教育データ活用でどう学習効果をあげるのか。そして教員負担を軽減できるのか。今何が開発されており、実用化はどこまで進むのか。「教育データ利活用」の役割や可能性を共有するため、東北大学大学院情報科学研究科は2月19日、創立30周年記念事業「『情報科学』から『学び』を考える~学びが変わる、DXが変える。」シンポジウムを対面とオンラインで開催。学内外で本分野をけん引している研究者が登壇した。同学は2020年12月1日に『ラーニングアナリティクス研究センター(LARC=Learning Analytics Research Center)』を設置しており文理を横断した教育ビッグデータの収集・分析手法の研究を進めている。教員や学生からどのような情報を獲得し、どのような分析・フィードバックを行えばどのように学びが促進されるのかを研究する分野がLA(Learning Analytics)だ。
「学習者用デジタル教科書の導入をきっかけにデータ活用が一気に加速して教育を抜本的に変えることができる」と考えた緒方教授は2021年、一社・エビデンス駆動型教育研究協議会(EDE・代表理事=緒方広明)を立ち上げた。「GIGA端末ではOS等は海外企業に占められたが、教育データは国産で進められないかと考えている」と話す。
EDEでは教育データ利活用基盤システム「LEAF」のバージョンアップを重ねながら大学や高等学校での活用を検証している。
LEAFシステムとはエビデンス駆動型教育のため様々なデータを収集・分析する仕組みの総称。そのうち2016年に開発したBookRollは、PDF化した教材や音声ファイル、画像等を学生・生徒が閲覧してどこで何をしたのか、どこにアンダーラインを引いたのか、コメントを書いたのか等のデータを収集するものだ。
2021年にはデータ分析ツール「ログパレ(LogPalette)」も開発。現在18機能のデータ分析を提供している。そのうち2機能を紹介した。
「ペンストローク」は、手書き解答のつまずき箇所を可視化・自動分析する機能。手書き計算でペンが長く止まったところが赤く表示される。教員の机間指導をオンラインで可能にするイメージだ。長く止まっている学生が多い箇所ほどつまずき要素になっている可能性が高い。
「AI推薦」は、説明できるAIを用いた学習支援だ。練習問題や教材を推薦するAIシステムは既にあるがなぜその問題や教材を勉強するのかについて学習者が納得することで学習効果は上がる。
そこで学習者が問題を解いた後の自己説明を分析することで、正解不正解のほか手書き解答のデータや各単元の理解度、自己説明のテキストデータ、BookRollの閲覧度から必要な問題を推薦し、かつその理由も説明。「式を立てて座標を求めるところでつまずいているのでこの解説がヒントになる」「過去データでは二次関数に関する理解が不足しているのでこの問題を推薦する」等、間違えた理由を示す。
自己説明によりメタ認知能力や表現力思考力を鍛えることができる。
本仕組みにより「まぐれ正解」「理解しているもののケアレスミスで誤答」等が判別できる。教員は、学習者のつまずきや思考プロセスがわかり、研究者は「わからない」から「わかった」にどのように変化していくかを解明できる可能性がある。
説明生成を「AI推薦」に実装して高校1年生の夏休みの宿題(説明あり3クラス/説明なし3クラス・計243人)で実証したところ、説明ありグループのほうが推薦問題をクリックして挑戦している率が高かった。また、推薦した問題を行うほうが大量の問題を解くよりも学習効果は高く成績につながっていた。
実証校5校の教員を対象に2021年6~7月にプレ調査し、2022年5~6月に教員60名を調査したところLEAFシステムを月10時間以上利用する教員は、短時間で学力把握と教材作成ができ残業時間も短くなったという回答を得ている。
このほか問題行動や成績、ピア評価等でグループ編成を自動で行う機能もある。
LEAFシステムはMoodleなどのLMSや学習eポータル「L―Gate」からアクセスできる。導入についてはEDEに問い合わせ。
細田准教授は脳科学の観点からウェルビーイングの育み方について報告。
ウェルビーイングを感じるためには「主体的に関わったことを達成することもしくは何等かの結果を得ること」が重要であることがわかっている。
自主的なかかわり=エンゲージできないと全般的に意欲低下や自己効力感が低下する。これはウェルビーイングが低下している状態ということができる。
「4か月の英語学習により30%能力が上がると5%脳が発達する」という研究がある。eラーニング等一定期間に目標が定められた講座等の学習をやり抜くことにより脳が発達する。しかし英語に限らず、学習を最後までやり抜くことができるのは統計的に半数程度である。
最後までやり抜くことができる人とできない人の脳では、エリア10(前頭連合野の一部・前頭極)の構造情報が異なることがわかっている。前頭前野は、ヒトの思考や創造性を担う脳の中枢であると考えられている。「将来IQが高くなるか否かは10~13歳くらいで前頭前野がダイナミックに発達するかどうかが影響を与えている」という研究成果もある。
やり抜く力を鍛えるとエリア10は発達する。例えば初等中等教育では、個別最適な学習をやり抜くことでエリア10が成長する可能性がある。
日記をつけることも効果がある。その日何をしたのかを視覚化することに意味があり、2週間継続するとエリア10の変容が見える。
現在どのようなトレーニングをすれば脳が発達するのかがわかるアプリを開発中である。
どんな特性を持つ人にどんな学習アプローチを提供すれば教育効果を生むのか。教材提示方法やデザインの適正処遇について研究している。
学習者個人の特性に関して、例えば、締切が近づくと学習量が増える「先延ばし効果」がある。これに関連して、先延ばし傾向を持つ学習者はドロップアウト率が高く、学習習慣がある学習者よりも成績が低いことが分かっている。
では自分はどのような学習傾向があるのか。それを診断する方法の1つに、44項目に応えることで学習スタイルを診断できる仕組みが無料公開されている。活動的/内省的、視覚的/言語的、直観的/合理的、順序的/全体的それぞれいずれの傾向が強いかで分析するものだ。例えば、早稲田大学・森田裕介先生の研究によると、内省的な学習者は活動的な学習者よりも先行して学習を進める傾向があることが明らかになっている。
世界的にMOOC(大規模公開オンライン授業)が普及した。初年度である2012年のCoursera(コーセラ)の登録者は約290万人だがコロナ禍を経て2021年には2億2000万人になった。2013年の研究ではMOOC上の700万回にのぼるクリックデータを分析。離脱率が低いのは早口の動画教材であった。また、12分以上の動画教材はドロップアウト率が高いが、発話スピードが速い動画教材は離脱率が少し下がる傾向にある。
2015年の研究では、Coursera約130万回にわたる修了者の視聴ログを分析。修了者の多くが動画教材の再生速度を1・25~1・5倍に速めていた。
記憶テストの検証によると、2倍速でついていける学生、ついていけない学生がいる。言語的に理解する学生は2倍速でも学習効果は低下しないが、視覚的に理解する学生は低下傾向にある。しかし、動画教材から字幕を消すと視覚的に理解する学生の理解度は低下しなかった。学習特性により学習効果が変わるという知見を学習環境や教材作りに活かせるのではないかと考えている。
記述式採点の一部でも自動化して教員の業務負担を軽減したいと考えている。現在は「ライティングの自動評価」として「AI版赤ペン先生」の仕組みを開発している。
例えば設問に対して70文字以内で説明する記述式問題を自動採点する場合、1問あたり数百答案の訓練データ(ある情報を含んでいれば加点する等の訓練データ)があれば人間と同等の採点が可能だ。問題ごとに採点モデルを作る必要があるためモデル作成のコストが必要だが実用レベルまで達しつつあり、世界初の商用化事例として、代ゼミと自動採点機能付き問題集を作成した。
難問であれば100%の自動採点は難しいかもしれないが、何割かは自動採点で行い、AIで判断が難しいものは人が採点する、という運用も考えられる。
英文学習支援として自然言語処理による自動翻訳にも取り組んでおり、世界コンペで健闘している。本研究室では自動翻訳では国際コンペ2020において参加全4タスクで優勝。WNT2022でも日英・英日翻訳タスクで同率優勝した。また英語文法誤り訂正分野では、標準データで世界最高精度(2019)、国際コンペBEA2019で2位であった。
2021年5月、英語の論文執筆をAIが支援する「Langsmith」の正式版をリリースした。文法誤り訂正・解説文生成や誤りの解説を提供。非常に便利なツールであると自負している。現在、本学学生・教員を対象に有料機能の一部を無償提供しているが有料プランの継続率が高い。
現在論述の学習支援としてディベートの論理構造を内容レベルで解析してフィードバックを生成するという世界初の技術開発に取り組んでいる。既存技術を応用すればできるものではなく学術研究を要する骨のある課題である。機械に何をさせて人は何をするかのデザインは必要だ。
データが決定的に不足しているという課題はある。データと技術を流通させる仕組みができれば世界をリードできる可能性がある。多様な教育事業者と連携できるようになってきており、学習者を含めた学びのシステム研究が可能な時代を迎えている。
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2023年3月6日号掲載