北海道大学大学院情報科学研究院 川村秀憲教授は、企業などと連携して人工知能(AI)に関わる研究を行っており、研究成果を活かした地域創成も推進している。その背景について川村教授は「もともと工学に関する研究は最終的に社会実装し、社会の役に立つことで初めて評価されるものと考えていました」と話す。
近年のAI分野の研究では、アメリカ主導の傾向が加速している。さらに、研究成果はソースコードまで公開されていることも多い。川村教授もGoogleが作ったディープラーニングのプラットフォームや公開データを使い研究を進めることがある。しかし、そうすると公開されたソフトやデータに、少しだけ自分たち独自のものを付け加えて研究を進めることになる。
北海道大学を始めとした多くの大学は、自前のデータや実装先は持ちあわせていない。そのため、川村教授は大学の研究室が独自の研究を行うためには、企業や地域との連携が不可欠と考えている。
「企業からデータや課題をいただくことで、大学の研究室では思い付かなかった研究成果が出ることもあります。これは工学研究を進める上で、学術的にも意義深いものとなっています」
これまで、多くの産学連携による共同研究を行ってきた。その中から3つの事例を紹介する。
介護現場の負担軽減を目指し、自律走行可能な歩行器を開発。歩行器の前方に取り付けたステレオカメラの画像をAIが処理し、対象物との距離を測定することにより空間を認識する。
さらに、シングルボードコンピュータ(一枚の基盤に必要最小限の部品を付けたコンピュータ)を搭載して、歩行器の自律走行を実現させた。これにより、介護者が歩行器を利用者のところまで運ぶ負担が軽減される。
また、小型タブレットを搭載し、目的地への経路を利用者に提示する機能も持つ(札幌に本社を置く株式会社サンクレエとの共同研究)。
バス車内の状況や乗客の行動をリアルタイムで検知し、安全で快適なバスの運行に役立てる。
車内に設置したカメラで収集した車内画像を、ディープラーニングで学習したモデルを使用して、乗客の不用意な行動をリアルタイムで検知し、注意喚起を行う。また、スーツケースの有無などの判定により、海外旅行客が乗車したと認識した場合は、車内アナウンスを日本語のほかに英語や中国語などでも自動的に流す(札幌に本社を置く株式会社シーズ・ラボとの共同研究)。
AIが競輪レースの結果を予測し、予想記事を自動生成する。過去のレース結果と選手情報から、ディープラーニングでレース結果を予測。さらに、AIが出した予測や判断結果を組み合わせることで、文章テンプレートに「選手名」や「予測順位」を当てはめ、自動で予想記事を生成する。2018年10月からAI競輪予想サービス「AI競輪」として実用化している(東京・五反田に本社を置く株式会社チャリ・ロトとの共同研究)。
「大学はこれまでのように学術的な研究を追求するだけでは存在意義が問われる時代になっています。国からの予算だけではなく、産学連携やスタートアップの創出を通して自前で研究費を稼ぎながら、幅広く基礎研究から応用研究までをカバーし、その成果を社会に還元する循環を作る必要があります」
こうした循環をとおして、大学、地域、企業、社会がともに良い方向に向かうエコシステムを構築していく考えだ。
(蓬田修一)
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2022年6月6日号掲載