詩人アーサー・ビナード氏による紙芝居『ちっちゃい こえ』が童心社から刊行された。丸木俊・丸木位里夫妻による連作「原爆の図」をもとに、独自のストーリーを紡ぎ、美しい紙芝居を作り上げた。制作期間が7年に及んだこの紙芝居は、どのように誕生したのか。5月17日、埼玉県東松山市の「原爆の図 丸木美術館」では『ちっちゃい こえ』の刊行記念イベントが開催され、200人以上が集った。
ビナード氏はアメリカで生まれ、ニューヨーク州の大学を卒業と同時に来日。池袋図書館(東京)で初めて紙芝居に出会い、惹きつけられた。「いつか紙芝居を作ってみたい」と考えたという。
「原爆の図」は、原爆投下後の広島での人々を等身大の姿で描いた、屏風仕立ての、全15部の連作。ビナード氏は「原爆の図」は向かい合う人にとって“鑑賞する”ものではなく、“巻き込まれるもの”であり、“傍観者ではなく当事者として引き込むもの”だという。その力学は紙芝居と同じだと感じたことが、今回の制作のきっかけとなった。
もともとある絵から脚本を創作し紙芝居を作る、ということも、これまでに例がなかったという。丸木俊の姪で「原爆の図」の著作権者でもある丸木ひさ子氏は、「原爆について、子供にどう伝えたいか、何をなすべきかは丸木俊・丸木位里も、ビナード氏も同じだと思った」と語る。
紙芝居「ちっちゃい こえ」の語り部となるのは、「原爆の図」に登場する黒い猫だ。広島で一緒に暮らしている「家族」のこと、そしてあかんぼうと母親、じいちゃんが原爆の炎に包まれたこと、命を作り続ける「サイボウ」の“ちっちゃいこえ”について語る。
なぜサイボウ(細胞)なのか。原爆は投下された時や、被ばくした人だけでなく、放射線に焼かれることで、あらゆる生物に「終わりのない影響のあるもの、ずっと続くもの」だ。紙芝居では、サイボウの「こえ」が登場することで、原爆がどのようなものなのか、そして私たちがこれからどう生きていけばよいのかをそっと投げかける。
「原爆の図は、見るたびに“違う絵だ”と思う。常に新しい視点を得られ、無限に近い物語があり、(紙芝居の制作は)その物語を探しに行くことだった」とビナード氏。紙芝居の完成には7年の歳月が必要だった。「諦めて途中で出版していたら、紙芝居は独り歩きできないものになってしまった」。紙芝居は演じ手がいてこそのもの。作者を離れ、演じ手と共に紙芝居が独り歩きし、子供たちをはじめ多くの人に触れて欲しい、としている。
なお同美術館では7月20日~9月1日まで、企画展「紙芝居ができた!」を開催。8月17日にはビナード氏の紙芝居の実演なども予定されている。
教育家庭新聞 健康・環境・体験学習号 2019年6月24日号掲載