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休職や退職を余儀なくされた教員の悩みには、共通点がある。それはどうすれば子どもとのリレーション(心の交流)がもてるか、ということです。生徒に嫌われては商売あがったりです。それだけ「リレーション能力」は、教員のメンタルヘルス予防に関して重要なウエイトを占めているのです。
そこで、今回は性格特性等を除いた、休職しやすい教員の特徴について、以下の3点について述べたいと思います。
心が無防備なタイプ
中学校の30代女性教員(仮にK先生とする)は、生徒指導の場面で、男子生徒から「おい、このくそババァ」と言われても"にこにこ"していた。「くそババァといわれても腹が立たたないのかよ。腹が立つなら俺を殴ってみろよ」と挑発してきた。思うにこの男子生徒、K先生の欺瞞性を見破ったのだと思う。それ以降、この女性教員はその生徒のことが怖くて学校に来られなくなってしまった。
K先生のような教員の共通点は、これまでの生育過程の中で「申し分ない、いい子」で通ってきたそのパターンを、大人になってからも繰り返しているという点です。必要以上に人の思惑を考えすぎて、言動を控えているのです。円満なだけが取柄で、人をひきつけるものがない。生徒はそこをついているのです。言い方を変えれば、攻撃性の外向化が足りないともいえます。教員は、時と場合(例えば、命や犯罪に類するケース等)に応じて、瞬間的に「やめなさい」と自分を打ち出すことをためらわないことが大切です。このあたりの心の準備がないまま、「無防備の状態」で子どもと接している教員の中に、子どもとのリレーションが不調に陥る要因があるように思います。
自信は持ちすぎず
2つめは、自分の教育観や指導法に自信を持ちすぎて、生徒や保護者の要望にあまり耳を傾けなかったのではないか、ということです。「自分はプロフェッショナルである」との気概のもとに、へたをすると権威主義になる危険性があります。子どもたちからみると、弱い自分をさらけ出すことをためらわない先生、他人に甘えたり依存したりすることを恥ずかしがらない先生が、生徒や同僚からは好感をもたれるようです。ただし、気の弱い自分を嫌悪してはなりません。そういう自分を許容することです。
部活の顧問による体罰事件や行き過ぎた生徒指導の問題等は、このあたりが原因になっている可能性が考えられます。
柔軟な引き出しを
3つめは、引き出しのなさ(知識の狭さ)をあげたいと思います。具体的には2つの問題を想定します。
一つは、教育観や哲学には学者並みの知識はあっても、その教育観や哲学を実践する技法(スキル)についての知識・経験不足。もう一つは、特定の教育理論や指導法を信奉し、ひとりよがりをしている場合が考えられます。長年、獲得してきた知識や指導法に固執するあまり、気が付くと子どもや社会の多様な価値観に取り残され、浦島太郎状態になっていた50代教員などが該当者と言えるでしょうか。
一方、職場においては、管理職や同僚と感情を分かち合えるとき「われわれ意識」が育ち、これが心理的安定感の根源になるのです。他人がどう思っているかわからないから、自分だけがこんな考え方をするのではと思い込み、孤独感にとらわれるのです。協力とは、同僚である、仲間であるという認識の上に成り立つものですから。
執筆=土井一博(どい・かずひろ)日本教職員メンタルヘルスカウンセラー協会理事長、川口市教育委員会学校教職員メンタルヘルスチーフカウンセラー、順天堂大学国際教養学部客員教授(教職課程)
【2014年2月17日号】
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