1人1台の情報端末を活用した様々な試行錯誤が始まり、この1年で「自己決定」「自己調整」「相互啓発」というキーワードも広く浸透した。一方で学校間格差も指摘されている。学びが大きく変わりつつある学校と、それほど変わっていない学校では何が異なるのか。中央教育審議会委員でこの4月からはデジタル学習基盤特別委員会委員長も務める堀田龍也教授(東北大学大学院情報科学研究科/東京学芸大学大学院教育学研究科)に、今、それぞれの段階において理解すべきことを聞いた。迷ったとき、壁に当たったときにどう判断するかが大きなポイントになりそうだ。
コロナ禍による長期にわたる休校期間は、学びが止まってしまった例もあり、自ら解決できない子供を育てていたのではないか、と多くの学校が気付くきっかけになりました。
そんな中、GIGA端末が配備され「とりあえず使ってみよう」という段階から始まり、授業時間に合わせてオンライン授業を実施した学校、授業以外でもオンライン上で交流して友達とのつながりを大切にしようとした学校、授業動画を配信した学校などそれぞれの工夫が生まれました。双方向の仕組みを構築でき、ネットワークもスムーズにつながる学校では「意外にできることがある」という発見があり、新たな試みが加速していきました。
それがひと段落し、各学校で日常的なGIGA端末活用が始まっています。端末活用から多くの発見を経験した学校では、新たな「学び方」を子供が身に付けるための授業研究にシフトし始めたところです。
実際の授業で端末等を活用した「個別最適な学び」や「協働的な学び」への挑戦が始まると「1人で」調べることや、情報を整理してまとめることが「難しい」子供もいるという場面に遭遇します。ここで「うちの子供たちに向いた方法ではない」と後戻りする教員もいるようです。一方で、これまで行ってきた、学習で迷わないようにという教員の配慮が子供の成長を阻害しているのではないか、これまでのやり方を改善した方が良いのではないかと気付き、このままではいけないと感じた教員から授業が変わっています。
これは大きな変化です。
個別最適な学びのキーワードは「自己決定」「自己調整」「相互啓発」です。子供に思い切って学習の主導権を渡すことで生じた良い変化を教員が実感できると、この重要性を納得できるようになります。
よい学び方を自ら獲得したいという願いを持ち、自分の学びを自ら決めて進め、失敗もはさみ修正しながら進めることが「自己決定」「自己調整」であり、さらに様々な人のやり方を知って自分の学び方をさらに良くすることが「相互啓発」で、この3つは循環していくものです。
これらの変化は「まずは使ってみる」「失敗も経験する」段階を経て起こるものです。端末を使って各自が調べてみることで、初めて「必要な情報にたどりつくことの難しさ」「正しい情報を見極めることの重要性」に気付くことができ、端末上でコミュニケーションをとることで、「正確に伝えるためにはノウハウがある」こと、集めた情報を整理するためには「整理するための力を身に付ける必要がある」こと、皆にわかるように伝えやすくするためには「資料作成や伝え方等ノウハウがある」ことに気付くからです。
これは「情報活用能力」の必要性を納得することにもつながります。うまく進行している学校では、これらを一気に進めず、1つずつ時間をかけて取り組んでおり、その1つひとつの力が結びついて成果が生まれる、という流れで進んでいるようです。
これらの変化は「意味のある使い方をしなければ」「失敗やトラブルは絶対に避けたい」等の考えにより制限を設けすぎる等で十分に使っていない場合には起こりにくいことです。新たな学び方のための新たなツール活用では「失敗という経験も学びである」と考えることが必要です。
「自己決定」「自己調整」「相互啓発」の考え方は、現行の学習指導要領には「学びに向かう力」と表現されているものであり、2021年の中教審でまとめられた「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して(答申)」では「子供が自らの学習の状況を把握し、主体的に学習を調整することができるよう促す」「子供自身が、学習が最適となるよう調整する」「異なる考え方が組み合わさり、よりよい学びを生み出す」と表現されています。既に国の方針に盛り込まれているのです。
今年度は、これらをさらに推進・発展させていく年としなければなりません。
コロナ禍前後で、社会は大きく変わりました。リモートワークが増え会議や仕事の進め方が変わることで必要なスキルや労働環境が変わりました。多くの企業では、緊急事態宣言が終わった後も以前とまったく同じ環境に戻してはいないはずです。
それは学校も同様です。行事の精選、教員や保護者とのオンラインによる連絡方法、デジタルで便利になる校務の進め方等、経験して初めて理解できたメリットは、その後も継続する方向で進んでいます。
しかし、学びに関しては「コロナ禍以前の学校(学び)に戻りつつある=端末を使わなくなる」学校もあると聞いています。十分に活用体験を経ずにその効果を実感できなかった場合は、改めて「GIGAスクール構想」が始まった理由を理解したうえで「とりあえず使ってみる」段階から再スタートすることをお勧めします。
失敗したらどうするのか、端末活用により余計な仕事が増える等の意見に迷う場合もあるかもしれませんが、端末活用を経験したことのない方の意見ではなく、十分な活用経験のある方の意見を、より重視することが合理的な判断ではないでしょうか。
挑戦を始めた教員が今直面している課題は「通常の授業の中に自己調整する場面をどのように用意すれば良いのか」ではないでしょうか。
自己決定・自己調整のためには、学びの進行を子供に委ねる必要があります。まずは任せやすい教科や内容、段階から進めてみてはいかがでしょうか。
答えが決まっている算数であっても、たどりつくための考え方は1つではありません。自分なりのたどりつき方を、既習事項を参照して考える、思いつかないときは、クラウド上で他の人の考えを参照してヒントを得る等は自己決定・自己調整・相互啓発の経験として比較的取り組みやすい方法です。
社会や総合的な学習などは、どのような情報を収集し、どう読み取るかという点で個性を発揮しやすい学習です。自己決定・自己調整しやすい学びほど学習が広がりすぎることもあるため、ここで参照すべき好資料を提供したくなるのが教員ですが、先回りしすぎない我慢と放置し過ぎない配慮の両面が必要になります。「未熟なまま学習を任せて1時間無駄にする」可能性のある段階であればきめ細かく支援をする、任せられる子供には任せる等を繰り返していくうちに子供の成長に従って1時間の使い方が変わっていくでしょう。
このような授業に挑戦したものの、外部からの「受験に必要なのか」「この学びで〇〇大学(もしくは〇〇高校)の進学が増えるのか」という声や、「子供に任せることで自分のやることがなくなってしまった」という不安感などから、もとの授業に戻してしまった、という例もあるようです。
選抜方法が既に変わっている高校や大学が増えています。もちろん、まだ変わっていない学校もありますが遅かれ早かれ変わっていくのです。
「受験方法が変わってから対応すればよい」という意見もあるかもしれません。しかし、変わってからすぐに対応することができないような力の育成が求められているのです。
さらに、「受験に成功すること」を最終目標として良いのかと問い直す必要もあります。
今目の前にいる子供は受験後も、自分の力で人生を切り拓いていかなければなりません。学びに向かう力は上の学校にいくほど必要です。この力の有無で入学後の伸び方は異なるでしょう。どのような知識を持っているかというコンテンツではなく、生涯学び続けることのできるコンピテンシーが重要なのです。
もう1つの大きな課題が、「様々な配慮や事前準備のための時間の確保が、多くの教員にとって難しい」点です。適切な支援を提供するためにも学習データ活用は有効ですが、そもそもそのデータを閲覧する時間さえない場合があります。
教員の働き方改革は、文科省調査によると若干の進捗はあるものの、思うようには進んでいません。その理由は複合的です。
まず、絶対的な業務量の多さです。これが最大の要因です。少子化にも関わらず業務量が増え続けているという実態を、まず変える必要があります。さらにそれを加速する教員不足という問題もあります。
にもかかわらずこれまでと同様の教育内容に、さらに新たな学びを追加すれば多忙になるのも当然です。これまでのやり方を積極的に疑うべき時期にあります。校長権限で止めることができる行事や作業もあるはずで、リーダーの決断は極めて重要です。
端末活用により子供の様子をデータ化して日々保護者に連絡している学校の中には、「通知表」を止めた学校もあります。通知表は公簿ではないからです。
また、教育委員会が学校を信頼して任せることで進む場合もあります。
次の理由が、効率的にデジタル化を利用できていない点です。
デジタル化は業務量の縮小にもつながるもので、これをうまく活用して公教育のコストダウンと高品質化両面の実現を目指す必要があります。
連絡ツールを導入した学校では朝の電話連絡が激減しています。保護者面談や保護者参観も一部オンライン化することで効率化が進みます。
チャットツールの児童生徒の利用禁止はまだ多いようですが、教員にも禁止している場合があります。民間企業ではチャットツールの利用は常識であり効率化に効果を上げています。職員室で仕事をする時間を確保しにくい教員にも有効なツールとなるはずです。
ロケーションフリーの環境構築も可能になりました。一部企業では、業務時間も仕事場所もフリーな働き方が始まっています。教員も「自宅等自由な場所から授業や校務を行う」等まで含めたロケーションフリーな仕事の進め方は不可能ではないはずです。実際に感染症の影響で自宅待機が必要になった教員が自宅から授業を行った例もあります。出張が多い管理職や、子育て中や介護が必要な教員には場所を選ばず働ける仕組みは歓迎されていると聞いています。一般的な教員にとっても、職員室に縛られない仕組みが必要です。校務用端末を職員室でワイヤー固定しているような学校は、早急に環境改善の検討を進め、少なくとも教室や準備室等で、可能であれば校長権限等で自宅でもできるようにしてほしいところです。これを実現するためには、権限があれば必要なデータに安全にアクセスできる仕組みとしなければなりません。
ChatGPTで認知度が拡大した生成AIを早々に校務で活用している学校もあり、効率化に役立っていると聞いています。文科省としても生成AIを全面禁止とするのではなく、今後さらに生まれてくるであろう新たなAIツールについての学校利用の可能性や留意点等の参考資料を示す方向です。
今後は、さらに大きな教育改革が訪れることになるでしょう。身に付けるべき力や学ぶ内容、学習環境が変わったにもかかわらず学校制度が昔のままであれば、ひずみも生まれます。抜本的な改善が必要な時期にあるのです。
中央教育審議会初等中等教育分科会の下にデジタル学習基盤特別委員会が設置され、本年5月16日に第1回会議が開催されました。この分野について中教審で総合的に議論する場ができたことは画期的なことです。
これは今後の学習基盤の方向性を示す重要な会議です。ここでは、これまでの成果や「リーディングDXスクール事業」「次世代の校務デジタル化推進実証事業」等現在行われている各種実証等の状況も踏まえながら、昨年度の様々な各論—学習ログ・教育データ活用、次世代の校務環境、デジタル教材・教科書、教員養成等について総合的に討議します。
ネットワーク整備やICT支援員のあり方や生成AIの学校現場での取り扱い、次期ICT環境整備方針など次の環境整備の方向性、調達方法、地方自治体の責任範囲等、多岐にわたる事項が総合的に検討されます。24年度中に一定の方向性が示され、次の学習指導要領に影響を与えることになるでしょう。
学習基盤の大枠が決まることで、制度や規制ががらりと変わり、これまでできなかったことができるようになる可能性もあります。個別最適な学びを目標にするのであれば、教科書採択も学校ごとにしたいという意見も出るかもしれません。
教育データの利活用については、プライバシーの侵害や取り扱い、保護者の許諾等の必要性、教育データの保有者等様々な議論があります。デジタル庁やこども家庭庁とも連携が必要で、時間は要しますが、標準化を進めることで福祉系の情報等との早期からの連携が可能になるでしょう。ここから先は、国の動向に各自治体が確実に追従していくことが重要です。
ネットワーク環境も重要な学習基盤の1つです。
この4月には全国学力・学習状況調査の中学校「英語・話すこと」においてCBT調査が行われました。当日実施校のうち12・5%がスムーズに試験ができなかったと聞いています。
不具合の原因の多くはネットワークの帯域不足であったようです。本調査ではそれほど多くの帯域を要しない内容でしたが、それでもネットワーク容量が不足するということは、根本的な環境整備が足りていない可能性があり、今後本格的なCBT調査の実施に向けて教育委員会は大至急の対策が求められます。
校内Wi-Fi環境は強化したものの、学校までの回線速度が遅い場合があります。また、ネットワークを高速化したのに上手く接続できないという学校もあります。校舎の形が複雑である、学校周辺の環境に影響を受けている等様々な原因が考えられます。
そのため文部科学省ではアセスメントを定期的に実施することを各設置者に求めています。ネットワーク監視ツールを導入する、民間の力で行うために予算化する等の対処が必要です。今のところ、定期的なアセスメントを実施している教育委員会はわずかのようですが、これはすべての学校で行われなければならないことの1つです。
東北大学大学院情報科学研究科教授/東京学芸大学大学院教育学研究科教授・学長特別補佐/国立教育政策研究所教育データサイエンスセンター上席フェロー/信州大学教育学部附属次世代型学び研究開発センター特任教授
中央教育審議会委員/初等中等教育分科会分科会長代理/個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実に向けた学校教育の在り方に関する特別部会長代理/デジタル学習基盤特別委員会委員長/文部科学省リーディングDX事業推進委員会委員長 ほかを務める
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2023年6月5日号掲載