群馬大学情報学部の高木理准教授は、医療情報学の研究に取り組んでいる。医療情報学は比較的新しい学問分野で、その定義は国や研究コミュニティによって異なる。高木准教授は「医療に関わる情報処理技術や、情報共有のあり方に関する取り決めなどは、医療情報学の範囲に入ると考えられています。個人的な考えですが、医療を通じて得られる情報のうち、何が重要で、どのようにして収集・蓄積・流通・利用するべきかを議論することは、医療情報学における最も重要な課題の1つです」と話す。
大規模病院では、患者カルテを始め、医師の指示出しおよび医療スタッフの指示受けに関わるデータ、医療機器による検査データ、看護師が情報端末で入力する患者データなど、様々なデータがある。しかし、それぞれが独立したデータベースとして存在しているため、これらを結びつけながら分析することが大きな課題となっていた。例えばナースコールの頻度は患者の状態を知るための有効なデータだが、データ量が膨大なため、問題になりそうな変化をくまなく見つけることは困難であった。
そこで高木准教授は、ナースコールデータを様々な医療データと組み合わせ、新しい言語形式による「頻度傾向分析システム」を用いて、ナースコールの発生頻度に関する研究に取り組んだ。
分析対象としたのは700病床以上の規模を持つ病院の約1年半分のナースコール履歴データだ。ナースコール数が多い病棟や、ナースコールが増加する時間帯などとともに、病院全体でナースコール数が連続的に増加する時間帯などを調べた。また、手術前後におけるナースコールの発生頻度のパターンを、病棟あるいは術式ごとに分類した。
分析を通じて、次のことが分かった。
看護師の配置を見直すなど医療業務の改善には、その根拠となるエビデンス(データ)が必要だ。同時に、多くの人が納得できる客観的な評価手法(分析手法)も必要になる。頻度傾向分析システムに基づく問題事象の発生頻度の傾向パターン分析は、エビデンスの作成に役立つ。「頻度傾向分析システムのような数理的なアプローチを用いて、業務負担になり得る事象の発生頻度を徹底的に分析することは、看護師の適切な配置や、医療業務の質評価などに重要だと考えています」
現在は情報処理技術が急速に発展し、世界中で膨大なデータが蓄積され、それを有効活用しようとする機運が高まっている。
「社会全体のデータ化は、私たちに対して良いことだけでなく、様々な負の影響の可能性はありますが、それがどのようなものなのかを、多くの人が納得できる形で示すことは非常に難しい問題です。しかし、この問題を様々な側面から考え議論することは必要であり、その役割を担うのが大学や研究者であると考えています」
今後は医療分野以外の研究にも取り組みたいと言う。その一例として挙げたのが、データ提供者のプライバシーを保護しながら、データ分析を可能にする技術の開発だ。分析結果の本質的な内容をできるだけ歪めないようにしつつ、データ提供者の特定につながり得る情報を匿名化する技術開発に着手している。
(蓬田修一)
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2023年7月3日号掲載