電気通信大学大学院情報理工学研究科の橋本直己教授は、日常空間そのものを自在に書き換えることができる「空間型拡張現実感」の研究に取り組んでいる。これは、スマートフォンやゴーグルなどのディスプレイが必要な「拡張現実感(AR)」とは異なり、ディスプレイを使わずに映像を見せる技術だ。
主要研究テーマのひとつである「どこでもディスプレイ技術」は、投影する面に色や模様があったり凹凸があったりしても、現実空間の影響を受けないように映像に補正処理を加え、本来の映像が楽しめる補正技術である。
「動的プロジェクションマッピング」も、主要研究テーマだ。これは動いているものに投影しても、その動きに合わせて映像を生成しながら投影する手法だ。
「どこでもディスプレイ技術による映像補正と、動く物体へも正確に映像投影が可能な動的プロジェクションマッピングを組み合わせることで、例えば、自宅にいながら世界中を旅することも、普段会うことのできない遠隔地に住む家族と食卓を囲むことも可能です。異なる学校の教室をひとつにつなぎ合わせて、多様なメンバー構成で授業を行うことも、将来的には実現できると考えています」
橋本教授の研究室に所属する学生たちも「どこでもディスプレイ技術」や「動的プロジェクションマッピング」を活用した研究を進めている。
そのひとつとして、部屋にかかっており空気の流れによって動くカーテンの形状にあわせた補正を施し、本来の映像をゆがみなく映し出す研究に取り組んでいる。不規則な動きをするカーテンに遅れることなく追従して、補正処理を行うことが重要な研究テーマだ。また、動的プロジェクションマッピング研究のひとつとして、投影対象を手でつかんで動かしても、映像を途絶えさせることなく正確に投影させる研究がある。
カメラで投影対象を常時観測して、対象物の位置や姿勢を把握する必要があるが、手で投影対象を持ってしまうと、プロジェクターからの映像がさえぎられ、影ができてしまう。その影の影響を極限まで減らす研究だ。
橋本教授は「プロジェクションマッピングなどの技術が一般化し、イベントなどに幅広く使われるようになったことは、我々の研究分野のひとつの成果だと考えています」と話す。しかし、「どこでもディスプレイ」も「動的プロジェクションマッピング」も、まだ知名度が低い状況だ。これらの技術の魅力を、体験を通して多くの人に理解してもらえるよう、さらに力を入れていく。「研究の根本の目的は、仮想世界にしか存在しないものと、現実に存在するものとが、自然な感じで深くやり取りできる環境を作り出すことにあります。スマホなどを使わずに、部屋の隅からポケモンが現れてくるような、そんな状況を誰もが気軽に利用できる世界を目指したいと考えています」
教育分野においても、コロナ禍以降、オンライン化が急速に進んできたが、「空間型拡張現実感」の研究成果によって、現実空間と仮想空間の違いを感じさせない教育が行われるかもしれない。
橋本教授は今後について「拡張現実感技術もそうですが、新しい技術が次々に世の中に登場し変革がどんどん加速していると感じています。学生たちが学ぶべき内容を大学としてよく考えて、柔軟に対応していくことが必要だと考えています」と話した。
(蓬田修一)
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2023年9月4日号掲載