6月に公表された「柴山・学びの革新プラン 新時代の学びを支える先端技術活用推進方策(最終まとめ)」では、「先端技術の活用のための環境整備」推進施策の1つに、学術通信ネットワーク「SINET」の初等中等教育への開放が盛り込まれた。SINET活用を始めとするネットワーク環境の強化により、ICTの教育活用を強力に推し進める方針だ。2019年度「学校ICT環境整備促進実証研究事業」(遠隔教育システム導入実証研究事業)では、北海道教育委員会、北海道教育大学、仙台市教育委員会、信州大学、京都府教育委員会が採択され、SINETの活用について検証を行う。SINET活用の目的と可能性について、文部科学省初等中等教育局情報教育・外国語教育課課長・髙谷浩樹氏、遠隔教育システム導入実証地域に採択された京都府教育庁教育次長・前川明範氏、ネットワーク機器メーカーのバッファロー ブロードバンドソリューションズ事業部マーケティング課係長・柴田成儀氏が討議した。
髙谷 AI技術の進展やIoTの拡大、ビッグデータの活用を始めとしたSociety5・0社会の到来は既に始まっており、社会構造そのものが大きく変革しています。Society5・0の社会では、すべての人に情報活用能力が求められています。それを学校でどう教えるのか。教育現場でどう活用していくのか。デジタル教科書やデジタルドリルなどの活用はやっと進みつつありますが、先端技術を活用してすべての子供を取り残すことなく、1人ひとりに最適な教育を提供するためには、学校におけるICT環境整備をもっと強力に推し進める必要があります。
政府もこの6月に示した様々な方針で児童生徒1人1台デバイス環境の早急の整備を求めており、それを活用できるクラウド環境と強靭なネットワーク環境とあわせて学校に普及させていく方針です。
前川 京都府は特に北部の人口減が顕著で、府立高校において小規模校化が進んでおり、十分な教員配置ができないなどの課題が深刻です。そこで、遠隔授業によりこの課題をなんとか解決できないかと考え、検証を始めています。遠隔授業の充実のためにはネットワーク環境の安定は不可欠だと考えており、今回、ネットワーク環境を安定させるための方策のひとつとして、また、今後、高大連携や海外との交流を一層充実させるためにも、SINETの活用が効果的であると考え、本事業に応募しました。
柴田 弊社ではネットワーク機器メーカーとして2020年代の教育に向けたICT環境整備に資する無線LANを含めた校内ネットワーク構築に携わっています。現在は、授業支援ツールやオンライン英会話などの1教室でタブレットPC40台同時活用を前提として、教室同士の電波が干渉しないような設置や、廊下に1台設置して2教室で活用する設置、グラウンドでも活用できる無線LANなど、学校のニーズに合った検証にも取り組んでおります。
SINET活用は、校外へのネットワークへのアクセスが高速化することにつながり、校内LANの高速化に取り組んでいる弊社としても期待している事業です。
髙谷 従来の一般的な通信速度は数十から100Mbpsですが、SINET自身は100Gbpsと1000倍以上の速さです。
今回のSINETの初等中等教育への開放は、学校におけるICT環境整備の必要性に加え、大学にとっても初等中等教育と連携することで様々なメリットがあることなどの機運が醸成されてきたことから、「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策」に盛り込むこととしました。これにより、初等中等教育のネットワーク整備を促進し、その結果、個人に応じた丁寧な学びの提供など、学びの質が画期的に変わることを期待しています。
これからは、多様化する社会の中で、1人ひとりの子供が個別最適化された学びを受けられるようにする必要があります。その実現に向けた、SINETの開放です。
直接的には教員の教え方の支援についても期待しています。経験値の蓄積が異なっても、データを蓄積して最適な対応ができる手立てを提供できればと考えています。
様々な可能性を秘めた子供たちにとっては、大学や研究所などとの高大接続は大きな力を発揮するはずです。その結果、地域の利便性ほか様々な状況により大学進学状況が異なるという課題が解決できればと考えています。
京都府はそういった日本の縮図といってもよい環境にあります。京都府におけるSINETの実証実験は、日本全体の教育環境の向上に資するモデルの提供につながるのではないでしょうか。
前川 高等学校で銅の酸化還元を行う実験の動画を遠隔で配信した際、銅の色が変化するところで画像が途切れてしまったことがあります。感動できる題材を遅延なくリアルに提示するためには、ある程度大容量に対応する安定したネットワーク回線が必要です。こういった大容量データをやりとりできるのがSINETの魅力です。SINETを活用した遠隔授業で、大学との連携や他府県との共同研究などが円滑にできるのではないかと考えています。
柴田 異なる都道府県同士の接続であれば、SINETの力を発揮できますね。
京都市街の学校、丹後地区の学校が学校同士で直接接続するのではなく、それぞれがSINETに接続することで、効率よく接続できる方法について、今回の検証で試す必要がありそうです。
前川 先日、現状のネットワーク環境がどのくらいのものか検証するため、ある府立高校で、生徒用のタブレットで同時アクセスし、一斉受信する実証をしたところ、生徒1人1台で学習する環境には至っていないことが明確になりました。今後、タブレットの活用を推進していくことを想定すると、現在のネットワーク環境を変えていく必要がありますが、すべての学校のネットワーク環境を整備するためには膨大なコストがかかることが分かりました。
そこで、今回、SINETを活用して、学校が容量の大きいデータを送受信できるか、また、その仕組みをどのように構築すべきなのかについての検証を通じ、今後のICT教育の環境整備のモデルを発信できればと考えています。
さらに、複数の自治体のネットワークを一元化してSINET経由でインターネットに接続することもできれば、過疎地域や遠隔地のデメリットの解消にとどまらず、教育の可能性を大きく広げることができます。
柴田 SINETの検証は、外部ネットワーク接続を見直すだけでなく、校内無線LAN・有線LANの環境整備を見直すきっかけになりそうですね。
学校内のネットワークが低速であれば、SINETの高速通信の良さは生かせません。速さを生かせる有線・無線環境整備の提案が今後、必要です。
髙谷 学校の中のネットワーク、外へのネットワーク接続、それぞれのバーツのグレードアップが求められています。
将来的にSINETに接続する際は複数の学校を束ねて接続することになると考えています。
まずはSINETに学校がどのような形で接続するのが最適なのかを、実証研究で明らかにし検討することになります。
髙谷 今、様々なデジタル教材や教育ツールはハイスペックPCにダウンロードして活用することもあるようですが、このままでは1台のデバイスにかかる負荷は大きく、そのためデバイス単価も高額になります。高額端末では全国整備が進みません。
そこで端末価格を低く抑えるためにクラウド活用を想定し、ネットワークを強化する方針を「先端技術活用推進方策」で打ち出しています。
児童生徒数が少ない場合、あるいは中山間地などLTE端末が有効性を発揮することはあります。一方で例えばデジタル教材を全教科1人1台で活用するためには、学校から外につながる有線LAN接続の回線を太くすること、校内無線LAN環境を強化することが現実的です。見極めて選択していくことが求められます。
柴田 学習者用デジタル教科書を全員が持ち、1人1台で端末を活用する場合、SINETを活用したとしても、タブレットからSINETまでの経路が1人1台活用を想定した通信速度になっていない場合、児童生徒の同時活用が増えるにつれて「通信が止まる」可能性が高くなります。
そこで今後、弊社では校内LANを2・5G~10Gbps程度に更新していきたいと考えています。
また、現在、無線LAN規格は「11ac(イレブンエーシー)」が推奨規格として学校に導入されていますが、次世代高速規格「11ax(イレブンエーエックス)」の普及が学校にも近々に始まる予定です。実効速度は規格上11acの4倍以上が目指されており、それが今後の学校におけるスタンダード規格になるでしょう。弊社もそれに向けて、学校向けに低価格で提供できるように準備を進めています。
前川 京都府では今年度より「学習者用タブレット端末実証研究事業」を府内高校2校で実施し、学習者用端末を用いた効果的な指導法について研究しています。活用状況や効果に関するデータを収集・分析し、今後の情報機器の整備について検討を行います。併せて、クラウド活用についても検証していきます。
髙谷 SINETを通じクラウドサービス(※1)を利用できますが、そこで留意すべきは、セキュリティの仕組みです。(※1)2019年6月現在26社31拠点で提供
前川 京都府では、2022年度を目処にSINETの活用ができないか、そのためにはどのようなネットワークの改修が必要なのか、府内高校2校で実証しているところです。
その際にはファイアウォール(Firewall)等、セキュリティの担保は大きな課題であり、どのように整備すべきか検討していきます。
髙谷 SINETの出口もしくは入り口にファイアウォールを設置することができれば、自治体にとってもコストダウンにつながります。
どこにセキュリティの仕組みを導入すれば回線速度を最大限損なわずセキュリティを担保できるのか。検証とともに、セキュリティベンダーの協力が求められます。
柴田 「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」により、自治体の理解が進み、無線LANを禁止している自治体が大幅に減りました。今回の実証事業の成果もガイドラインとして提供されると、クラウド活用やSINET活用がさらに普及しやすくなるのではないでしょうか。
髙谷 自治体にはしっかり理解していただきたいと考え、「先端技術活用推進方策」では、可能な限り具体的なスペックを出しています。
また、自治体が連携して調達するため、ICT教育首長協議会との連携も進めています。
前川 シンガポールなど、修学旅行先である海外との接続も考えていますが、相手国の大学や学校はSINETと直接接続していないため、まずは、インターネット経由のWeb会議システムを活用できないかと考えているところです(※2)。(※2)国際SINETは現在、米国ニューヨーク、同ロサンジェルス、オランダアムステルダム、シンガポールで100G接続が可能
前川 テクノロジーの活用で子供がいきいきと学校生活を送るようになった例をたくさん見てきました。ある発達障害のある生徒は、デバイス活用により、黒板の写真撮影が可能になったことで、成績はかなり向上し、生徒会活動にも積極的に参加するなど学校生活が大きく変化し、保護者も驚くほどでした。
SINETによる高速通信のメリットを最大限生かし、個別最適化した学びを実現できるように、失敗を恐れず様々な実証にチャレンジしていきたいと考えています。
柴田 無線LAN環境を含めたネットワーク整備・強化に対する期待が高いことがわかりました。良いものを低価格で提供できるように尽力していきたいと考えています。
企業様には新時代に対応した製品の提供を期待しています。取り残しのない1人ひとりに対応した学びの実現に向け、今回の実証研究には大きな期待を寄せており、SINETのシステム構築に向けてインパクトのある成果を出して頂きたいと考えています。
■SINET(Science Information Network)=学術専用の超高速100Gbps情報通信ネットワーク。47都道府県を接続。大学・研究機関等910・約300万人(国立大学100%、公立大学90%、私立大学66%)が利用(2019年3月現在)。2016年にSINET5に更新。海外研究ネットワーク(米国、欧州、アジア)とも相互接続。SINET専用の仮想ネットワークはインターネットを切り離されており、研究プロジェクトごとにVPNを形成。2019年度中に東京-大阪間を400Gbpsで接続予定。2020年度には5Gへの対応も予定。次世代SINET6に向けて2019年度中にコンセプトを固め、2022年度に新サービスを開始予定。
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2019年9月9日号掲載