文部科学省が4月13日に公表した資料によると、新型コロナウイルス感染症対策休校措置に伴い、現在遠隔授業を実施している大学・高等専門学校は、47・4%にあたる427校。現在検討・準備中は37%にあたる333校。両者合わせて9割弱の大学・高等専門学校が遠隔授業を実施または検討中である(数値は4月10日調査によるもの)。国立情報学研究所(NII)は、文部科学省3月24日付け「令和2年度における大学等遠隔授業の開始等について(通知)」を受け、3~4月の間に計5回の関連シンポジウムをオンラインで実施している。大学等の遠隔授業スタートに関する多様な事例や、関連する法律の共有、Web会議ツールの選択、心身のケアの重要性、オンライン授業の合理的配慮、トラフィック回避など、遠隔教育実施に関する様々なテーマで、初等中等教育関係者にも参考になる内容だ。発表内容からいくつかを紹介する。なお発表資料はすべてNIIのWebに公開されている。
立命館大学情報理工学部の西尾信彦教授は同学の遠隔授業の実施について報告した。
2月27日に卒業式・入学式の中止を決定し、3月10日に Skype for Businessライセンスを教員に開放。同15日にオンライン教授会を実施し、4月以降のオンライン授業運営を決めた。それから2週間はオンライン授業の準備に忙殺した。
3月31日にZoom教育機関ライセンスを取得し、オンサイトで新入生オリエンテーションを実施。4月1日にはシラバスの追記とLMSへの教材を対面で配布し、ネットワークについてガイダンスを実施。ガイダンスでは各自の端末持参を求め、⾃宅・下宿・学内から各⾃がLMS、Skype、Zoomにアクセスできることをミッションとした。学生所有の端末のうち約半数がタブレットPC、それ以外はスマートフォンであった。当日は学内デスクトップでログイン、メール、LMSなどを体験後に持参したPCもしくはスマートフォンで学内無線に接続してLMSで新入生アンケートに回答。次の日に履修説明等を行った。ここまでが対面で、4日目には新入生オンライン履修相談会を行い、6日から授業を開講。受講登録時にはアクセスが集中し、過負荷も生じた。
履修相談会は、例年は丸2日間を要していたが、オンライン履修会ではZoomブレイクアウトルームを活⽤。相談会としてのパフォーマンスは対面に劣らず、かつより少ないリソースで運営でき、記録も残り、共有もできるなどのメリットがあった。
5月からのオンライン授業を前提に準備中だ。アンケートによると⾃宅等に利⽤上限のない環境にある学生は96%。
オンライン化の障壁はいくつかあった。
教授会では閲覧資料の回収が必要なことから、学内のそれぞれの研究室でオンライン教授会を実施して「3密」対策。資料の回収時にのみ対面した。教授会の出席はOffice365のIDによるログインで確認。2回目以降は、資料閲覧もオンライン化。ダウンロード・印刷禁⽌機能で対応した。
オンライン授業では、Office365キャンパスライセンスを活用。manaba+R(朝⽇ネット)も活用して小テストやレポート、出席確認をしている。
現状では同時接続には耐えられず、机単位での電源供給がないなどの課題がある。今後は、無線LANの増強によるBYODの実現とMicrosoftTeamsの導入、貸し出し用PCの導入を予定している。
国立情報学研究所サイバーセキュリティ研究開発センター特任准教授の柏崎礼生氏は、ビデオ会議を安全に使うポイントについて話した。
「どんなツールも完全に安全ではない。使い方に気を付け、動向に注意した臨機応変な対応が重要」とし、ポイントを次のように示した。▼アクセスコードは再利用しない、▼機密性の高い内容は多要素認証を検討、▼予期せぬ参加者が入らないように出席者が参加した時に音を鳴らすなどの通知を有効にする、▼必要な場合を除き会議を録音しない、▼チャット、ファイル共有、画面共有などを無効にする、▼予期せぬ画像が表示されないように、画面を共有できる人を制限する、▼すべての参加者を確認した後に会議室をロックする
Zoomで指摘されていたセキュリティ上の問題については現在解決しているという発表がある。そのため最新のソフトウェアを用いること。機密性が高い情報のやりとりには使うべきではないと語った。
京都大学学術情報メディアセンターの緒方広明教授は京都市立西京高等学校・附属中等教育学校と連携した遠隔授業について報告した。
京都大学は同校に学習管理システムMoodle、教材配信システムBookRollと学習分析システムLA-Viewを提供。中高の教員はこの仕組みを用いてオンライン授業を展開。同校は約1200名の中高一貫校で2019年4月から中学校でタブレットPCの活用を開始。高等学校はBYODだ。
高校1年生の英語科では英訳などの課題をBookRollにアップ。生徒は締切までにMoodleに課題を提出。その際に難しかった個所にマーカーをして戻す。教員はBookRollで提出状況やマーカーの位置等を確認。マーカー部分を中心に解説動画を撮影し、次の日にYouTubeに動画をアップし、生徒はそれを視聴してフィードバックを行った。
数学も同様の流れだが、生徒はタブレット上に手書きで解答。教員は生徒の解答を「解答時間が長い順」「クラスID順」などにソートして解答力を分析している。
同校では同じ科目の教員がチームで教え、教材作成や質問対応などを行っている。
緒方氏は「オンライン授業では、児童生徒のモチベーションを上げる工夫が必要。生徒がスマートフォンで見る場合はデータ通信量の問題もある。そのほか何等かの原因で動画を視聴できない生徒のために、PDFデータの用意も必要」と報告。
さらに京都大学では、リストバンド型の活動量計を用いた学習データと健康データの分析にも取り組んでいる。活動量計では睡眠時間や移動距離、心拍数、ストレス度などを計測でき、ストレスレベルや学習・活動、健康データの分析が可能だ。これまでに中学校3年生と高校生に140人分を配布済。5月から追加で400台を配布予定。
国立教育政策研究所の白水始総括研究官は、思考を育成・深化できるオンライン授業のポイントやオンライン授業のメリットについて話した。
白水氏は東京大学高大接続研究開発センターと連携して埼玉県立越谷南高校外国語科1年生40名を対象にオンライン授業を実施した。講義は東京大学で行い、高校生はオンラインで家庭から視聴するという形式。Web会議システムではスライド共有やインカメラは使わず、授業者は普段教室で行う一対多の双方向授業をそのまま行い、それをWebカメラで撮影・配信する方法だ。
教員は課題をスライドで示し、生徒はそれに対してチャット機能で書き込む。教員はチャットの書き込み内容を見ながらコメントしたり次の課題を提示したりした。
本授業では、発言数と発言文字数をもとに学習プロセスを分析。
授業前半で行った課題と後半で行った課題について比較したところ、前半は反射的な知識や感覚による発言が多いが後半の課題に対しては、より良い解に迫ろうという思考になった。その理由について、対面授業は雰囲気や態度により左右されるがオンラインでは文字情報が中心で、思考だけを特化して可視化しやすいからではないかと分析。「最低限の受信環境とリテラシーがあればシンプルな機器構成でも、主題に迫る思考の深まりを実現できる」と報告した。
既存の教材や自作の授業動画を適宜再生・停止しながら授業を進行するタイプのより簡易なオンライン授業についても言及。「生徒は、動画を視聴しながら、教員の指示に従ってチャット機能で課題に対する考えや、疑問、意見等をテキスト入力するため、考えを外化することに集中しやすく、教員には生徒の思考を促す言葉かけが常に求められる。記録も残しやすいため授業をふり返りやすい。アクティブラーニングに必要な教員のファシリテーション力の向上機会にもなる」と話した。
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2020年5月11日号掲載