現行の学習指導要領で学習の基盤となる資質・能力として示されている「情報活用能力」の歴史と未来をテーマに2月5日、「情報活用能力の歴史と未来を語る会」がオンラインで開催された。登壇者は情報活用能力の生みの親かつ育ての親とも言える清水康敬名誉教授(東京工業大学)、永野和男名誉教授(聖心女子大学)、堀田龍也教授(東北大学大学院・東京学芸大学大学院)。清水氏と永野氏は現行の「情報活用能力」の見直しを提案。その理由を話した。
情報活用能力は現在、3観点8要素という形でまとめられている。これを現在の育成すべき資質・能力との関係から再整理してバージョンアップを図ること、教員のICT活用指導力チェックリストの測定内容を見直すことを提案したい。理由は大きく2つある。
1986年臨時教育審議会第二次答申で初めて「情報活用能力」という用語が用いられ、90年7月に「情報教育の手引き」が策定され、ここで情報教育の内容が定義された。この「定義」の内容はとても良かった。しかし普及のためにはもっと短くまとめた方が良い、という議論があり、「略称」が示された。それが「情報活用能力の実践力」「情報の科学的な理解」「情報社会に参画する態度」である。これが現在も受け継がれるとともに、情報活用能力の3観点8要素として整理された際もこの「略称」がタイトルのように用いられたという経緯がある。
2003年にブリティッシュ・カウンシルから依頼を受け、日本の情報活用能力について説明したところ、英国で開催される教育会議の招待を受けて日本の情報活用能力の定義について報告した。当時、他の国ではPCリテラシーが中心であり、日本の「情報活用能力」の先進性は高い評価を受けた。その後、国際団体ATC21sが21世紀型スキルについて検討・見直しも進み4分野10技能を定義。日本の情報活用能力も改定が必要ではないかと考えた。
次の理由は、現行の学習指導要領との関連性だ。
学習指導要領に、学習の基盤として情報活用能力が資質・能力の1つと示されたことに大変感激した。その際に学習指導要領の表記と情報活用能力の3観点8要素について整理したところ「学びに向かう力」「人間性」等に関わる要素が「情報活用能力」の中に見られなかった。例えば情報の科学的な理解は知識・技能のみの表記にとどまっている。しかし情報の科学的な理解は知識・技能にとどまるものではない。既に実践している教員もいるとは思うが、改めて思考力・判断力・表現力・学びに向かう力等に適合した要素を正式に追加するべきではないかと考えている。内容を再検討することで、各教科との関係性がわかりやすくなり、さらに理解されやすくなるのではないか。
教員のICT活用指導力チェックリストも改定が必要だろう。
これまで「教員のICT活用指導力チェックリスト」は自己評価が中心であった。ICT環境が乏しい場合は触れる機会も少なく、評価が低くなりがちだがICT環境が整ったとしても、十分に使いこなすことはそう簡単なことではない。簡単な使い方ならできるが、他の教員と比較するとまだまだである、という思いも生まれ、目標が高くなった際に自己評価が低くなりがちである。一定レベルを設けて計測できるような仕組みとした方が良いのではないか。加えて、「児童生徒の情報活用能力育成指導に関する教員のチェックリスト」も必要であろう。
これまでは一部で引き継がれてきた情報活用能力の育成が学習指導要領に書き込まれ中教審でも議論され、CBT調査も始まった今、すべての教員に実践してもらうことが重要である。
長年情報教育に関わっているが、今、重視されるべき点が変わってきていると感じている。
まず、就学前の子供も含め日常的に端末やネットワークを活用している点。次に、AIのように自動解決する見えない情報技術が普及している点だ。良くも悪くもブラックボックス化しているのだ。ブラックボックスのまま理解せずに進むことは危険であり、カリキュラムに反映すべきであると考えている。現実とVRの区別や情報の信ぴょう性の判断も難しくなっている。この点を意識した実践力を育成しなければならないと考えている。
改めて情報活用能力を見直すとすれば、観点は2つある。
1つは、社会人としての問題解決能力の育成である。高等学校で教科「情報」が必修になったが、教科の中の取組にとどまることなく、様々な問題=情報に出会わせ、そこでICTツールも活用しながら問題解決に取り組むことが必要である。体験や経験が学力のスタートになる。向こう10年を想定して情報活用能力の各教科での展開を解説書等に示していくことが今後取り組むべきことだろう。文科省の名で示すことが重要だ。
次は評価の観点だ。情報活用能力がついたかどうかは実際に情報を活用させる場面でなければ測定できない。そのためにも情報端末とネットワーク活用を前提とした入試や学力試験等を制度化することが望ましい。
端末がネットワークに接続された状態で検索やオンライン上での話し合い等を前提とした試験を学校現場でもトライしてほしい。
教科の狙いの達成はもちろん重要であろうが、強調されすぎているのではないかとも思う。もっとダイナミックに進めても良いのではないか。
70年代から情報処理など職業教育の一環で情報教育に関わっている。80年代からPCが普及し、コンピュータリテラシー論が生まれた。リテラシーとはすべての国民が身に付けるべき力である。そこでPC活用も学校教育の対象にしようということになり、90年に情報教育の手引が示されて日本の情報教育の方向性が示された。しかしこれは89年の学習指導要領には間に合わず、周知が難しい面があった。さらに当時はポケベルやワープロの時代で今とは感覚がまったく異なっていた。
そこで2002年度からの学習指導要領に反映すべく、96年に「情報化の進展に対応した初等中等教育における情報教育の推進などに関する調査研究協力者会議」が立ち上がり98年に答申がまとめられた。清水先生の指摘のように「略称の1人歩き」という現象は確かにあったものの内容は素晴らしかった。環境の変化に合わせ、実践力という学力を規定した点は大きなインパクトを与えた。情報活用という視点でまとめられている点や社会に参画する態度の中で情報モラルにも触れられており、未来を見通した内容になっていた。
カリキュラムにも大きな影響を与え、総合的な学習の時間が新設された。問題解決学習で情報活用の機会を増やすため、中学校では情報とコンピュータが必修になった。高等学校では、教科情報が2単位新設された。
その後SNS等も生まれ、情報安全教育の観点から情報モラル教育が一層必要になり、情報モラル指導モデルカリキュラム表(文科省委託事業)を2007~08年にまとめた。これまでの情報教育に人間や社会の問題が不足していると考えてカリキュラムに盛り込んだ。全体として倫理観や法律、セキュリティ技術につながるように考え、5分類に分けて小学校から高等学校まで取り組むべき内容を整理。分類5「公共的なネットワーク社会の構築」ではデジタル・シチズンシップの概念を取り入れている。2012年からの学習指導要領では、情報モラル教育をすべての教科で行うことが強調されている。
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2023年3月6日号掲載