『絵本 世界の食事』(農文協)は、世界各国の食事を紹介する全25巻シリーズ。2006年に刊行が始まり、今年3月刊行のブルガリア、エチオピア、ポリネシア、ハンガリー、日本の5冊で完結した。著者の銀城康子氏は管理栄養士の視点から執筆。「食事からはその国の気候風土、産業、歴史や文化等、あらゆるものを学ぶことができる」と語る。息の長い出版企画等が評価され、今年(公社)全国学校図書館協議会による「第22回学校図書館出版賞 特別賞」を受賞した。
『絵本 世界の食事』は、各国の家族の暮らしぶりを通して、“食”について、朝昼晩、1週間の食事、季節の行事、家庭の台所、独自のマナー、歴史の中での変化などを柱に紹介している。小学校低学年でも手にとりやすい、絵とやさしい文章でありながら、その内容は詳しく、読者を深い理解へと導く。銀城氏は「大学生が学ぶ食文化の講義にも匹敵する内容にしました」と語る。「食べ物の中には、そこに暮らす人々の知恵や術が入っているということを、子供たちに知って欲しい」。
地球上にある地域はそれぞれ気候が異なっており、異なった作物を作っている。その一方で、人間が必要とする栄養素は基本的に同じだ。
それぞれの地域で得られる食材で、必要な栄養素を得て生きるための知恵と術が詰まっているのが「食事」なのだ。日本であれば、仏教の影響から牛乳がなかったため、カルシウムは海藻を食べることで摂取してきた。しかしヨーロッパのほとんどの国では海藻を人の食料としない。
「料理をおいしい、まずい、といった自分の感覚で解釈するのではなく、また自分たちが普段食べないものを一方的に敬遠するのでもなく、色々な視点で見て欲しい」。
また長い歴史の中では、戦争や植民地支配などと共に、食べ物は海を越え移動していった。食事の中には歴史も反映されているのだ。
銀城氏は世界各国の“日常食”を調べることをライフワークとし、これまでに30か国以上を訪問。「旅行が好きで、日本にないものを食べることも楽しみの1つ。そこで暮らす人の話を、時間をかけて聞いています」。管理栄養士として、大学や専門学校で世界の食文化や食生活を教える傍ら、取材と執筆に取り組んだ。
本シリーズでは、訪れた国や調査した国の中から、北半球、南半球、乾燥している地域、山がちな地域、海洋国、先進国や途上国等々、地域の特徴がわかるように国々を取り上げている。
最新刊の一冊に『エチオピアのごはん』がある。多くのアフリカの国々がヨーロッパの国の植民地になる中、エチオピアは独立を守り抜き、伝統的な文化が残っている。主食はエチオピアだけで生産されるイネ科の穀物「テフ」から作られる、直径50㎝ほどのクレープのような「インジェラ」だ。またコーヒーの原産国であり、毎日コーヒーを飲む。入れ方は生のコーヒー豆を炒り、臼で砕き、コーヒーポットで煮だし、上澄みをカップに注ぐ。ドリッパーを使った日本の入れ方と併せてイラストで紹介し、その違いも分かりやすい。
シリーズでは理解を深めるため、他の国との比較を随所に掲載している。例えばアジアを中心に多く食べられているのが米だが、その種類や調理方法はさまざまだ。タイやベトナム、インドネシアなどの各巻では、それぞれ日本の米との種類の違いや炊き方の違いなどを併せて描いている。
最終巻『日本のごはん』では、読者が日本人であることを意識し、海外のキャラクターたちを登場させた。外からの視点で日本を見るための工夫だ。台所を覗くドイツ人は「なんかゴチャゴチャした台所ね」(=写真)。和食、洋食、中国料理などさまざまな料理をつくる日本の台所には、伝統的な日本料理では使わなかった調理器具や食器が増えた。日本の食事が大きく変化したのは明治維新がきっかけだ。
「日本の和食は、鎖国をしていた江戸時代に完成したというのは意味深いこと」。海外のものに依存せずに国内のものを使い、風土に合わせた伝統的な日本料理が「和食」なのだ。稲作が重要な位置づけであり、年中行事と食が結びついたこと、桜がなぜ特別な花なのか。長い歴史も、食の視点からひも解かれていく。
また、日本の水が日本のごはんを支えていること、学校給食も教育の一環であることなども紹介している。
「食事の中には、家庭科はもちろん、理科、科学、社会、経済、歴史、文化、すべてが融合している。さまざまな教科の学びをつなげる良いツールとして“食”を取り上げて欲しい」と話す。
今年9月、銀城氏は新たな取組として、YOUTubeで「World Home Cooking 世界の家庭料理」(https://bit.ly/3jbBIja)の配信をスタートさせた。日本で手に入る食材で、学校給食や一般家庭でも作りやすいレシピを料理の背景にある文化や特色ある食材等と共に紹介している。
教育家庭新聞 健康・環境・体験学習号 2020年10月16日号掲載