絵画や宗教芸術などの文化財は、状態を保ちながら保存していくことが求められる。その一方で、文化財の価値を広く知ってもらうため、作品を公開していくことも大切だ。しかし、公開すれば作品の劣化が進んでしまう。この矛盾を解決させたのが、東京藝術大学が開発した、高精度な文化財複製技術「クローン文化財」および「スーパークローン文化財」だ。
クローン文化財は、オリジナルの作品に使われている材料を分析。作品の制作技法、文化的背景、思想的背景など「芸術のDNA」までをほぼ同一素材で再現する。単なるコピーや複製品とは一線を画す技術だ。
最先端デジタル技術(高精細デジタル写真撮影、近赤外線反射撮影、三次元計測、蛍光X線分析など)と、芸術家の経験値から得た感性や手技などのアナログ的な保存修復技術を融合することで、素材の質感や年月を重ねた古色まで正確かつ短時間で表現する。
クローン文化財が「いかにオリジナルに近づけるか」に主眼を置くのに対し、「いかにオリジナルを超えるか」を目指すものが「スーパークローン文化財」だ。消失したり欠損したりした文化財を、美術史的見地や過去の文献などを参考にしながら、作成当初の姿に甦えらせようとするものだ。
「我々があえてスーパークローン文化財に挑戦しているのは、世界各国に分散している流出文化財の平和的解決法について考える良いきっかけになるのではないかと思っているからです」(東京藝術大学COI拠点)
現在、世界中の博物館や美術館において、多くの流出文化財が、様々な理由によって展示されている。しかし、それらの文化財は、いずれは元々あった場所に返すべきだとの意見が出始めている。スーパークローン文化財は、この問題解決に役立つという。オリジナルとは別に、オリジナルの欠損部分などを補修して文化を共有するという考え方だ。
東京藝術大学は2020年、横浜のそごう美術館とともに、同館を会場にして、クローン文化財の意義を考える「東京藝術大学スーパークローン文化財展 最先端技術がつくる未来」を開催した。法隆寺の焼損した金堂壁画や間近で鑑賞することができない釈迦三尊像をはじめ、爆破されたバーミヤン東大仏天井壁画、保存のために一般公開が困難な高句麗江西大墓や敦煌莫高窟、切り取られ流出した後に戦火で失われたキジル石窟航海者窟壁画などの再現・復元作品および映像を約50点展示した。
今年は第2弾として8月31日まで、同館で「謎解き『ゴッホと文化財』展 つくる文化∞つなぐ文化」を開催。「文化財を知る・楽しむ」をテーマに、ゴッホを中心に、オルセー美術館の油彩画やボストン美術館の浮世絵のクローン文化財など約30点を展示。
1945年、空襲で焼失したゴッホの幻の作品「芦屋の《ひまわり》」も、クローン文化財で甦り、初公開した。
従来の展覧会が「見る展覧会」であるのに対して、初心者でも分かりやすく文化財について理解できるよう、様々な角度から作品を体感してもらい、五感を働かせて考えられる展覧会になっているのが特色だ。
東京藝大COI拠点は「文化財は保存も大切ですが、それよりもっと大切なのは、文化の継承です。それぞれの国々が独自の文化の尊厳を継承し、世界の国々がその文化を共有し結ばれることこそが、世界の平和につながると考えています」と話した。
(蓬田修一)
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2021年8月2日号掲載