する、▽探検する、▽実験する、▽シミュレーションする、▽疑似体験する、▽製作する、▽交流する、▽伝え広める。
これまでの実践事例として、2年生では「急な雨」に関する危険予測能力を育む授業が行われた。そこでは、帰宅中に大雨が降ってきたときの状況設定問題に取り組み、どの道を選択することで安全に自宅に到着できるか、シミュレーションしながら考えた。
4年生は「大雪の後」について学習。今年は首都圏の交通網をマヒさせる大雪が降ったが、大雪の後の地域の様子を調査し、気付いたことを仲間と話し合った。雪かきができているところとできていないところがあったことから考えを交流し、「社会に貢献する大切さ」に気づいた。
予告なしの避難訓練で 保護者の意識も高まる
東日本大震災以降、避難訓練のあり方も変えた。管理職と担当の教員のみが実施を把握する「予告なし」の「危機発生時対応訓練」を行っている。「安全姿勢で待機」「児童の確認」「最短で安全な避難経路を選択」を徹底し、その場で教員や児童が判断し実行する。
予告なしの避難訓練は学校公開でも行われ、保護者も体験。「家庭でも防災意識を高めなければ」という声があがったという。
「教科」にする意義を 研究校として提言
五十嵐校長は、現行の教育課程の中で防災教育を実施すると単発で終わる懸念があり、研究校として独立した教科の意義を見つけて提言していきたいと考える。
さらに、この新教科の学び方を、他教科にも広げたい考えだ。
同校では、教科にしたことで、教職員も子供達も常に防災を意識するという変容が見られ、下校時には気象の変化に敏感になり、担任と児童が注意事項などを確認する姿が見られるという。
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平成27年2月21日に研究開発学校として「生きぬく科」の中間発表会の開催を予定している。
【2014年8月18日号】