特別な支援とは、その子の苦手なことを補って学びのステージを提供することである。AI時代の教育学会(赤堀侃司会長)デジタル教科書研究グループは7月8日、「特別支援と学習者用デジタル教科書」をテーマにオンラインで談話会を行った。話題提供は、安来市立荒島小学校の井上賞子教諭(特別支援教育士)と仙台市立八乙女中学校の伊藤陽子教諭。読むことや書くことが困難な子供が具体的にどのような状況にあり、どのような支援が必要かについて報告した。
「読めない」とは、文字から情報を獲得することが難しい状態だ。まったく読めないわけではないので発見されにくく誤解されやすい。そのような子供たちは「読めること」前提の授業で追い詰められ、無気力になったり拒否的な言動をとってしまったりする場合がある。
小学2年生のAさんは、文字がスムーズに音にかわらず、苦しんでいた。そこでペンで触れると音声が再生される「音読シール」を国語の教科書に一文ずつ貼り「音を手がかりに読む」ことができるようにしたところ、教科書をスムーズに読めるようになり、内容理解も進んだ。
中学1年のBさんは「本は好き。でも読むのが大変。上下が白くぼやけて見えにくい。横書きだと何とか読めるけど、縦書きだと顔を上下しなければ一行を読むことができないので途中でわからなくなる」という。そして「他の人はそうじゃないの?」と、自分の見え方の特異性に気付いていなかった。感覚の差異は他の人と比べることが難しいため、「みんなも見えにくい中で読んでいる」と思い込んでいるケースは少なくないと感じている。
本人から申し出ることができず周囲からは気付かれにくかったため、彼女は長く支援を受けることができなかった。Bさんの場合は白い紙に書かれた黒い文字が眩しくて見えにくいことが予想されたため、色付きのクリアファイルを重ねて見やすさを比較したところ「薄緑色のクリアファイルを重ねると文字がはっきり見える!」と、本人も驚いていた。その後は、薄緑のファイルや色付きの眼鏡を使い、プリントやテスト問題も、薄緑色の紙を1枚混ぜて印刷してもらうことで、文字情報をスムーズに取得できるようになり、学力もぐんと伸びた。
これらの支援は、当時「学習者用デジタル教科書」があれば簡単に提供できたものだ。特別支援機能等の多様な手立てを比べたり選んだりできれば、もっと早く本人が「自分の学びやすさ」に気付けたはずだ。
「書けない」子供も、全く書けないわけではない中、「書くこと」前提の試験や評価(ノートやワークシートなど)において評価を受けにくく、自信を失ってしまう場合がある。彼らは時間をかけて書いても、後で自分の書いた字を読み返すことができない。また、「書く」ことで疲れ切ってしまい、内容の理解や思考の整理といった本来の目的にたどり着けないこともある。
「光村国語デジタル教科書」の「マイ黒板」はそのような子供にとって、夢のような機能だ。マイ黒板では、教科書本文から言葉を選ぶだけで抜き出すことができる。
書くことの困難が大きく、ワークシートもほぼ白紙で「文章を手がかりに内容を読み込んでいく」ことがほとんどできないまま高学年になってしまった子供も、この機能を使うことで、ポイントになる言葉を抜き出して比較しながら読みを深めることができた。
「『合理的配慮』とは『合理的人権保障』である」と、ある大学の先生が話しておられたが、現場にいるとその言葉の重さを痛感する場面は多い。手立てを持つことで初めて学習のスタートラインに立つことができる子供は本当にたくさんいる。
その子の「学び方」の引き継ぎ方についてもよく話題に上がる。大切なのは「本人に引き継ぐこと」だと考える。自分がどこで困っていて、何があれば学べるのかを知っていることは、何よりの説得力になる。「これがあれば学べる」見通しは、自信にもつながる。そんな子供にとって「学習者用デジタル教科書」は、間違いなく心強い選択肢だと感じる。小学校のときから身近にあれば、様々な機能を自分の力で試すことができ、長い訓練や大変な練習なしに「今」「自分の力で」できることが増えるだろう。
学校長方針で「1日3時間はICTを活用する」ことになっており、当初はとまどったものの、現在はほとんどの授業で情報端末(Chromebook)を活用している。すると「困難を抱えていた子が課題を出せるようになる」ことがわかった。書くことが苦手な子は、苦労して書いても他の人に読んでもらうことが難しい。しかし情報端末を使うことで素晴らしいワークシートをまとめることができるのだ。
通級指導教室では週1~2時間程度、その子の課題に応じた学習を行っている。教員の力を借りなくても生徒本人で端末を活用できることが重要であると考え、通級指導の時間で練習している。
読むことが苦手な子で「みんなの前ですらすら教科書を読みたい」と通級に通うようになった生徒は、デイジー教科書を使って練習し、希望を叶えた。ICTを使うことで救われる子は間違いなくいると何度も感じており、保護者会や職員会議で伝えている。「ICTを使うこと」を周囲が認めるだけで、多くの困難が解決するのではないか。
通級指導教室の時間しか登校しない生徒がいた。「読めない。書くことも疲れる。みんなどうしてこんな大変なことができるの」と思っていることがわかった。
知的発達は問題ないが、流暢に読めないため理解できず、中学校は授業中に板書が消されることも多いため、追いつくことができないという。そこで学習者用デジタル教科書収録のフラッシュカードで漢字の読みを練習。自信をもって読むことができるようになった。また、国語だけ極端に苦手な生徒は、マイ黒板を使って言葉を抜き出して考えることができるようになった。
忘れものが多い生徒もいる。そんな生徒にも学習者用デジタル教科書は便利だ。
「実際に手を動かさないと文字が書けなくなる」という懸念も聞く。
本当にそうだろうか。
アルファベットが書けなくて通級指導教室に来た生徒は、テキスト入力を繰り返すことで自信をもって書けるようになり、テストの点数も驚くほど上がり、一般入試で合格することができた。配慮受験で良いのではないかと思うのは大人の考えであり、本人は「書くことができるのであれば書きたい」のだ。
「学習者用デジタル教科書」は、自分に適した方法を見つけ、自信をつけることの一助になる。現在は通級指導教室のみで使っているが、皆が自由に使えると良いと感じている。
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2023年8月7日号掲載