平成21年度から「新宿版教室のICT化」として全教室のICT環境を整備、活用してきた新宿区教育委員会(小学校29校・中学校10校・特別支援学校1校)は、従来からのICT環境の再構築に着手。平成29年度から、全小・中・特別支援学校にタブレットPCとそれを活用できるネットワークを再構築し、教員と児童・生徒が1人1台のタブレットPCを活用できる環境の整備を行った。整備内容の詳細とその目的、活用と予算確保について教育委員会事務局教育支援課の三谷純子指導主事と倉坪耕作主任に聞いた。
新宿区教育委員会は平成30年2月、新たに「新宿区教育ビジョン」を策定した。10年後の子供の学びを見据えた3つの柱と10の施策で、その1つが「確かな学力の向上」に向けた「ICTを活用した教育の充実」だ。
「平成21年度の『新宿版教室のICT化』は教員が最もICTを活用しやすい環境を整備したもので、当時としては画期的な整備。成果も上がったが、教員の利用が中心だった。2020年からは、小学校でプログラミング教育が始まる。協働的な学びも一層求められる。したがって、教員と児童・生徒が1人1台のタブレットPCを活用できることが重要であると考え、『学びを広げる』ために必要なタブレットPCの配備台数やそれを有効に活用できるICT環境を検討し、『新宿版教室のICT化』を更に発展できる環境を目指した」
新宿区独自のタブレットPC機器設置基準は以下のとおりだ。
【小学校】最大学年の児童数分(上限40台)▼11学級を超える場合は+10台、14学級以上は+20台を追加で配備 ▼教員用は学級数+3台で配備
【中学校】最大学年の生徒数分(上限40台)▼11クラスを超える場合は+40台 ▼教員用は学級数+7台で配備
この基準に基づき平成29年度は、タブレットPC2600台、レール型で設置した電子黒板機能付き超短焦点プロジェクター412台(普通教室用)、最新機種の実物投影機412台(普通教室用)とネットワーク環境を整備。特別支援学校には、視線入力装置2台及びタブレットPC40台を配備した。12クラス規模の中学校であれば教員用含めて約100台の配備台数だ。
「教員と児童・生徒が1人1台のタブレットPCを活用できる」ネットワークについては首長部局の情報システム課と連携して検討し、再構築に着手した。
学校で停電が起きた場合、無停電装置があったとしても停電するとサーバが落ち、復旧に時間がかかる。また、サーバは各校のPC室に設置していたため、夏場は常時冷房が必要になる。学校にとっても運用面、管理面の負担が大きかった。
そこで、これまで各校で管理していたサーバを、ファイルサーバを含めてすべてデータセンターに集約してプライベートクラウドとし、管理を一元化。
クラウド管理が可能になったことで、自然災害による停電等で生じるリスクも低減。サーバのトラブルが生じてもデータセンターですぐに対応できるようになった。
1人1台のタブレットPCを円滑に活用するためには、無線LAN環境の構築が重要なポイントだ。
「同時に41台以上のタブレットPCを使用できる」「画面転送装置を介してタブレットPCの映像を教室内で共有できる」環境を条件に検討を重ね、平成29年度、全小・中・特別支援学校にAP「WAPM―1750D」を計932台整備。それを集中管理できるソフトウェア「WLS―ADT」も導入してデータセンターで一元管理できるようにした。
機器選定の際にはネットワーク接続テストを、おおよそ2年をかけて丁寧に実施。様々な負荷をかけてトラブルや転送遅延の回避などを検証して選定した。
導入したAPは、45台以上のタブレットPCを接続しても動画再生や画面転送の際に遅延が起きにくい「公平通信制御機能」や、本体に有線LAN端子が2つ搭載されていた点が特に評価されたという。画面転送装置を使用する際には有線LANでネットワークに接続する必要があるため、有線LAN端子が2つあるAPで配線を分岐すれば、ネットワークを分配する機器のスイッチ増設などが不要になる。整備数が多いため、工数減はコスト削減につながる。
932台のAPは普通教室、少人数教室、PC室などの特別教室、職員室、体育館に設置。前回の整備では事故や悪戯防止のために教室等の廊下に設置したが、今回の整備では教室内に設置した。
学校規模により各校11~29台、計932台のAPを設置する大規模工事であったが、スイッチ増設が不要だったこともあり、期間内に作業が完了できたという。
ネットワーク等の運用・管理も情報システム課が行っている。
「情報端末が多いほど、データセンターでAPを一括管理するメリットは大きい。設定変更を一括で行うことができ、ネットワークに不具合が生じた際の原因特定をすぐに行うことができる」という。
新宿区教育委員会では情報システム課と事前に調整・検討する場を定期的に設けている。目標とする教育ビジョンは教育委員会で決め、その実現に向けた整備計画の立案、どのような順番で進めるか、どこが何を担当するかなどを事前に首長部局の企画政策課や財政課とも協議しながら進めていることもあり、予算を計画的に計上することが認められている。
新たに導入したタブレットPCはSurfacePro4。ペン入力もキーボード入力もできる。キーボードの着脱や充電がスムーズである点を重視して、純正キーボードを仕様に入れている。
電子黒板機能付き超短焦点プロジェクターはレール型で設置。手元で操作できるスイッチャーも配備して、画面転送装置と接続し、タブレットPCを無線接続できるようにした。前回は教員の取り組みやすさに配慮して「従来の黒板に板書する感覚」を重視してスクリーン兼用ホワイトボードと超短焦点プロジェクター、実物投影機を配備。今回は「電子黒板機能も使える」ようにして教員の自由度を高くした。
実物投影機は、4K対応の最新機種を導入。大画面で質感のある画質が投写できる。グループ学習などで持ち運びして活用するというニーズが増えていることから、軽量で持ち運びしやすい点はメリットだ。
主なソフトウェアは、授業支援ソフト「SKYMENU Class」、協働学習支援ソフト「ミライシード」、デジタル学習教材「おまかせ教室ラインズeライブラリ」、IT資産管理ソフト「SKYSEA ClientView」など。
「教員がタブレットPCを使いやすいように様々な授業スタイルに対応できる内容とした。IT資産管理は運用管理の基本。操作履歴は蓄積しており、いつでも必要なときに確認することができる」と語る。
これらを活用した事例集やICT活用推進のためのリーフレットは、教育委員会で委嘱した情報教育を担当する教員で構成される情報教育推進委員会が中心になり作成。今後、さらに事例共有を進めていきたいと語る。
教員研修も継続して充実を図っている。昨年度は各校の情報教育推進リーダーの教員が集まり、授業実践を考える研修を実施。今年度6月にも、情報教育推進リーダー向けに研修を行い、より校内での活用を図っていく予定だ。
「平成21年度からの整備・活用推進により、教員の一斉指導を中心としたICT活用は成果が上がっている。今回は、児童・生徒の協働的な学びを深める授業にICTを活かしていく方向で環境を整備した。その狙い通り進むように支援を継続していく」と語る。
整備をこれから控えている教育委員会に対しては、「どのような教育を実現したいのかを明確にしてそれを実現できる環境を、首長部局と必要に応じて連携しながら計画推進していくこと。まずは全員が使いやすいICT環境の整備が最初の一歩」と話した。
教育家庭新聞 教育マルチメディア号 2018年5月7日号掲載