新型コロナウイルス感染症の影響で休校措置が継続し、授業動画の配信や同時双方向のオンライン授業などICTを活用した授業に対する社会的注目度が増している。社会からは「仕事でPCを使うことは当たり前なのに、なぜ学校は、オンライン授業すらできないのか、それは何が原因なのか」と問われている。今年度から始まった新しい学習指導要領では「様々な社会的変化を乗り越える力」の育成に特に注力しているが、それが始まる直前に大きな社会的変化が起こってしまった中、学校や教育委員会、保護者はこれをどう受け止め、何から始めていけば良いのか。中央教育審議会委員や初等中等教育分科会委員ほかを務める堀田龍也教授(東北大学大学院情報科学研究科)に聞いた。
3月の臨時休校時は、学習の最終まとめの段階であり、卒業式を実施できない残念さはあったものの、学習機会の喪失についてそれほど大きな危機感を持つには至っていませんでした。4月になり、入学式も始業式も行えず、5月になってもそれが継続し、行事は次々と中止になり、子供も保護者も不安は日ごとに高まっていきました。
そんな中、同時双方向のオンライン授業に取り組む教育委員会や学校は、4月16日時点(調査時)の文部科学省調査によると、わずか5%でした。この数値の低さは社会に大きなインパクトを与えました。以後、「仕事でPCを使うことは当たり前なのに、なぜ学校は、オンライン授業すらできないのか、それは何が原因なのか」という取材依頼が私にもしばらく続きました。調査日以降もオンライン授業の取組は少しずつ増えているものの、相変わらず大量の紙の学習プリントと電話による対応を行っている学校が大多数です。
新型コロナウイルス感染症の拡大は、学校の情報化の遅れが社会に認知される大きなきっかけになりました。
GIGAスクール構想の整備が間に合っていればここまで問題が大きくならなかったのではと思うと残念ですが、学校の情報化はなぜここまで遅れてしまったのでしょうか。反省点を踏まえながら次の一歩に取り組む必要があります。
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「なぜ社会一般で使っているPCやインターネットを先生たちが使わないのか」というのが一般の印象ではないでしょうか。
国はこれまでも、ICT整備の基準を示していました。しかし、それを実現するのは各設置者であり、教育委員会のビジョンの違いにより、整備格差が生まれています。
それが突然の休校と教員の在宅勤務で、様々な具体的な問題が可視化されてきました。
まず、学校の端末の設定が堅固すぎて外に持ち出すと使えない点です。学校のICTは、様々な特別なソフトや仕組みを入れており、校内ネットワーク内でしか使えません。今、社会で一般に活用されているものとは使い勝手が異なる「学校ICT」という特別なものになっています。
そのため、児童用PCを家庭に貸し出すためには設定変更が必要です。また、家庭の協力を得て学校のネットワークにつながったとしても、学校が利用するサーバーにつながっているネットワーク回線が細く、大勢の生徒からのアクセスに耐えられない場合があります。
教員にとって、在宅勤務をすると校務支援システムにアクセスできないことは特に大きな問題となりました。機密情報は外に持ち出さないことは前提としても、機密性の低いものについてはオンラインでどこからでも仕事ができる、職員間の連絡や会議、児童生徒との連絡がオンラインでできる等、クラウドを前提とした環境であれば、休校時や在宅勤務時でも学校機能が完全に止まることはなかったでしょう。
教員も、ICT活用を避ける面がありました。
専門職集団であるはずの教員がICTに関しては経験やリテラシーが不足している。「うちは昔から、授業に真面目に取り組んでいる」という姿勢は素晴らしいのですが、社会一般の常識的なICT環境を学校に取り入れることに必要性を感じることができなかった点が、デメリットとなって出ているのが今の学校です。
これについては、設置者である教育委員会に大きな責任があります。
教員も普段はスマートフォンなどを使っているのですから、それと同様の使い勝手のICTを整備していれば、学校でのICT活用はもっと早期に進んだ可能性があります。
今後は学校のICTを特別な設定にせず、一般社会の使い勝手と適合しやすいものにし、オンラインでもできる仕事を拡大していくことが必要です。
今何ができるのか。
まず教育委員会は、2019年度補正予算、2020年度当初予算、2020年度補正予算で示された整備を進めると共に、今ある環境を最大限活用すること。
学校は臨時休業期間の家庭学習も、整備を待つばかりでなく、家庭の協力を含めて、今あるICT環境で臨むこと。できない理由を並べるときではなく、できることからやるしかありません。
多くの家庭には無線環境があり、スマートフォンやタブレットでインターネットに接続しています。YouTubeやブラウザにアクセスできるテレビもあります。これらを活用してオンライン授業に取り組むことは十分に考えられます。
保護者がいる時間帯にしか接続できない、兄弟姉妹がいて同時にアクセスできないなど個別の事情で一定数の家庭ではオンライン授業が難しいかもしれません。家庭事情は教員がいちばんよくわかっていますから、合理的な配慮や手厚いケアを学校判断で対応していくしかありません。
国の方針に迅速に対応し、家庭のネットワーク環境を調査して協力を依頼し、インターネット接続が難しい家庭には学校のPCの設定を変更してWiFiルーターと共に貸与する、NPO法人と協力して中古PCを用意する等の手立てをとる教育委員会も出てきています。
最大の問題は、「家庭環境も教員のICT活用能力も様々で公平性を保てない」という理由で一切対応していない教育委員会がまだある、という点です。学校や教員がやりたいと言っても断ることもあると聞いています。これは後々、責任を問われてもおかしくない大きな問題です。
オフラインであっても若手やベテランの力量は様々なはずで、それについて公平性が保持できないと問題視することはありません。むしろそのレベルの差を埋めようと努力するはずです。家庭環境の差も普段から存在しており、学校は臨機応変に対応してきたはずです。ICTがからむとICTのせいにできるので、声が大きくなるわけです。
過剰すぎる平等主義が、多くの子供たちの学ぶ権利を奪っていると言っても過言ではありません。
そうはいってもいきなりすべての教員が同時双方向のオンライン授業をすることは確かに難しい面があります。まずは同時双方向のオンラインホームルームから始めてみては如何でしょうか。
学びの遅れ以上に懸念されるのが心の問題です。お互いの顔を朝と夕方などに定期的に見てコミュニケーションをとる時間を持つことは、子供にとってはもちろんですが、教員にとっても重要です。
元気が出なければ、どんな時間割にも取り組むことができません。コンテンツよりコンタクトです。教員も操作そのものに慣れることができ、慣れないオンライン授業に対するモチベーションも上がってくるはずです。
さらに進んで同時双方向のオンライン授業に取り組む際には、45分間の授業をそのまま行うのではなく、15分以内の短い時間の方が集中力を保つことができます。
授業動画を配信する場合も,短くするのがコツです。有名な予備校講師のビデオ講義であっても、子供たちは早送りして視聴するものです。
オンライン授業ならではの展開を考える必要もあります。課題を提示・共有する場合はオンラインで、調べ学習はオフラインで各自が行い、まとめの際に再びオンラインで発表し合ったり討論したりするなどの構成が良いでしょう。この方法はデータダイエットにも寄与します。「起承転結」ではなく「結」から始めるなど、オンラインならではの「教育技術」を磨くということです。
このような学びに求められることは、真面目に教員の話を静かに聞くことではなく、個人に解き放たれた際に自力で学びに向かう力があるかどうかです。
自分にある程度の力がないと乗り越えていくことが難しい面があり、1人ひとりが「学びに対する強さ」を持つことの重要性を自覚するきっかけになると考えることもできます。
3~5月の3か月間は、教育界を含め社会全体の構造を変える可能性のある出来事が起こったといえます。
これまで「一堂に会する」ことが当然であった様々なことが、オンラインで行われています。
中教審の初等中等教育分科会は初めてオンラインで会議が行われ、教育課程部会でもメールによる審議が行われました。例年であれば全国の教育委員会指導主事を文部科学省に集めて行う説明会もオンラインで配信されています。同時にこれは、これまでは都道府県下の市区町村に対して行っていた説明を、オンラインで誰もが同時に視聴・傍聴できるよい機会になりました。
多くの企業も新入社員研修をオンラインで行っています。各種検定試験のオンライン化も準備が加速しています。かつてオンライン研修に興味を示さなかった教員も、今はオンライン研修に積極的に参加しています。
経験してみると、その良さもわかります。教員研修や教員免許状講習もオンラインで実施できれば、多忙な教員や育休期間の教員の学びの保障にもなります。
オンラインでできるものは可能なかぎりオンラインで行う。それができる学校のICT環境の整備が求められます。過剰なフィルタリングは百害あって一利なしです。
オンラインを併用することでより効率的に運営できるものが次第に明らかになり、考え方も変わっていくでしょう。
早期に着手したのが大学です。多くの大学では急ピッチでオンライン授業の準備を進め、早い大学では4月から開始しており、トライ&エラーで軌道修正しながら進めています。
初等中等教育においては、中学校や高等学校の取組が比較的早いようです。小学校に比べて生徒自身だけで対応できる可能性が高いこと、教科担任制もありコンテンツを集中して提供しやすいなど様々な原因があるでしょう。
ネットワークがつながらない、ログインが難しい等様々な問題は起こるかもしれません。低学年であれば保護者のサポートも必要です。
家庭でのWiFi整備も進めておいてほしいところです。WiFiにつながりにくい時間は別途LTEで接続することも考えられます。
オンラインでどのように出席を取り、課題を提出し、成績をつけるのか等、問題については1つひとつ解決して進め、オンラインも併用できる学校の仕組みを積極的に構築していく必要があります。学びの仕組みを変えると毎日学校に登校することが本当に必要なのか等も含め、不登校や特別支援教育についての考え方も変わってくるでしょう。
これまでの日本はとても平和でした。これからの時代、新型コロナウイルス感染症の第二波に限らず、しばしばこのようなことが起こることは十分に考えられることです。
守るべきことは子供の学びです。
学校ICTを機動性の高いラフな仕組みに置き換え、現場の裁量権を拡大して対応していく、そんな教育の在り方が求められています。
今回のことが収まり無事に学校が再開した際には、オンラインと対面のブレンドを積極的に進め、ふり返ってみればさらに効果的な学びに発展できた、そんな機会になればと考えています。
〈プロフィール〉東北大学大学院情報科学研究科・人間社会情報科学専攻・専攻長。内閣官房 教育再生実行会議技術革新WG・有識者、中央教育審議会委員、同 初等中等教育分科会委員、同 新しい時代の初等中等教育の在り方特別部会委員、同 教育課程部会委員、文部科学省 情報活用能力調査に関する協力者会議主査ほか。
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2020年6月1日号掲載