東京大学は2022年、「メタバース工学部」を開設した。これは中高生や大学生、社会人を対象としたオンライン教育プログラムの総称で、受験を経て入学する学部ではない。
先端テクノロジーが次々に生まれ、ビジネスや医療、教育などの分野をはじめ、社会全体でデータ活用による価値創造が急速に進んでいる。データやテクノロジーを活用して未来社会を構築できる「DX人材」の育成は急務だ。そこでメタバース工学部では、工学や情報の学びの機会、工学キャリアに関する情報などを、多様な人に提供する目的で設置。年齢や性別、住んでいる場所、立場などにかかわりなく誰もが学ぶことができる。従来から各大学では社会人等を対象に公開講座を行っているが、メタバース(Metaverse)上に構築し、かつ学部とした点が新しい。
「メタバース」とは、「超越(meta)」と「宇宙(universe)」を組み合わせた造語だ。コンピュータとネットワーク上に構築された仮想空間およびそのサービス全体を指すのが一般的だ。オンライン上の3D空間で、自分のアバター(分身)を自由に行動させることができ、ほかの人のアバターともコミュニケーションできる。
東京大学メタバース工学部には、2つの教育プログラムが用意されている。
1つは中高生を主な対象とする「ジュニア工学教育プログラム」。工学や情報の魅力を早期に伝えるため、産業界と大学が連携して工学教育プログラムを提供する。例えば、大学での工学の学びや、卒業後のキャリア、商品開発のような体験型演習、研究室見学などを、オンラインと対面とを組み合わせて実施。参加は無料だ。
これまでに「起業入門~困っていることを解決しよう~」「オンラインホワイトボードを用いたアイデア発想講座」などの講座が開かれ、今後も「デザイン×工学」「スマホで脈波を測ろう」「飛行ロボットを作って飛ばす」など、中高生が関心を持ちやすい内容の講座が予定されている。
もう1つのプログラムは社会人や学生の学び直しやリスキリング(仕事で価値を創出し続けるために必要なスキルを学ぶこと)支援を目的とした「リスキリング工学教育プログラム」だ。23年2月時点、人工知能、起業家教育、次世代通信など4つの講座で受講生を募集している。
対象は基本的に社会人で、法人単位での申し込みとなるが、「グローバル消費インテリジェンス(AI講座)」は、学生や離職者なども受講可能だ。データの分析結果を効果的に可視化する技術や機械学習の基礎、データベースの扱い方など、データサイエンティストとしての基礎を網羅的に扱う。
このほか「アントレプレナーシップ」は、研究開発型起業(ディープテック起業)や、グローバル展開も見据えた起業一般論の講義を通じて、新たな技術や発想のもと、新規事業を通じた社会的価値の持続的創出に挑戦する姿勢(アントレプレナーシップ)を学ぶ。
日本では工学部に進学する女子高生の少ないことが指摘されていた。東京大学メタバース工学部は、工学や情報の魅力を女子中高生に伝え、DX人材育成のダイバーシティ推進を加速させることも目的としている。
また、岸田文雄首相は2022年10月の所信表明演説で、個人のリスキリング支援に、5年間で1兆円を投じる考えを示した。
メタバース工学部は未来を構想できる力を持つ「DX人材」の育成に、大きな役割を果たすことが期待される。
(蓬田修一)
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2023年2月6日号掲載