近年、バス料金や航空運賃の兼ね合いなどから、修学旅行の行き先変更を考えている学校もあり、特に高校では3泊4日を2泊3日にすることで、それらに対応せざるを得ないケースもあると聞く。そんな中、航空2社は、羽田空港から九州7空港への学校研修割引運賃を、全て一律としている時期がある(平成29年度)。歴史・文化、平和、自然学習や農業体験など様々な素材が広域にある九州の教育旅行素材を知ってもらうため、(一社)九州観光推進機構は、首都圏の高校教員へ向けて「九州教育旅行現地視察会」を実施。北部九州(福岡・大分・佐賀・長崎)の基本的な教育旅行素材と、参加教員は近年の新たな素材を体感した。
福岡空港へは、羽田空港を離陸して約2時間で到着。空港から最初の目的地「太宰府天満宮」へは、車で1時間弱だ
【太宰府天満宮】
世界で唯一の現存機「零式艦上戦闘機三十二型(零戦)」からはリアルな当時の様子がうかがえる |
「心字池」に架かる過去・現在・未来を現す「太鼓橋」(太宰府天満宮) |
小中高どの年代でもできる「辛子明太子」作りは短時間で体験可能 |
「歴史」を学ぶ太宰府天満宮への道中、車窓から道路の左右に木立に覆われた丘が見える。唐と新羅の攻撃に備えて664年に築かれた全長1・2キロメートルの「水城跡」だ。「大宰府」を守るための重要な場所であり、現在も往時の姿を垣間見ることができ、多くの教員がカメラを向けていた。
天満宮が近づくと「大宰府政庁」跡、当時の最高学府「学校院」跡など、この地が歴史上重要な地であったことが伝わる。
この日は、多くの学生が受験の御礼参りに訪れており賑やかであった。国の重要文化財である本殿や、菅原道真公を慕って京都より一晩で飛んできたとされる「飛梅」など、見どころが豊富。隣接する九州国立博物館とセットで見学することで、古代における日本とアジア諸国との交流を、より知ることができる。
【大刀洗平和記念館】
平成21年10月の開館以来、多くの学校団体が平和学習に活用する筑前町の施設。かつて東洋一と謳われた旧日本陸軍の大刀洗飛行場があり、一大軍事都市として多くの若き特攻隊員の出撃を見送った場所だ。特攻隊で知られる知覧(鹿児島県)は、大刀洗陸軍飛行学校の分校である。
軍都であったことから、米軍の空襲を受けた。「追悼の部屋」では、軍都としての大刀洗、そして1945年3月27日の空襲で子供たちを含めた多くの尊い命が失われた様子を、約16分の映像で紹介。モニターで元特攻隊員や戦争体験者の話を聞くことも可能だ。
空襲で児童31名(爆死24名)が亡くなった「頓田の森」を含めた戦跡フィールドワークもでき、大規模校であれば館内と外を交替で学習するなど、工夫できる。
【辛子明太子道場】
「辛子明太子」の手作り体験ができる場所。原料となるスケソウダラを韓国では「明太(みょんて)」と読むなど、その歴史を学びながら約40分で体験できる。
最大受入数は250名。今回体験した「博多はねや総本家」は福岡空港に10分程で到着するので、空港に行く前の最後の体験としておすすめ。
だし汁と合わせるお酒を4種から選択し、漬け込んで約1週間が食べ頃なので、帰ってからも家族と共に修学旅行の余韻が味わえる。
平和公園には様々な国から寄せられた慰霊碑などがあり、世界に平和を発信する重要な場(上) 国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館の追悼空間にある名簿棚の250m先は爆心地(下) |
軍艦島内は3つの見学広場があり、そこでガイドが説明を行う |
北部九州の教育旅行の要は、広島に続いて原子爆弾が投下された長崎市での平和学習だろう。
【平和公園・原爆落下中 心地】
平和公園の平和祈念像前の広場では、平和へ祈りを捧げるセレモニーを行う学校が多い。平和公園から道路を挟んだ反対側は、原爆落下中心地だ。黒御影石の石柱が中心地を示し、周囲はこの上空約500mで炸裂したことを表す同心円の広場となっている。
長崎では新しい技術を観光に広く取り入れており、班別研修時に活躍する「Nagasaki Archive」もその一つ。iPhone/iPad向けのアプリを使って、現地で今自分のいる周囲の被爆資料をARで閲覧し、より深い学びにつなげることができる。
【国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館・長崎原爆資料館】
資料館は平和学習に欠かせない場所だが、資料館と通路で結ばれた祈念館も近年注目を浴びている。情報コーナーが充実し、手記なども閲覧できる他、地下2階の追悼空間の天井からは爆心地上空が見え、正面の名簿棚には原爆死没者の名簿が納められている。
追悼空間の収容人数は約120名。昨年度は、平和学習、小中高の修学旅行等での追悼集会が169件行われ、人数にして1万人に迫る勢いだという。
【グラバー園・大浦天主堂】
グラバー園は、昨年7月に構成資産の一つとして世界遺産に登録された「旧グラバー住宅」などがある施設。小菅修船場や高島炭坑の事業化などに貢献し、日本の主要産業の近代化に影響を与えた貿易商人トーマス・グラバーの活動拠点だ。日本に現存する最古の木造洋風建築として、重要な建物でもある。
同様にグラバー園を下りると現れる「大浦天主堂」も、日本に現存する最古の木造ゴシック様式の天主堂だ。
【軍艦島(端島)】
江戸時代に石炭が発見されたが、当時はただの岩礁で、埋め立てを経て南北約480m、東西約160mの人工島となった。日本初の鉄筋コンクリート造りのアパート群が建ち、最盛期には5200人以上が暮らし、幼稚園から中学校、病院、などがあったが、エネルギー源の変革と共に、その役目を終えた。現在は無人島となった軍艦島の一部を見学することができる。5つの船会社が上陸コースを実施している。選択制の見学など、幅広い活用が見込まれる。
長崎港を出港すると、軍艦島同様に構成資産として昨夏に世界遺産に登録された「ジャイアント・カンチレバークレーン」「第三船渠」などが見られ、軍艦島と併せて日本の近代化を学習することができる。
江戸時代「天領」であった日田。豆田町は当時にぎわった様子がわかる資料などがあり、班別の行動などにも活用できる |
「秋風庵」では中に入って当時の学びの雰囲気が感じられる |
咸宜園では学業成績を「月旦評」で評価する実力主義 |
大分県は海、山と様々な顔を見せる。今回は、福岡県からも程近い日田市へ向かった。北部九州の中心でもあり、江戸時代に幕府の直轄地として栄えた。
【咸宜園教育研究センター】
私塾「咸宜園」を、1817年に36歳で開いた廣瀬淡窓。大村益次郎、上野彦馬、高野長英など政治家、医者、学者、画家、僧侶など多岐に渡る分野で活躍した人物が門下生として輩出された。
咸宜園は、入門時には学歴・年齢・身分を問わない「三奪法」を取り入れ、開塾以来、約5000人の門下生がこの地で学んだとされる。江戸時代の「学園都市」だ。「近世日本の教育遺産群‐学ぶ心・礼節の本源‐」として、水戸市、足利市、備前市と共に「日本遺産」に登録された。
現在は「史跡 咸宜園跡」として、「秋風庵」と「遠思楼」などが残っている。平成22年に建設された「咸宜園教育研究センター」では、調査研究の成果が公開されている他、咸宜園に関するガイダンス映像や体験学習用の教材もある。現在進行形で整備も進んでいることから、学びの大切さや平等な学びなど、社会科、道徳と関連した学習ができるだろう。
【豆田町散策、屋形船】
天領の時代から残る、日田市豆田町の街並みは、平成16年に重要伝統的建造物群保存地区として指定され、小京都として美しい姿を残す。「天領日田資料館」「廣瀬資料館」、また、安政2年に開業した薬局「岩尾薬舗」の「日本丸館」など、学びの素材が豊富だ。
日田ご当地コンダクターによる案内の他、お土産の購入や地元の食を楽しむなど、班別の行動にも適している。
「水郷」と呼ばれ豊かな水に恵まれた日田の街。宿泊施設が立ち並ぶ三隈川では、400年もの歴史を持つ「鵜飼い」が行われ、屋形船から見学ができる。屋形船での食事とレクリエーションなども可能だ。
その他、同県ではグリーンツーリズム発祥の地・宇佐市安心院(あじむ)町での充実したプログラム、立命館アジア太平洋大学の180から190か国の留学生との「国際交流プログラム」など、ひと味違った心の交流ができる。宇佐市ではかつて海軍航空隊が置かれていたことから、平成32年に「宇佐市平和ミュージアム(仮称)」の開館を目指している。
南内郭は王たちの暮らしが感じ取れる場所(上) 北墳丘墓手前の甕棺墓列。丘陵の各所にこのような墓地がある |
日田から約1時間。田園地帯が広がる佐賀平野の神埼市と吉野ヶ里町にまたがる、吉野ヶ里歴史公園へと到着した。
【吉野ヶ里歴史公園】
日本最大級の規模を誇る、弥生時代の環濠集落跡を中心とした「吉野ヶ里歴史公園」は、それまでの「ムラ」から「クニ」の中心的な集落と発展していった姿を、復元した集落や資料等で学ぶことができる。佐賀県の教育旅行としては外せない場所だ。
集落が最盛期を迎える「弥生時代後期後半(紀元3世紀頃)」を復元整備対象時期としており、これまでの発掘調査結果が反映されている。一行は広大な公園内を、環濠入り口広場から展示室、南内郭、北内郭、甕棺墓列をガイドの案内を受けながら見学。
展示室には、大型の特別な「甕棺」や一般的な「甕棺」などの他、大型甕棺から出土したガラス製の管玉なども展示されており、歴史の教科書を体感できる。
南内郭は、当時の一般庶民はあまり出入りすることができなかったとされる場所。物見やぐら、王たちの家、煮炊き屋など王たちの居住空間も含め20棟の建物を復元。物見やぐらに登ると、佐賀平野を一望することができる。北内郭は「まつりごと」を行っていた場所と考えられる。吉野ヶ里集落の中で最も重要で神聖な場所で、巨大な祭殿は圧巻だ。
勾玉づくりや火おこしなどの体験施設もあり、小中高どの年代にも対応できる。
【県内の学習素材】
有明海を使ったおすすめ素材として「干潟体験」(鹿島市)がある。潟スキーや綱引きなどは、普段泥まみれになる機会の少ない子供たちの新たな一面が見られるだろう。武雄市の「佐賀県立宇宙科学館《ゆめぎんが》」は、開館16年を迎えた昨年リニューアル。「宇宙・地球・佐賀」と「わたしたち」のつながりがより深く感じられる。有明海にしかいない生物の紹介などもあり、干潟体験と併せた学習が可能だ。
唐津や伊万里では民泊ができ、また、県内には温泉も多い。これまで多かった通過型から、滞在型の教育旅行へとシフトする検討材料が多い。
【2016年4月25日号】