「チャイムが鳴っても教室に入れない」「自己肯定感が低い」「全国学力・学習状況調査は全国平均に達しない」そんな課題を解決するため、大和町教育委員会(小学校6校・中学校2校・宮城県)では大和中学校において3年間、大和中学校区の小学校において3年間、計6年間にわたり「子供の心の声に気付く教員集団」「あたたかな学級」「わかる授業づくり」に取り組んだ。その結果、学力調査の結果は大きく向上。不登校児も3分の1に減ったという。その経緯を上野忠弘教育長と大和町教育委員会村田富美子参事(元吉岡小学校長)に聞いた。
教育長として就任した当時、大和中学校区の大規模校の子供たちは、人懐こい反面、教室にとどまることが難しく廊下や特別教室で過ごすなど、落ち着かない様子がありました。もっと当たり前の学校にしたい、子供にとって通いがいのある楽しい学校にしたいと考え、2015年度より、年2回の標準学力調査と総合質問紙調査「i-check」(東京書籍)を導入し既に配備されている指導者用デジタル教科書(同)と共に活用することとしました。さらに全体の推進力を高める仕組みも必要であると考え、大規模校である大和中学校は県の「学力向上研究指定校事業」の指定を受けました。当時の校長も「ぜひやりたい。教職員は私が説得する」と、スタートを切りました。
当時の大和中学校の授業を見た小学校教員は「子供が理解していないまま授業が進んでいる」と指摘。それを中学校では真摯に受け止めて「わかる授業づくり」「あたたかな学級づくり」「i-checkの活用」を3本柱として取り組みました。
「i-check」は、多角的な質問内容から分析した学年や学級の様子をレーダーチャートで確認でき、困り感のある子供もすぐにわかります。山浦秀男先生には、分析結果を基に評価、ご指導を頂きました。
様々な問題の対応に追われながら取り組む中、教員に勇気を与えたものが「i-check」の分析結果でした。数か月後の山浦先生の「ここまできれいなレーダーチャートに変わったことに感心した」という言葉で、教員の取組が一気に加速したのです。客観的なデータ分析による講評は教員の自信につながり、学力も目に見えて向上していきました。
本事業の最終年度、隣接する吉岡小学校の当時の校長が来庁しました。「来年度から3年間、本校も県の指定校として手を挙げたい。中学校の努力と成果を見て、小学校としての責任を果たしたい」というのです。大和中学校の多くは吉岡小学校の子供です。同校は旧市街地と新たな商業地など多様な環境の子供が通っていて様々な課題もあり、標準学力調査も全国平均に及ばず、不登校児も増加傾向にありました。同じ町で連続して指定を受けることは難しいのですが、県に依頼し、吉岡小学校を中心に大和中学校区4小学校(複式2校)で3年間の地域指定を受けることができ、2018年から取り組みました。
成果を上げるためには教職員の思いが1つになることが必要です。それには共感的に指導できる校長のリーダーシップも欠かせません。宮大工は「木の癖を見ながらものを作る」そうです。教員1人ひとりの癖を活かし、まとめあげるのが校長です。苦労も多かったと思いますが、3年間やり遂げ、学力調査の結果も大きく向上。不登校児は3分の1に減りました。
吉岡小学校に校長として赴任した当時、子供たちの合唱に感動しました。ところが、その良さを本人たちはあまり自覚しておらず、「私たちの学校は学力が低い」と考えている子供もいるようでした。
自己肯定感の低さは「i-check」のレーダーチャートにも表れていました。「先生に相談できる」「先生にほめてもらえる」等様々な数値が、小学校の方が中学校よりも低いのです。前任の校長が研究指定校を希望した思いを理解できた気がしました。この子供たちを、指定を受けた3年間のうちになんとかしたい、と考えました。
1年目は、子供が落ち着かなかったこともあり、生徒指導や生活指導を中心として規範意識や学習規律づくりに取り組みました。
授業づくりでは「i-check」で明らかになったそれぞれの子供の課題を解決できるような取組を指導案に盛り込んでいきました。
課題が明らかになると、指導案も進化します。次第に、どの子供にスポットを当てるための発問や活動なのかが指導案を見ただけでわかるようになりました。「子供ファースト」の授業です。
研究授業は同じ単元を複数で行い、1時間終わる度に研究協議を行います。何度か繰り返すと最後には、様々な段階の子供がそれぞれの場で活躍できる授業に変わっていきます。その体験を繰り返すことで「授業が変われば子供が変わる」という実感が教員全体に浸透していきました。
そうなると教員のモチベーションはさらに上がります。日常的に、子供たちの良いところを意識して見つけ、ほめて共有する雰囲気が広がりました。
家庭で学校の話をする、という数値も低かったこともあり「4のつく日はよしおかデイ」とし、毎月4日・14日・24日をフリー参観日としました。
うまく進まず、心が折れそうな時もありましたが、学習支援員やスクールサポーターにも助けられました。子供をよく見てほめてくれる方で、教員が気付かなかった子供の良さを再認識できました。若い教員の教科指導をほめてくれる方もいて、教員の励みになりました。
研究3年目はコロナ禍で比較はしにくいのですが、学校が独自で行った全国学力・学習状況調査の採点結果は大きく向上しました。子供たちが新しい生活様式を頑張ることができたのも、取組の成果ではないかと考えています。
赴任した当時の5年生は現在、中学校3年生です。とても手がかかった子供たちで山浦先生と学年担任全員に御指導頂きました。今は落ち着いていると聞いています。これまで多くの方に支えられたことに感謝し、今後は恩返しのつもりで取り組んでいきたいと考えています。
全国学力・学習状況調査等の結果によると、2018年時の4小学校の全児童は基礎的・基本的な知識・技能が身に付いていない状況でした。また、児童生徒質問紙調査の「自分にはよいところがあると思いますか」「先生はよいところを認めてくれていると思いますか」等でも全国とのかい離があり、学力と教員の意識改革の両面において課題がありました。
そこで、年2回実施する「i-check」に4小学校共通の課題を盛り込み、その結果を基に指導案を作成しました。また、2回目の調査では取組の成果を計測することとしました。
例えば「発信力」「思いやり(人間関係構築力)」が低い児童、高い児童が活躍できる課題は、それぞれ異なります。そこで、数値が低い児童、高い子供を授業のどの場面で活躍させるかを具体的に考えていきました。
少人数指導も「i-check」で見取った児童の傾向を参照してグループを構成しました。
客観的なデータと普段の児童の見取りにより、教員は、授業の働きかけを工夫しやすくなったようです。すると自己肯定感が低かった児童が、自信に満ちた表情で発言する姿が見られるようになっていきました。
校長は、早い段階で大きく変わりました。
当初は教員に対して遠慮がちな面もありましたが、次第に、授業研究の後に教員を指名して個別指導するなど、愛情がなければできないようなリーダーシップを発揮していました。
教育長のビジョンと校長の本気の言葉は、生徒指導等で疲弊し、あきらめかけていた教員集団が再生するきっかけになると感じています。
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2022年6月6日号掲載