子供たちにミステリの楽しさを知って欲しい――翻訳ミステリを70年にわたって手掛けてきた早川書房は、小学校高学年以上を読者対象とする新レーベル「ハヤカワ・ジュニア・ミステリ」を立ち上げた。第一弾はアガサ・クリスティーの『名探偵ポアロ オリエント急行の殺人』など10作品。大人にも人気の名作が揃った。
子供たちがミステリの楽しさに触れ、大人になってもその魅力や奥深さを好きでいてほしい。さらに親子、祖父母と孫といった、子供と大人が一緒に楽しめるシリーズにしたい。「ハヤカワ・ジュニア・ミステリ」は、そうした想いが詰まった新レーベルだ。「ナゾとき×キャラクター×物語」のどの点をとっても優れた作品を届けることをテーマとしている。
第1弾となるのは、「ミステリの女王」と呼ばれる、アガサ・クリスティーの傑作長編。『名探偵ポアロ オリエント急行の殺人』(山本やよい/訳)、『そして誰もいなくなった』(青木久惠/訳)、『ミス・マープルの名推理 パディントン発4時50分』(小尾芙佐/訳)など、8月までに10作品が刊行される。
「クリスティー作品の魅力は、とにかく“小説を書くのがうまい”こと」とするのは、同社編集部の窪木竜也氏。平易で読みやすく、それでいて奥深い文章表現、抜群のエンターテイメント性から、長きにわたり、世界中の幅広い世代から人気を博してきた。今年2020年はクリスティーの生誕130周年、作家デビュー100周年でもある。作品の映画化やドラマ化も続き、家族で観たという人も多い。このタイミングで発刊することで「クリスティー作品と新しい世代との出会いを作るのが、今回のプロジェクト」。
刊行にあたり、児童向けではあるものの完訳とし、言葉遣いを易しくした上で、省略せずに作品本来の魅力を伝えることを重視した。
一方で、子供たちが物語を読み解きやすくするために、キャラクター造形は親しみやすく、挿絵も効果的に活用した。「クリスティーの作品は、長い名前の登場人物がたくさん出てきます。毎回、10人を超える容疑者が出てくるため、大人からも、“誰が誰だかわからない”という感想がよく出てきます」と窪木氏。巻頭に顔と名前が一致するような登場人物一覧を設け、物語の要所で挿絵を掲載して理解しやすくした。マンガ風のあらすじも収録し、本文に入り込みやすい。4年生以上で習う漢字はルビつきとした。
クリスティー作品は、ワクワクする冒険、スリル満点の事件、恐ろしい出来事などが出てくる。そして最後には驚きの結末を迎える。「何十年も前から、こんなに面白い物語が書かれていたと知ってもらえたら嬉しい。クリスティーの他の作品、さらに名作や古典と呼ばれる作品にもチャレンジして欲しい」。
魅力的なキャラクターの活躍もクリスティー作品の特徴の一つ。名探偵ポアロは「灰色の脳細胞」を働かせ、集めた情報を徹底的に整理しながら謎を解く。いくつもの仮説を立て、矛盾する推論をつぶしていき、犯人を導き出していく、その鋭い推理は論理的思考力の重要性も教えてくれる。
また作品の中には、第一次・第二次大戦や世界恐慌などが描き込まれている。そうした背景を知らなくても、謎解きと物語の面白さが読者を引き込み、自然に世界史の知識を身につけられる。
9月からは、第2弾として『列車探偵ハル(仮)』シリーズが刊行される。著者はイギリスのM・G・レナードと、サム・セッジマン(武富博子/訳)。同国で1月に発行された新作だ。世界中の有名な列車で起きるさまざまな事件に挑むのは11歳のハル少年。読者と同年齢の主人公が活躍し、クリスティー作品へのオマージュも盛り込まれている。クラシック作品と現代作品の繋がりを見つける楽しさも、同レーベルの魅力だ。
教育家庭新聞 健康・環境・体験学習号 2020年6月15日号掲載