GIGAスクール構想による情報端末は文科省調査(5月確定値)によると96・5%にあたる1748自治体が2020年度中に配備済だ。活用できる状態にあるか否かはそれぞれ大きく異なるようだ。現状をどう考え、今後どう進めていけば良いのか。中央教育審議会委員や教育情報化関連会議の座長を務める堀田龍也教授(東北大学大学院情報科学研究科)に聞いた。
GIGAスクール構想による端末が多くの自治体や学校で配備されています。
これに伴い紙ドリルをデジタルに移行する、オンライン学習を全校で行う等の積極的な活用が進んでいる学校がある一方で、端末はまだ箱に梱包されたまま、という学校もあるようです。
現時点である程度の活用が始まっているのは、昨年度中に端末とIDを配備し、児童生徒が自らログインしてドリル等に各自で取り組む、という経験が終わっている学校です。
端末納品やキッティング、ID配備が4月以降になった自治体の場合、多くの学校が端末活用までたどりつくことなく連休を迎えたのではないでしょうか。
4月は人事異動で多くの学校では2~3割の教員が入れ替わります。進級やクラス替え事務もあり、クラス作りの時期でもありますので、授業に新しいことを持ち込むことが難しい期間です。4月早々から端末活用ができなくても致し方ない面はあります。
一方で、取り組みたい気持ちはあるが様々な課題が解決せずにできない、という相談も届いています。
アカウント発行を「まだ」検討段階である、昨年度の担当が異動で業務が継続できない、アカウントは発行したが子供がログインの際にパスワード10数文字を入力することすらおぼつかない、検索を始めたとたんネットワークがひっ迫した、端末の活用は秋頃のネットワーク工事の後と考えているなど悠長な教育委員会もあり、課題は様々です。
ネットワークがずっと細いままで良いと考えている教育委員会はないと思いますが、ネットワーク配備は地域全体に関わることであり、教育委員会単体で決められない場合があります。情報政策課などと連携したネットワーク配備をこれから起案するような自治体であれば、活用が本格化するのは早くても2学期以降になるでしょう。残念ではありますが、しかしこれらの混乱の多くは一時的なものなので、いずれ「慣れ」と共に解決していく課題は少なからずあります。
昨年の今を振り返ると、大きく進んでいます。今年度の連休明けに、新型コロナウイルス感染症の対応としてGIGA端末を活用したオンライン学習に着手した学校がニュースに取り上げられました。GIGAスクール構想による端末配備により、学びを止めないための手段が増えていることがわかります。
目指す学び、活用の姿にたどりつくスピードは、学校や教育委員会の教育観次第です。
保護者は、学校に端末があることを既に知っています。万が一の休校の際、もう「何もできない、しない」わけにはいかなくなりました。活用できない場合には、教育委員会や学校の姿勢が問われることになります。
懸念すべきは、情報化の重要性を理解せず、GIGA環境配備は新型コロナウイルス感染症対策のためのもの、活用は休校時に間に合えば良い、と考えている管理職がいることです。
GIGA配備はコロナ対策で早まりましたが、そのために始まったわけではありません。端末を使って情報を集め、自らの考えを整理し、まとめる、という学習を日常的に経験させることこそが重要です。自分1人で見つける情報には限界があります。他の人の見方や考え方から刺激を受けることもできるようにしなければなりません。
子供それぞれの興味関心や知識量、スピードに合わせた学びを支援しながら、知りたい、追求したいという思いを育み、対話的に他者と関わり合い、自らの考えを構築し、ある意味浅はかだった自らの考えを深化していくこと、大人の社会でも取り上げられている課題を学習に持ち込み、世の中とつながりながら学ぶ、オーセンティック――本物の学び、社会に開かれた教育課程を実現することです。
これまでのように教科ごとに学ぶスタイルではこのような学びは成立しません。
これについてはOECDも「LearningFramework2030」(=OECD Education2030 プロジェクト仮訳)では、次のように指摘しています。「教育の在り方次第で、直面している課題を解決することができるのか、それとも解決できずに敗れることとなるのかが変わってくる」、「無目的な行動を続けていれば、格差や社会的不安定さを拡大する」としており、「前向きで責任ある行動をとることができる、積極的に社会参画することができる市民」育成のためには「自分の情熱を燃やし、別々の学習経験や機会をつなげて考えるようになり、他者と協働しながら自分自身の学習プロジェクトや学習過程を計画することを支援したり、そうする動機づけを与えたりするような1人ひとりにカスタマイズされた学習環境」「しっかりとした基礎力」が必要であること、デジタル情報やデータを使いこなす力は心身の健康と同じように不可欠であるとしています。そしてこれらの理念を盛り込んだものが現在の学習指導要領であり、その実現のための学習環境がGIGAスクール構想なのです。
これまでもPC室の稼働率が低いから1人1台端末もあまり使わないだろう、使わなくてもいいだろうという考え方は正しくありません。
端末がなくても学べる力が必要、という言い方も注意が必要です。誤りではありませんが、端末を使わないことを合理化して表現しているだけかもしれません。
育みたいのは、端末やネットワークを使いこなす力です。紙でも端末でも学ぶことができ、それを目的や能力に合わせて、ノートでメモをするのか、録音・録画するのか、端末上でメモをするのかについて子供自身が選択、もしくは複数行う等の判断ができることです。
そのような中では、子供が不適切なことをした責任はすべて学校が負うもの、という考え方も見直しが必要です。むしろ、不適切なことに出会う度に考えさせる、失敗から学ぶ機会を意識して提供することこそが、学校の責任です。
不適切なことをしないために禁止する、壊したくないから使わない、ゲームをやりすぎないように動画サイトの視聴を禁止する、授業以外は端末をしまって自由に使わせない、端末の持ち帰りはしない等、いろいろ管理したくなる心情は理解できます。しかし大人は本当に、子供は自ら判断できない、常に誤った判断をすると考えているのでしょうか。そうではないはずです。
トラブルが起きると保護者対応に時間をとられる、授業時間が不足する等と考えているから管理しているわけです。使命感をもって管理している、と言ってもいいかもしれません。
しかしそのような方法で、自ら判断する力を育むことができるでしょうか。
一から十まで教えてからスタートを切る、という考え方は、既に無理があり、痛々しさすら感じます。
そもそも、これまでも、「すべての子供に」「一から十まで教える」ことができていたのでしょうか。それは、極めて難しいことである、と教員であれば知っているはずです。
少なくとも、失敗をさせないことが教育ではない、ということは理解しているはずです。
慌てなくても良いですが、せめて今年度中にはすべての学校が、週に数回程度の端末の持ち帰り学習に取り組むところまで、たどり着いてほしいと考えています。
今回のGIGA配備では5割程度の学校がChromebookを導入しています。
iPadやWinowsPCを選択した自治体は、それまでの取組の経緯や実現したいこと等のビジョンがあって選択している印象です。
それに対して、これまでPC活用に取り組んだことのない自治体の多くが、管理やコスト面からChromebookを選択しています。ICT活用に不慣れな学校の多くがChromebookを導入し、多くの教員が未経験のものを授業で活用していくと考えると、Chromebookを導入した学校の成功こそが、GIGAスクール構想の成功の可否を決める、といえます。そこで私も意識してGoogleWorkspaceやChromebook活用についての情報提供をしています。
昨年度中に先行してChromebook活用に取り組んだクラスを検証すると、様々な失敗が次の実践の糧になっていました。例えば「パスワード入力がおぼつかず、ログインだけで大混乱が起こった」際、次のクラスでは「あらかじめキーボードを紙で印刷してスムーズにログインできるようにパスワード入力を練習してくる」宿題を出すことで対処していました。
スキルアップも、すべて教員が教える必要はありません。YouTubeの動画を視聴して練習することもできます。子供たちの習得の速さに驚くはずです。
今、多くの教育委員会がGoogleやMicrosoft等のクラウドツールを導入しています。一方で、学習動画やAIドリル等のコンテンツ導入・活用も今後、始まります。ツールで授業はできますが、学びの充実や教員の力量の差を埋めるためにもコンテンツは重要です。
その1つが学習者用デジタル教科書です。
端末を持ち帰って学習者用デジタル教科書の動画教材を家庭で視聴する、教科書範読の音声を聞く、という「家庭学習」であれば、端末の持ち帰りにも取り組みやいはずです。家庭で教科書を一読してくる学習と同様の感覚です。それがデジタル化されていることで、1人で教科書を読み通せない子供や読みに困難を抱えている子供が助かります。
現状、デジタル教科書にはビューアが複数あり、共通のプラットフォームがないという課題はあります。複数教科を活用する場合、配信や認証の仕組みがそれぞれで異なるという形態には無理があり、整理すべき段階にあると感じています。「デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議」や「教育データの利活用に関する有識者会議」の今年度の目的は、民業圧迫にならないようにしながらも、企業ごとのローカルな取組を超え、自治体レベルで学習データを利活用できる仕組みの検討です。「デジタル庁」が示すであろうガバメントクラウドの標準に、各企業が合わせることになるでしょう。
現場の声は文部科学省にも届いており、課題は共有されています。
文部科学省ではこの4月、大臣官房下に新しく、学習基盤審議官を設置しました。また、総合教育政策局調査企画課に「教育DX推進室」を立ち上げ、小中高等学校、大学、社会のDX化に取り組みます。
初等中等教育局情報教育・外国語教育課には「GIGA StuDX(ギガ スタディーエックス)推進チーム」を立ち上げました。8人の現職教員が専任で所属し、Webサイト「StuDX Style」上で、「これならすべての学校でできる」と現場目線で選択した事例を掲載しています。今後はプログラミング学習や持ち帰りのルール事例等も掲載予定です。全国の教育委員会への説明会やクローズドな相談会、オンラインセミナーも行うと聞いています。
これまで、国の政策の普及促進は、指導主事の役割でした。本取組では現場教員が中心になっており、今後に期待しています。
今後は、これまで以上に、学校の設置者である自治体や、実際に運用する学校自身が決めるべきことが多くなっていきます。
国も準備は進めていますが、権限が及ばないことがあります。その際は、自分たちで何とかしていくしかありません。
誰も取り組んだことのないことを議論すると、その多くが「先送り」になり、やらない方向になりがちです。ここで期待したいのは、挑戦する管理職、教育委員会であることです。
リーダーシップとは、先陣を切って取り組むことだけとは限りません。ビジョンを持って進んでいる人を止めないこと、任せることもリーダーシップです。
大人の判断で子供の可能性を阻害しないこと、管理職やベテランも若手の実践の可能性を阻害しないことが求められます。
東北大学大学院情報科学研究科・教授。ラーニングアナリティクス研究センター・センター長。2021年4月からクロスアポイントメントにより東京学芸大学教育学研究科・教授。国立教育政策研究所・フェロー。静岡大学・客員教授。信州大学・客員教授。内閣官房 教育再生実行会議初等中等教育WG・有識者、同 デジタル化タスクフォース・構成員。中央教育審議会・委員、同 初等中等教育分科会・委員。文部科学省 新しい時代の初等中等教育の在り方特別部会・委員、同 教育課程部会・委員、同 デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議・座長、同 教育データの利活用に関する有識者会議・座長ほか。
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2021年6月7日号掲載