生徒指導提要の改訂が11年ぶりに進んでおり、教科の中で自己肯定感を醸成することが強調されている。また、新学習指導要領では、自己肯定感等「非認知能力」の育成が各教科で求められている。これまで、学級活動や行事等教科外で育成するものといわれていたものだ。非認知能力の育成は、学力向上につながり、「いじめ」等生徒指導上の問題が起こりにくい学級づくりにも役立つ。「いじめ」の兆しの発見や「いじめ」が起こりにくい学級づくりに向けて全国の教育委員会で導入・活用されているものの1つが質問紙調査による分析だ。豊島区教育委員会は2019年度より、総合質問紙調査「i―check」(東京書籍)を導入。それを基にした授業づくりや学級経営を推進している。分析をどのように授業に活かしているのか。11月8日、区の学級経営部会に属する柏原健人教諭(豊島区立駒込小学校・井出千晴校長)の4年道徳の授業を取材した。
4年道徳「琵琶湖のごみ拾い」の授業で児童は、早朝に1人で湖岸のゴミ拾いをしているおじいさんを見た主人公の気持ちを考え、情報端末を使ってデジタル付せん(Jamboard)に自分の考えを書き込んだ。すぐに意見を書き込む児童、他の児童の書き込みを見ながら考えている児童がいる。
その後、デジタル付せんでグループごとに意見を共有。各グループ内で効果的な意見交換が進むように、柏原教諭は「i―check」の結果を基にグループと座席を編成している。1グループ3人で、他の子の様子に配慮でき、かつ発言力のある児童と、他の子の意見を見ながら自分の考えをまとめる児童を組み合わせ、スムーズな活動につながるようにした。
グループ内の意見共有後は、各グループでどのような意見が出たのかを全体で共有。次々と手が挙がり、積極的な発言が続く。事前にグループ内で意見を共有していることで自信をもって発言できるようだ。
柏原教諭は「i―check」による分析で個別支援シートも作成しており、「規律と思いやり」「発信力」どちらも低い児童に対しては、意図的に声かけをして話し合い活動への参加を促しつつ褒める機会をつくっている。また、「規律と思いやり」は優位だが発言意欲が低い児童に対しては、導入や展開の前段で意図的に発言機会を提供した。
皆の発言がひと通り終わったところで、発言内容を一気に板書。「記憶からもれていたら教えてね」と声かけすることで、さらに発言機会を増やし、かつ各自が板書内容を真剣にチェックすることにもつなげた。
働くことはどうして大切なのか、なぜそう考えたのかについて、児童は全体共有で「係の仕事をさぼったことがある」「手伝いを依頼されていやだと思ったことがある」等、自身の体験を交え、「もっと家族の仕事を手伝いたくなった」「仕事をやり切るとすっきりすることに気付いた」「人のためにも自分のためにもなる」「誇りをもって自分の役割を果たしたい」等、次々と自分の考えを発言していった。
柏原教諭は「これまでは経験と勘によるところもあったが、データの分析に基づいて授業づくりを考え、対象を絞った質問や活動、声掛けを意識することができ、児童の意欲向上と共に授業力向上にもつながっている。昨年は学級活動の中で行ってきたが、今年は各教科での活用を見据え、まずは道徳で意識して分析結果を活用した。児童のつぶやきの取り上げ方も、これまでは『共有したい意見』が基準だったが、現在は、それに『自己肯定感の醸成』という視点が加わっている」と話す。
同校では昨年から1人1台の情報端末(Chromebook)が配備されている。特にデジタル付せんを使う際の利点として、話し合いの流れが「見える化」され、1人ひとりの発話量が分かるため支援しやくなったことと、児童が自分と相手の考えを比べる機会の増加につながっていることだと話した。
同校では「i―check」を年2回行っている。具体的にどう分析を授業に活かしているのか。柏原教諭に聞いた。
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「i―check」による分析によると、4学年に進級したことにより、クラスの多くの児童が自己肯定感や、自身の成長を感じている。しかし「自己肯定感(他者からの評価)」に関する質問項目「クラスのみんながあなたに注目してくれることがあるか」、「先生から期待されている、友達からたよりにされていると感じるか」への肯定的な回答の割合がいずれも5割前後で、自己肯定感が高いとはいえない児童がいる。そこで、年間を通して、自己評価を図る場面や他者から称賛される機会を設け、自己肯定感を育めるようにしたいと考えた。
また、発言意欲が高い一方で、自分と相手の考えを比べて話を聞いたり、発言したりする意識が低い。そこで対話の機会を十分に設け、自分と相手の意見を比べたりつなげたりする力を高めることを意識して授業案を考えた。なお「リスク管理(対人ストレス)」に関する質問項目「本当は嫌なのに一緒に遊びたくて友達の意見に合わせたり一緒に行動したりすることがある」「学校に行きたくないと思うことがある」「グループをつくる時、一人になるかもしれないと不安に感じることがある」等がそれぞれ6割を超えていたことから、児童同士の関係が良好なものになるような見守りや支援、指導を年間を通して行う必要があると考えている。
自己肯定感醸成のためには、学級環境を整えることが重要。環境とは、毎日の授業や生活指導・児童との関わりの中でつくるもので、お互いに認め合うことができる学級であると考えている。
問題の複雑化に至る前の未然防止を含む包括的な子供理解や学級経営のサポートを目指し、自己肯定感や対話・発信力等のソーシャルスキル、学級風土、対人ストレス、学習・生活習慣等全19カテゴリーの多角的な質問内容で分析。学年や学級の様子をレーダーチャートや散布図で確認でき、個人別結果も確認できる。いじめや家庭の状況等、困り感のある子供をリスト化する「リスクマネジメント票」も提供。Web上でも結果を確認できる(申込が必要)。東京書籍が提供する学力調査と併用することで教科学力とクロス集計が可能。現在、都内23区中15区が学力調査を採用。うち6区が「i―check」も採用してクロス集計をしている。
文部科学省・生徒指導提要には「教科指導と生徒指導は相互に深くかかわり合っている」「学力向上にもつながる」と記載されており、授業の場で児童生徒に居場所をつくることの重要性を指摘している。次の改訂でこれはさらに強調される方針だ。教員時代から長年、質問紙調査の分析を授業に活かしていたという山浦秀男氏(東京家政大学非常勤講師)に、内面調査の重要性と教科指導になぜ生徒指導が必要なのかについて聞いた。
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中学校で大きな問題が起こった際、「まさかあの子が」と、小学校時代に担当した教員は言う。しかしそれは、実は「まさか」ではない。
小学校時代、リーダー役を担っていた子供が、中学校で調査を行うと「要支援」と出る場合がある。中学校では小学校と同様の感覚でリーダー役を果たすことができず、自己肯定感が低くなる場合があり、悩みが深刻になりやすく、大きな事件につながることがあるのだ。
教員であった40数年前の学校では、学級崩壊が大きな問題で、授業が成立しないクラスもあった。そこで、問題を未然に防止するためには、学校生活の中心である授業の中で、自己肯定感を高める必要があると考え、どのような問題を1人ひとりが抱えているのかを事前に把握し、指導に活かすため、質問紙調査を始めた。
調査結果を分析し、自己肯定感の高低でグループを編成する、要支援の児童生徒が発言しやすい発問を考え、どの子にも機会を与えて授業で生かす等、「すべての児童生徒に出番をつくる」「主体的に学び、学び合う楽しさを実感できる」授業づくりを進めた。教科指導は、経験と勘で進められている部分も多いが、これを質問紙調査により分析することで、すべての教員が、客観的なデータを活用して生徒指導の視点で教科指導を行うことができる。
「i―check」の質問数は多く、小学校5年生~中学校3年生では90問以上ある。これには理由がある。
子供は、抱えている問題を隠そうとする。質問数が少ないと、子供は質問の意図を読み取って回答し、抱えている問題が見えにくい。しかし質問数が多いと、どこかに兆候が表れ、見取ることができる。
調査結果からデータを読み取ることで、1人ひとりの悩みや弱みに必要な支援がわかる。これを基に授業づくりを行い、自己肯定感の高まりから学力向上につながった自治体もある。非認知スキル等の醸成のため、本調査がより広く活用されることを期待している。
教育家庭新聞 新春特別号 2022年1月1日号掲載