高等学校で「情報Ⅰ」が必履修科目となって1年が経過した。プログラミングやデータサイエンスなど、これまでと比較してより高い専門性が求められる内容となったこと、小中学校でプログラミング教育を経験した子供が入学してくること、2025年度の大学入学共通テストでも『情報I』が出題科目として設置されることを踏まえ、高等学校の「情報」ではどのような学びが求められているのか。情報教育支援プラットフォーム「ELDI」は「大学・高校の入口で求められる『情報』の力」をテーマに3月28日、オンラインセミナーを開催。大学入試センター試験問題調査官の水野修治氏、国立教育政策研究所教育課程研究センターの渡邊茂一教育課程調査官が登壇した。主催のELDIは「大学ではどんな力を求めているのか。中学ではどこまでやっているのか。高等学校の教員を中心に情報を提供したいと考えて企画した」と話す。ELDIの調査によると2025年度共通テストで、科目『情報I』が必須あるいは選択となる大学はセミナー時点で150大学以上であり、4月10日段階では200大学を超えている(本文中、『情報I』は共通テスト科目、「情報I」は高校の授業科目)。
大学入試センターの試験問題調査官で情報を担当している水野氏は『情報Ⅰ』の問題作成方針の方向性や試作問題とそのねらいについて話した。
2025年から大学入学共通テスト(以下、共通テスト)で新科目『情報Ⅰ』が実施されることになった。期待とともに共通テスト『情報Ⅰ』がどういうものか分からないと不安に思われている方もいるかもしれない。そこで、大学入試センターでは22年11月9日、共通テスト『情報Ⅰ』及び『旧情報(仮)』の試作問題を公開した。これは、新課程の試験問題を検討している有識者により作成されたものであり、併せて問題作成方針の方向性や出題方法、問題構成や配点なども示ししている。
新しい学習指導要領では新しい時代に必要な資質・能力の育成やその実現のために「主体的・対話的で深い学び」に向けた授業改善を行うことの重要性が示されている。多くの高等学校では、この新しい学習指導要領に基づいて授業改善が行われている。共通テストでは、そうした授業を通して培われた生徒の資質・能力を適切に評価できるよう、学習の過程を意識した出題に工夫をこらしている。
本年6月、文部科学省は25年度大学入学共通テストの問題作成方針を公表する予定。その方向性については、試作問題とともに次のように公表している。
○新しい高等学校指導要領とこれまでの大学入学共通テストの実施状況を踏まえる。
○大学教育を受けるためにふさわしい能力・意欲・適性等を多面的・総合的に評価・判定するよう、次の考え方を基本とする。▼知識・技能や思考力・判断力・表現力等を問う問題とする。特に新しい学習指導要領において、「主体的・対話的で深い学び」を通して育成することとされている「深い理解を伴った知識の質を問う問題」「知識・技能を活用し思考力・判断力・表現力等を発揮して解くことが求められる問題」を重視。言語能力、情報活用能力、問題発見・解決能力等を教科等横断的に育成することとされていることについても留意する。▼各教科・科目の特質に応じた学習過程を重視し、問題の構成や場面設定等を工夫する。例えば、社会や日常の中から課題を発見し解決方法を構想する場面、資料やデータ等を基に考察する場面、考察したことを整理して表現しようとする場面などを設定することによって、探究的に学んだり協働的に課題に取り組んだりする過程を、問題作成に効果的に取り入れる。▼前述の2点を踏まえて多様な受験生が十分に力を発揮できるよう構成や内容、分量、表現等に配慮する。
さらに『情報』の問題作成方針に関する検討の方向性として次のように示している。
まず、新しい学習指導要領で示されている「情報Ⅰ」で目指すこととされている資質・能力を重視すること。日常的な事象や社会的な事象と情報との結びつき、情報と情報技術を活用した問題の発見・解決に向けての探究的な活動、及び情報社会と人との関わりを重視する。
また、資料等に示された事例や事象について、情報社会と人との関わりや情報の科学的な理解を基に考察する力を問う問題などとともに、問題の発見・解決に向けて考察する力を問う問題も含めて検討する。
試作問題にあるプログラム表記は、授業で多様なプログラミング言語が利用される可能性があることから、初見でも理解できる独自プログラム表記を用いており、25年度も同様の方向性で考えている。
第1問の問1はSNSやWeb等の情報の信ぴょう性を問うもので、自らの経験を基に理解していないと正答に導けない問題。また、問2では、情報通信ネットワークのパリティビットを取り上げているが、パリティビットの知識の有無を問う問題ではなく、説明文により与えられた知識を理解して、いかに思考・判断・表現等できるかを問う問題となっている。問3も同様で、論理回路の知識の有無ではなく説明を理解して、実生活に密着した題材との関係の中で論理回路等を考察できるかを問う問題となっている。
第2問はAとBに分かれており、Aの問1は、二次元コードが広く普及した理由について問題文の会話から読み取り、特許権について考察する問題となっている。問2では二次元コードの位置検出パターンを取り上げているが、パターンが3つあることや解像度と画像に関する知識などを結び付けて思考・判断・表現等ができるかを問う問題となっている。
Bは、文化祭の模擬店の待ち行列と確率モデルのシミュレーションから変数を変化させた場合の結果の考察を問う問題や、問題文から累積相対度数を確率とみなした考え方を理解し、乱数を発生させたデータを基に待ち行列の状況について考察する問題である。この中で扱っている累積相対度数については一部の教科書でしか扱っていないという指摘もあるが、新しい学習指導要領では中学1年で学ぶことになっているので既習の扱いとしている。
第3問も日常的な題材。ある店でお金を払う時に、上手な支払い方を考える問題解決を題材としたプログラミングの問題だ。問1でこの場面で定義する「上手な支払い方」をしっかり理解し、問2で問1において必要となる考え方をプログラムで考え、問3では、問2で作成したプログラムを関数として利用し、この場面でいう「上手な支払い方」をした場合の支払う硬貨とおつりの硬貨の枚数を合わせた合計が最小になる支払い方を求めるという展開になっている。
問題の中のプログラムの表記は、教科書によって取り扱うプログラミング言語はさまざまであるので、どの言語を学習してきても有利・不利なく対応できるよう共通テスト用のプログラム表記を用いている。共通テスト用プログラム表記も例示しており、フローチャートやPython、JavaScript、VBA、Scratchとの対比を示した資料もあるので参考にしてほしい。
少し懸念していることは、この共通テスト用プログラミング表記だけを使ってプログラミングの授業を行うことにならないかということである。共通テストがプログラミングの学びのゴールではない。授業では、教科書で扱っているような実用的プログラミング言語を使って自ら創造するような取組ができれば、将来に繋がるであろう。また、共通テストでは、プログラミング言語をどれだけ習熟しているかを測るのではなく、プログラミングを使い問題解決することを前提とした出題としている。
このプログラム表記はPythonに似ているから授業はPythonが良いのではとか、Scratchのようなブロック型のプログラミングは不利ではないか等不安に思われている方もおられるかもしれない。
これについては、愛知県立小牧高等学校・情報科の井手広康先生の研究「情報Ⅰにおけるプログラミング言語の選択が大学入学共通テストの解答に及ぼす影響」(情報処理学会論文誌 教育とコンピュータVol9No.1 1-1/20230222)を紹介したい。
研究では、学年のクラスを4つに分けPython、JavaScript、VBA、Scratchの4つのプログラミング言語で同じ授業内容を実践。最後に大学入学共通テスト『情報Ⅰ』サンプル問題(第2問)を全員に解答させたところ、学んだプログラム言語によって有意な差はなかったということだ。
第4問は、「データ活用」に関する問題で、統計調査をもとにスマートフォン・パソコンなどの使用時間と睡眠の時間や学業の時間との関係を題材に、データの活用と分析に関する基本的な知識・技能と、データが表すグラフから読み取れることを考察できるかを問う問題となっている。問題の中に出てくる箱ひげ図は2012年から数学Ⅰで取り扱いが始まり、新しい今の学習指導要領では中学校2年で学ぶことになっている。教員の多くは学んだ経験がないといわれているものだ。
このほか参考問題や『旧情報』の試作問題も公表しているので参考にしていただきたい。
60分で配点100。現在の高校2年生など旧課程履修者が2025年度の試験を受ける場合は『情報Ⅰ』と『旧情報(仮)』から1科目選択ができ、平均点に大きな差が出た場合は得点調整の対象となる。なお、新課程履修者は『旧情報(仮)』を選択することはできない。
今年6月頃、文科省は「2025年度大学入学者選抜に係る大学入学共通テスト実施大綱」を、大学入試センターは「2025年度大学入学者選抜に係る大学入学共通テスト出題教科・科目の出題方法等及び問題作成方針」を公表する予定。
国立教育政策研究所・教育課程研究センターの渡邊氏は中学校技術・家庭科技術分野で行われている「情報の技術」の取組について報告した。
中学校「技術分野」では「ものづくりなどを通して中学生なりに生活の中で、技術の発達を主体的に支える力や技術革新をけん引する力の素地となる資質能力を育成する」ことが求められており、現在は1・2年生で週に1回、3年生で2週間に1回程度の時数が確保されている。
1989年から男女共修となった「技術分野」は、誕生から現在まで大きく内容が変遷した。10年後の1998年に「情報とコンピュータ」が追加されたが、プログラミングと計測・制御は選択であった。これがさらに10年後の2008年には必修になり、現在は「D情報の技術」においてネットワークを利用した双方向性のあるコンテンツのプログラミングが必修化。計測・制御のプログラミングと併せて実施され、高等学校「情報Ⅰ」との系統性が重視されている。
「情報の技術」は4項目で構成されている。①生活や社会を支える情報の技術②ネットワークを利用した双方向性のあるコンテンツのプログラミングによる問題解決③計測制御のプログラミングによる問題の解決④社会の発展と情報の技術
指導の配慮点は以下だ。▼自分なりに工夫してプログラミングをする喜びを体験すること、▼情報技術の進展が多くの産業を支え、社会を大きく変化させてきた状況に触れること、▼情報通信ネットワーク利用による人や物の移動の減少、計測・制御システムの発達による自動車の燃費向上など自然環境の保全に貢献していることに触れること、これらに関連した職業や新たな技術開発についての理解を深めること、等
「生活や社会を支える情報の技術」についてある学校では、医療メーカー、医療機器販売店と連携。ロボットスーツを装着する体験や、ゲストティーチャーによるデジタル化やネットワーク理解に関する講演を聞きレポートにまとめる学習などを行っていた。
「ネットワークを利用した双方向性コンテンツのプログラミング」では、「コンテンツ制作」が大前提である。これにはPC間の情報通信を処理の一部に含むことが必須だ。ある学校で生徒は、プログラミング言語「スモウルビー」でチャットシステムをプログラミング。他にも「なでしこ」という言語で「都市を選ぶと天気を聞くことができる」コンテンツを制作している学校もあった。
「計測・制御のプログラミング」では問題解決のためにシステム全体を構想して設計・製作することがポイント。センサーやアクチュエータは何を置くか、正常に動作しなかった場合はどうするか等、全体を考える学習内容である。ある学校では医療介護を問題解決のテーマとし、白杖のデジタル化に挑戦。GIGA端末を使って意見交換しながら製作していた。
「社会の発展と情報の技術」では、ある学校で、画像認識を利用して学校問題を解決するプログラミングに取り組んだあと、チャットGPTを活用。言語系AIの技術を評価し、どう開発していけばよいのかを検討。多くを求めすぎない、指示する情報の正確さが重要、プライバシーを守る等、市民としての関わり方や開発者としての関わり方や考え方について考察していた。
内容を関連付けた横断的な学習に取り組んでいる学校もある。生物育成の技術の授業では、写真とセンサーで毎日記録してどんな環境調整が良いのかを比較していた。すべて問題解決の過程を踏まえており、学習を通して社会発展のための情報技術の在り方や将来を考えている。
■水野 中学校の技術分野の授業で大変高度な内容を学んでいることに驚いた。高校の「情報Ⅰ」と重なる内容も多く、チャットシステムを使った双方向プログラミングの学習など、「情報Ⅰ」を超えているような内容もある。「情報Ⅰ」の授業が2単位しかなく、すべての内容を終えるのに先生方がご苦労されている中、このような学習がすべての中学校で展開されていれば、少しでも高校の授業が軽減されるのではないか。中学・高校と連携して大学入試に接続した学習を展開できるのではないか。
■渡邊 紹介したのは先進事例であり、すべての学校で同様の取組が行われている状況ではない。全日本中学校技術・家庭科研究会の調査によると、内容「D情報の技術」に係る指導時間が十分ではない状況があるようだ。また、技術免許保有者以外で行われている授業も多い状況にあり、専門的な授業が難しいという声もある。「D情報の技術」の充実に向けて、共に考えてほしい。
■会場より 教員不足をどう解決すれば良いのか。
■水野 (回答する立場ではないと断りを入れながらも)国は様々な取組を展開している。高等学校「情報」の充実に役立つ資料を特設ページ(https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/1416746.htm)に掲載しており、日々充実している。
一社・情報処理学会等と連携して様々な研修用教材・講義動画等の提供やオンライン研修講座も開設している。2023年3月からは、文部科学省教科調査官の全面協力の下NHK高校講座「情報Ⅰ」が放送開始されている。生徒が視聴できるものもあり、ぜひ利用してほしい。
■渡邊 2022年度に行った情報科教員の実態調査では、免許取得や採用については23年度以降、徐々に改善が進む見通しである。11月に「高等学校情報科に係る指導体制の一層の充実について(通知)」も発出されており、県域により産学官協議の場を設置するなど、自治体が改善に向け取組を進めている(参考・免許状保有者による指導体制の確保及び担当教師全体の指導力の向上に関する施策パッケージ。高等学校情報科に関する特設ページに掲載)。
教育の大きな転換点である今は専門家とどのように協力するか、といったことも必要だろう。
■水野 情報科教員の採用数は急激に伸びており、情報科教員の担い手を育成することも重要。情報の教員を目指す学生を輩出するためにも、生徒にとって面白い授業をすることが重要になる。大学入試の科目となったことで、これまで行ってきた楽しい授業ができなくなるのではという声もある。しかし、日常的な事象や社会的な事象を題材に十分楽しい授業はできると考えている。
■渡邊 受験のためではなく、「情報」の学びを通して身につける情報活用能力を発揮して社会の発展に寄与できるようになる、ということが重要だ。
■水野 中学校の技術分野ではレベルの高い取組も見られる。中学校と高等学校がうまく接続することは大学への接続にも寄与する。中学校の技術分野の内容が、高等学校の「情報Ⅰ」や「情報Ⅱ」につながり、大学入試や大学での学びにつながるという意識を、先生にも中学生にも持ってもらいたい。
■渡邊 技術分野の内容「D情報の技術」の到達度測定の共有は難しく、各校の取組に凹凸はあると考えられる。高校の最初の段階で、どこまで学んでいるかを確認することは、技術と情報の接続を意識した指導を工夫する観点で良いことであると思う。技術の授業で身につけた力を「情報」の授業でさらに伸ばし、創造性豊かに、身につけた情報活用能力を存分に発揮して活躍する姿をイメージして学習指導、学習評価を工夫して欲しい。
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2023年5月1日号掲載