小中高等学校から大学まで、日本の教育全般の大改革が急ピッチで進んでいる。現在は高等学校新学習指導要領解説についての検討が最終段階を迎えており、これによりすべての学校種の新学習指導要領と解説が出そろうことになる。中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会情報ワーキンググループ主査を始め、各種委員や文部科学省「『デジタル教科書』の位置付けに関する検討会議」座長ほかを務めている堀田龍也教授(東北大学大学院)に、これら教育の大改革の目的と、小学校、中学校、高等学校、教育委員会において最優先で取り組むべき準備について聞いた。
新学習指導要領では、情報活用能力を「学習の基盤となる資質・能力」と位置付け、その学習基盤としてICT環境整備の必要性が明記されました。2020年度に向けて早期に学校のICT環境整備に取り組むことが求められています。
現在、高等学校の新学習指導要領解説が最終の検討段階に入っていますが、新学習指導要領における今回の高等学校の科目再編は、大変大きなものです。学び方にアクティブ・ラーニングが推奨され、学ぶべき内容についても、必履修の中身を大きく見直します。
この変革は、社会で求められる力がこれまでとは大きく異なり、学校教育でその対応が求められているからです。
今後、どのような社会になり、そこで求められる力とはどのようなものか。この共通理解の有無が、各自治体の今後の取組の真剣度を左右します。
これまで多くの日本人に求められていた、決められた作業を確実かつ正確に実行する勤勉さは、クオリティの高いメイドインジャパンを産み出すための原資でした。今後これらの多くが、AIなど機械に置き換わっていきます。加えて、世界と比較して著しく人口減が進む日本において、これまでと同様の方法で同様の豊かさを保持することはできない状況がすぐそこまで来ています。人口減による労働減を補うためには今後、AIや外国人に頼らざるを得ません。かつて開発途上国と考えられていた諸外国からは質の高い労働力が多く提供され、日本の新しい労働力として定着しつつあります。
このような社会状況において求められる力は「AIに代替できない力」、「AIを上手く活用できる力」です。多様な世代、多様な人種、多様な価値観,多様な立場を持つ人々の間においてもコミュニケーションやネゴシエーションができること、協調しながら問題を解決できること、AIも含めてあらゆる労働力を上手く活用できる発想力や段取り力、インターネットを上手く活用して幅広い情報を獲得し、世の中の流れやニーズをつかみ、あるいは不足を補って新しい価値観を産み出していく力が求められます。
新学習指導要領ではこれらの力を学習の基盤となる資質・能力として整理。「言語能力、情報活用能力(情報モラルを含む)、問題発見・解決能力 等」として示しています。
これらは一斉授業で教え込んで身に付けられるものではなく、学校という仲間が多く集まる場所で、コミュニケーションや協働性、発信が求められる学習を繰り返していくしかありません。
そのための時間を確保するには、基礎基本の育成は、アダプティブラーニングなどで効率的かつ短時間に身に付けることができる体制を整えること、さらに基礎基本として身に付けた知識・技能を働かせるような主体的で協働的な学びを学校でより多く展開し、「AIに代替できない力」を育むことが今後、学校に求められる役割と言えます。
これまで自分が受けてきたような教育をそのまま踏襲する、という学校教育が長期間にわたり繰り返し行われる傾向がありましたが、今後は大きく変える必要がある、という点を社会的に共通理解する必要があります。
急激な少子化やグローバル化によって、質の高い失敗しない教育を求めることから、大学の授業は既に大幅に変わっており、それぞれの大学の特色は一層明確になっています。
それに伴い大学入試も年々変わっています。今後大学は「入学希望人数が多いためにふるい落とす」ための入試ではなく、アドミッションポリシーを明確にして個々人の適性を正確に見極めてマッチングしていく入試にシフトせざるを得ません。この変革は、求める人材、育成したい人材の変化による必然と言えます。
次の大きな教育課題は、高等学校がどう変わるかです。
義務教育ではないことからこれまで変革が遅れていた学校種ですが、ほぼ100%の子供が高等学校に進学することから、「変革した大学教育」そして「大学入試」に対応するための力を高等学校で育成する必要があります。社会経験の少ない高校生にとってまだまだ一斉授業は必要ですが、一斉授業のみで対応できる入試ではなくなるということです。
ではどのような力が必要か。その観点から高等学校の新学習指導要領では「身に付けるべき力」即ち「必履修科目」が大きく変わりました。
情報化の進展に伴い、あらゆる社会基盤が情報技術に支えられていることを学ぶため、「情報Ⅰ」が必履修になり、プログラミング教育も取り上げられます。社会を支える基盤としての道徳教育もすべての教員が展開することになります。
「公共」「歴史総合」「地理総合」が必履修になり、主権者教育や国際的な立ち位置の指導が強化され、現代社会の課題をより身近に感じることができる基盤を育みます。
これら新しい教科を含め、全てにおいて共通して重要な力が「情報活用能力」即ち「自ら情報を集めて再構成して発信」する力です。
この力がきちんと身についていると、各教科の学習が円滑に進む、ということは多くの教員も体験的に感じているはずです。新学習指導要領で求められている様々な力の育成を消化不良に終わらせず、多様な学びを実現するためには、ある程度の情報活用能力が身に付いていることが必須になります。
大人でも同様に、仕事のできる人は、知識が不足している際にすぐに調べることができる人、質問すべき場所や人物を知っている「情報活用能力」が優れている人です。
これまでは各教科の中の一要素と考えられていた力ですが、今後は各教科の力を育成するまえに「情報活用能力」の育成が必要である、と認識する必要があります。
新しい学びでは、調べること、体験することが増え、インターネットで検索して情報を収集する過程は必須になります。これまでの、不確かな情報を与えないためにどう制限するか、という立場から脱却して、あらゆる情報の中から確かな情報を見極める力を育成する、という視点で情報を収集・検討していくことになるでしょう。紙の情報、ネットの情報、双方ともに活用できる力を育成するという前提で学習を構築することも求められます。
高等学校の学習内容が明確になれば、今小中学校で取り組んでいるICT活用やアクティブ・ラーニングなど自ら情報を集めて再構成して発信していくことへの価値は、ますます高まります。
1人ひとりに情報活用能力がつくほど、検索しながら話し合いながら情報交換しながら学んでいく、という主体的で協働的な学習スタイル(アクティブ・ラーニング)になります。これまで理想とされていた「教員に視線が集まる」「教員がまとめる」という学習場面だけではなくなります。
このような学習を展開するためにも、1人1台で情報端末を自由に活用できる環境の整備は設置者にとっての義務事項になります。
文科省では現在、情報活用能力育成のモデル校指定(IEスクール等)で研究を重ねていますが、「情報活用能力の育成はICT活用が前提」であり、たまに使う、という程度では力を身に付けることはできません。学習の基盤として最も重視されるべき情報活用能力は、学校の情報環境によって規定されてしまう、という現実を認める必要があります。整備なき活用はあり得ない、ということです。
学習の基盤として最も重視されるべき力を育むためには無線LANや十分な数の情報端末がなければ成立しない。セキュリティももちろん重要なことですが、検索サイトがブロックされるようなセキュリティでは、本来の目的から離れた学習環境といえます。
具体的には、一斉授業を効率的に進めるための提示環境、円滑な調べ学習が可能な数の情報端末の整備と無線LAN環境など、文科省「平成30年度以降の学校におけるICT環境の整備方針について(通知)」に示された環境整備は早急に実現すべき内容であるということです。地方財政措置の活用に関する各自治体の格差を埋める対策が必要です。
今夏には各教科の解説も出そろう予定ですから、「情報活用能力」をどのように身に付けさせるのか、そのための学校環境はどうあるべきかという観点で「解説」を読み解いて頂きたいところです。
情報活用能力を様々な場面を想定して身に付けさせるためにも、カリキュラムマネジメントは今後一層重要になります。
働き方改革への対応も喫緊の課題です。これもまた、ICT環境と密接な関わりがあります。
教員が校務でPCを活用し、そこに児童生徒情報を蓄積して必要な教員が参照でき、エビデンスに基づいた助言を迅速に入手でき、評価の質向上に役立つ仕組みを構築することは、よりよい授業を行いたいと考える教員にとって有効です。
校務支援システムや学びの蓄積のデータから、教員は1人ひとりの学びの状況を把握して次の手を考えることができるなど、効率化による教育サービスの高度化こそが教員にとっての働き方改革と言えます。ただ「時間管理を徹底する」だけでは解決は難しいでしょう。
校務支援システムやICTを活用した学習ツール等一部の仕組みは導入当初、習熟するまでに時間がかかる場合もあるものの、そこを乗り越えることで必ず効率化につながります。それを見越した導入推進計画を考える必要があります。
これらは教員のみではなく、保護者にも求められる仕組みです。
日常的にインターネットでレストランの予約をし、地図情報をネットで取得している保護者が、学校に子供を入学させたとたん、様々な種類の紙に名前と住所を何度も記入し、自宅から学校までの地図を手書きする、という流れはそろそろ終わりにする必要があります。
基本的な情報や市区町村の学齢簿データを反映させ、変更が必要なら部分のみを変更する、非公開にしたい情報は非公開を選択することができるなどのサービスは今後、実現が期待されるところです。
市町村のデータをどこまで学校に渡すのか、という議論は生まれますが、それを1つひとつ解決していき、社会全体を楽にしていくこと、世の中の情報化の流れに沿った情報化を学校も本格的に取り組んでいくことが求められます。
徴収金の仕組みなどをICTで自動化すること、印刷はしたいときに迅速にできるなどの仕組みの導入も働き方改革につながる教育サービスといえます。子供の携帯電話所持についても、学校の論理で進めているのが現状ですが、情報手段はどんどん変わっていくもの。それを学校が管理する時代ではなくなってきています。
〈プロフィール〉
総務省「ICTを利活用した協働教育推進のための研究会」構成員・文部科学省「学校におけるICT環境整備の在り方に関する有識者会議」座長・文部科学省「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」主査・文部科学省「『デジタル教科書』の位置付けに関する検討会議」座長・中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会道徳教育専門部会委員・中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会情報ワーキンググループ主査・中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会高等学校部会委員・中央教育審議会初等中等教育分科会教員養成部会臨時委員・中央教育審議会初等中等教育分科会臨時委員・内閣官房「教育再生実行会議第1分科会」有識者など
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2018年6月4日号掲載