これまでとは比較にならないほどの大胆な予算、そして施策が年度末に次々と出た。補助金と裏補助、さらに標準 知識や情報が連携する新たな社会「Society5・0時代」が始まりつつある。Society4・0「情報社会」では、人がインターネットを経由して情報やデータを入手して分析を行ってきた。Society5・0は、IoT(Internet of Things)によりAIが分析した結果を、ロボットなどを通じて人間にフィードバックしていく。「様々な知識や情報が共有され、今までにない新たな価値を生み出すことで、様々な課題や困難を克服する」社会が目指されている。そんなSociety5・0時代の担い手となる子供たちに、今、どのような教育環境を提供していくことが必要なのか。高橋純准教授(東京学芸大学)に聞いた。
インターネットが一般化し、学校で100校プロジェクトが始まった1990年代、こんな世界があるのかと驚き、わくわくしながら教育工学の世界に入った。今、そのとき以来の感動と期待をもって「クラウド活用」に取り組んでいる。動画の自由な制作や視聴も自動採点や自動翻訳などのAI活用も、クラウド活用があってこそ急速に浸透した。従来の巨大PCの仕組みでは高価になりすぎて実現できなかったことだ。
新学習指導要領の総則・解説には「生涯にわたって能動的に学び続けるようにすることが求められている」とある。生涯にわたり学び続けるには、紙と鉛筆だけではほぼ不可能で、ICT活用は必須である。そのためには初等中等教育段階で、情報を入手して取捨選択する、オンライン上でコラボレーションする、そのためにもキーボードを自由に活用できる力を身につけることが「読み・書き・計算」と同レベルで必要だ。このような力を育む早道が「1人1台PC環境」である。
今、「毎日活用できる環境」にある学校がある一方で、「年に数回程度しか活用できない」学校があり、既に、同じ学年の学びとは思えない差が生じている。
年に数回しか使えない場合、子供はログインで戸惑う。ICT支援員も教員もログインの手伝いに忙しく「ICTを活用すると本来の授業時間が奪われる、紙プリントを配布したほうが早い」ということになる。しかし毎日のように使っていると、一瞬のうちにログインして隣の子供と相談しながら各自が協働作業の続きを行っている。そのスピード感はものすごい。
もちろん、導入して初日からうまくいくわけはなく、数か月の苦労はあるが、情報やPCの取り扱いに対する「感覚」「素養」が身についていく。この「感覚」の有無が、PISAで計測される「読解力」にもつながるものであると考えている。
子供に1人1台のPCが配備された時、教員はどうすればよいのか。1人1台になると、これまでのように「他クラスが使っているから使わない」わけにはいかない。
活用に慣れていない人が、子供にPCを活用させようと考えても「感覚」が育まれていないことから、あまり良い使い方にはならない。そこで、この「感覚」を育むために、通常の教科研修でタブレットPCを活用することをお勧めしたい。通常の研修や日常業務をICTで行うと、本来の利便性を理解しやすい。
2019年夏、1日6時間の教員免許状更新講習でChromebookを全員に渡して講義した。対象は35歳、45歳、55歳の教員だ。通常、教員免許状更新講習の試験は「紙」であるが、PCでも良いとしたところ、最後の試験では全員がPCで提出。紙による提出はいなかった。講義では聞いたことをPC上にメモし、試験のレポートではそのメモを再利用して編集できるので、考える時間が増え、考察も深まったようだ。
更新講習の冒頭では、Chromebookに慣れるために各自で自己紹介の作成から始めた。10人グループで制作したところ、自己紹介の内容がグループごとに大きく異なった。自分のスライドを作成しながら、グループ内のメンバーのスライドも見ることができるため、互いのアイデアに影響されながら制作が進んだようだ。
同様の仕組みで、例えば算数などで「問題作成」を課題にすると、1人の良いアイデアに影響されてグループ全体のレベルが向上し、良い問題が出てくる。誰が自分の問題を見ているのかがわかり、質問やアドバイスもやりとりできる。
このような協働作業は、既に一般社会で行われている。
大学でも活用している。レジュメを説明した後に話し合う従来のゼミから、短時間で全員が発言するゼミに変わった。
レジュメを各自のPC画面に映しながら説明するので、紙印刷はなくなった。聴き手は、同時にどんどんコメントを入れ、それを画面で共有し、討議に発展する。使っていくうちに、そうなった。画面を共有すること、各自が記入したコメントを同時に共有できること--これらに慣れるとこうなるのか、これがコラボレーションか、と感じた瞬間だった。すべてがクラウドで共有されているので、テレビ会議による参加もしやすくなり、社会人学生にもメリットが生まれている。
自分の考えを持つことは重要である。自分の考えとは、多くの人の見方考え方に影響を受けながら深まり、ブラッシュアップされ、発展していくものだ。アンテナを敏感にして様々な要素を取捨選択して取り入れる感覚、すなわち「編集力に優れた人」が求められている。そのための仕組み作りとして「1人1台PC」の協働作業は有効である。
「G Suite for Education」(以下、G Suite)は協働作業前提で開発されているため、ワープロも表計算もプレゼンソフトもメールも、前述のようなことがすべてできる。対象となる教育機関は基本無料。どんどん活用すれば良い。利便性を体感できると、活用は飛躍的に進むだろう。
自分のファイルを送りたいときは「共有」すれば良く、メールに添付する必要がない。ファイルの所有権は本人にあり、共有後も変更でき、必要であればすぐに共有停止ができる。ダウンロード禁止も設定できる。
同時編集する際は、自動保存され、かつ誰がどこを変更したのかの履歴も残っている。
スケジュール機能では、参加者を指定すると、共通の空き時間や会議室の空き状況もわかる。時間と場所を指定して「共有」すると参加候補者に連絡が届く。
Web会議は、スケジュール連絡と同時に送られるURLをクリックすればPCのブラウザやスマートフォンでも参加できる。
職員会議では、議事録のURLがPCに送付されてくる。全員でメモや意見を残していくことができる。「Google Classroom」では、授業ごとに部屋を持ち、資料置き場に使ったりアンケートをしたり、レポートの提出・採点・返却もできる。誰が何回提出したのかも一覧も見える。配布資料を整理するなど、子供もバインダー代わりに活用できるので、生徒会や部活動単位で部屋を作り、自主的に工夫に満ちた使い方をしている。
教員は動画や写真撮影が多い。それをローカルで保存していると、サーバはすぐに満杯になり、整理も大変だ。
「Google Drive」は、ビデオを保存するとストリーミング再生できる形式に自動で変換する。検索も簡単である。
「G Suite」はブラウザさえ最新にしておけば、新しい機能がどんどん活用できる。ブラウザベースのためインストール不要で、管理面でも楽になるはずだ。
Chromebookはもちろん、Windows PCやiPadでも活用できる。スマートフォンの場合は、アプリ版で活用できる。
導入時、教育委員会でシステムを作り込みすぎると、導入したときが最新で、その仕組みはどんどん古くなる。どちらが良いかのか明確に言うことはできないが、ソフトの機能は常に最新でバージョンアップ対応が不要な点は判断のポイントになるだろう。
他社製のファイルとの互換性も向上しており、常にバージョンアップしているため、ニーズの高い機能への対応には期待できる。自治体単位でのクラウド事業者との契約には個人情報保護やセキュリティの取り決めなど、障害はいくつかあるが、活用を前提に考えると、ルールを変更していく方向性を検討しても良いのではないかと考えている。
「感覚」が変わってきているので、これまでのPCやインターネットに詳しい人の常識が障害になる、というケースもある。
皆がスマートフォンを使い始め、コミュニケーションアプリ「LINE」が生まれた。
当時は「Eメールと同じ」「メールで十分」と言っていた人も「LINE」を使っている。皆が使い始めて、初めて利便性が認められる活用やサービス、というものがある。使う前に計画を立てていたとしても、その計画通りにいくとは限らない。計画通りに進めることが正しいとも限らない。新たなツールを扱う際には、柔軟な対応を想定した活用が望ましいと考えている。
端末は何を使うか。1人1台PC配備にあたり予算面では悩ましい課題だ。1台でも多くのPCを子供たちの手に届けるための選択を期待している。日本の教員もPCは1台持ちで授業用と校務用を兼用する場合は、校務支援システムが活用できる機種を選択することになるだろう。
ChromebookではOSを2個常駐させており、更新作業は起動していないほうで行い、常に最新の状態で活用できるため、バージョンアップ作業で使えない、という状態にはならない点や、データはすべてクラウドに置くため、高速CPUを必要とせず、起動が速い点がメリットだ。
GIGAスクール構想による児童生徒1人1台端末の整備など、年度末には、今後の大きな方針が示された。補助金は用途が決まっているため、「明確な導入効果を示さないと予算確保できない」という地方自治体の予算確保に向ける労力を削減できる。
スクール・ニューディール事業で全国の学校にデジタルテレビや電子黒板が入ったのも補助金であった。活用されていない学校にばかり注目が集まりがちであったが、活用した学校では、指導者用デジタル教科書や実物投影機の活用が増え、「一斉提示環境整備」への足掛かりになった。
まずは使うことができる、という環境整備が大前提だ。補助金交付を世の中の流れと捉え、上手く利用してもらいたい。
教育家庭新聞 新春特別号 2020年1月1日号掲載