本紙 春・秋恒例の学校図書館特集では、昨年度より「情報活用能力」の育成について取り上げてきた。今回は情報の「科学的な理解」に着目。情報の科学的な理解は、情報モラルや情報セキュリティに関わるのはもちろん、私達の生活を支える技術の理解のために必須だ。信州大学の村松浩幸教授は、「問題解決学習として取り組むことが重要」と語る。問題解決に向けた活動の過程で情報の科学的な理解を深めること、また実際に“体験すること”が大切だ。
「情報活用能力の育成」は、さまざまな教科に埋め込まれており、そのうちの一つである「情報の科学的な理解」についても各教科の中で取り組みますが、やはり核となるものが必要です。小学校、中学校、高等学校でそれぞれのフェーズがあり、まず小学校段階の核としては、「プログラミング教育」がそれに当たります。そして中学校になるとプログラミングは技術・家庭科技術分野(いわゆる技術科)の「D情報の技術」で学びます。
高等学校では共通必履修科目の「情報Ⅰ」が今年度から完全実施となります。全員プログラミングを学ぶようになり、データサイエンスや、情報デザイン内容など、非常に深く学ぶことになります。大学における、AIやデータサイエンスを深堀りする、学問としての「情報科学」に近い内容になっていきます。いよいよ大学入学共通テストでも2025年度から「情報」が実施されるにあたり、サンプル問題が公開されるといった大きな動きも出ています。
情報の科学的な理解に基づいて、それを問題解決に結びつけることこそが重要なのです。そしてそれは体験を通さなければ身につきません。
ですから、まず小学校でプログラミングを体験することは非常に大事です。どうやって色々なプログラムやシステムが動いているのかを、実際にやってみることで“何となく見えてくる”。例えば理科で、「センサーを使えば、暗くなったら電気がつけられる」と分かれば、身近なトイレの電気で同じ仕組みを作ってみよう、という発想に結び付きます。条件に応じてセンサーを活用する、という情報の科学的なことを学びながら、問題解決をしていく。
岩手県の中学校の事例では、自然災害の際、小学校や中学校が避難場所に指定されることが多いことから、避難場所を想定し、そこで発生しうる問題を予想して、課題を解決するためのプログラムを制作していました。ポイントは、「問題解決」に結びつけたことです。
小学校では小さい問題解決を行い、中学校では生活や社会の問題解決を、そして高等学校では情報科学に基づいたより高度な問題解決を行っていく。情報を様々に駆使していく中で、そのノウハウだけでなく、理論的な裏付けや、技術的な裏付けとして、情報の科学的な理解の知識や技術が「思考力・判断力」のための大きな柱になってくる。情報の科学的な理解が重要な所以です。
現在、それを小・中・高等学校と段階を経て身につけられるように整えつつある段階です。GIGAスクール構想などによって、学習環境としての条件も揃ってきました。
前出の岩手県の中学校の事例は、(一社)日本産業技術教育学会(以下、本学会)が作成し、文科省の「中学校技術・家庭科(技術分野)におけるプログラミング教育実践事例集」で紹介したものです。
他にも様々な事例を紹介しており、「双方向性のあるコンテンツのプログラミング事例」では、AIの画像認識を使い、読み取った画像で植物を判定するアプリを中学生が作りました。単に植物図鑑を作るというものですが、この技術を応用すれば、食べられる植物を判別できて貧困に苦しむ国の食料の供給に役立つのではないか、または外来種と固有種を判別して生態系の保全に使えるのでは、といった様々なアイデアが生まれてきます。
また「制御に関する学習」では、ある中学校で福祉に関連させ、生徒が開発チームとなって義手を作り、プレゼンテーションを行った。実用にはならなくても、そうした実践によって筋肉の動きをセンサーで計測する技術を理解し、活用できる力を身につけていく。
子供たちの取組それ自体としては、それほど大がかりなことはできないかもしれない。でも、そこから生活や社会の課題に広がっていく。技術的なことが分かっていれば、「これはできそうだ」と考えたり、新しいものを見た時にも「こう使えばいいんだ」と判断できるようになっていきます。
情報通信ネットワークの仕組みも学びます。すると、これはどんな仕組みで、なぜこういった形で伝わるのか、どうなると問題になってしまうのか、セキュリティを守るためにはどうすればいいのかも考えます。
情報モラルに関しても、道徳的なことだけではなく「なぜこうなのか」「なぜそのようなことができているのか」といったことを体験して、知っておくことが大事です。またAIの活用も、良いことばかりではなく、使い方によっては問題も起こり得るといった、情報倫理に関わることをきちんと理解して判断するには、情報の科学的な視点というのは絶対的に必要です。
本学会で2019年度に中学校プログラミング教育の実態調査を行いました。その中で実施上の課題として「指導・授業展開の難しさ」が最も多く挙げられています。背景には、免許外教科担任の多さという課題があるのも事実です。また「指導内容の多さに比べて、授業時間が少ない」点も課題として挙がっています。
そこで本学会では、先生方に様々な支援を行っています。JMOOC(無料で学べるオンライン講座)上で、今年3月に5回目となる「中学校技術・家庭科 D情報の技術におけるプログラミングの指導」講座を開きました。全部で8講座、中学校の先生方が授業に向かっていけるような内容です。
子供たちが段階的に学んでいくためには、小中高の連携が重要です。高等学校で学ぶためには中学校、中学校で学ぶためには小学校で、どのように活用能力を身につけてきたかを共有し、その内容と程度を的確に把握し、指導に活かしていくことが大事です。
簡単なことではありませんが、各校種で相互理解を深め、どうすれば子供たちが必要な力を身につけられるのか、知恵を出し合わなければなりません。各関連学会や団体も手を取り合い、協力して取り組んでいくことが必要です。
※(一社)日本産業技術教育学会(JSTE)https://www.jste.jp/main/
学会では、今回紹介しているJMOOCの配信や研究調査等の他、「情報の技術」の実践研究の支援サイトの開設や、事例集など書籍も刊行
今、非常に分かりやすいプログラミングの本がたくさん発刊されており、一番のお勧めです。アルゴリズムを解説する本でも、単にハウツーだけではなく、アルゴリズムそのものを読者である子供自身が考えてみるものもあります。
情報の科学に携わった人たちを紹介する本や、STEM教育の本も良いと思います。STEM教育では、理科でも情報に関わる部分が含まれることが多いですし、作る面白さや楽しさも分かります。
小学生向けとされていても、中学生にとっても面白くて、学びを深められるものがたくさんありますね。
専門分野:技術教育学 博士(学校教育)。日本産業技術教育学会会長。今年度より信州大学学術研究院教育学系長。同学教育学部附属次世代型学び研究開発センター 前センター長。情報処理学会員。NHK高専ロボコン審査委員長
教育家庭新聞 健康・環境・体験学習号 2022年4月18日号掲載