東北大学大学院 情報科学研究科 「学校におけるICT環境整備の在り方に関する有識者会議」座長 堀田龍也教授 |
次期学習指導要領が告示された。各教科での情報活用能力育成やプログラミング的思考力の育成、小学校英語や道徳の教科化、主体的・対話的で深い学びの実施など、教科・内容共に大きな変革が見られる内容だ。これを実現するためには今後、どのような準備を始めれば良いのか。現在、文部科学省「学校におけるICT環境整備の在り方に関する有識者会議」座長を務める堀田龍也教授(東北大学大学院情報科学研究科)に、次期学習指導要領のポイントとICT環境整備について聞いた。
中央教育審議会は2年間の審議を経て昨年12月、2020年度から始まる次期学習指導要領の最終答申を示しました。
この答申では、子供たちが、複雑で予測困難な時代を前向きに受け止め、社会や人生をより豊かなものにすることができるようになることを目指して、学校と社会が共有すべき「社会に開かれた教育課程」を提言しています。
諮問「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について」(平成26年11月)が中央教育審議会に出された当時、日本の様々な教育課題が顕在化していました。
まずは大学で学んだ学生を社会で再教育することが当然であった状況を是正するため、即戦力を育むための「アクティブ・ラーニング(A・L)」実施に向けた大学改革の動きが既に始まっていました。
そこで、次期学習指導要領においてはA・Lを大学から始めるのではなく、高校や小中学校から展開すべきであるかどうか、展開する場合はどのように展開すべきかを検討せよというのが諮問の内容でした。
諮問を受けて中教審では約2年間検討を進めました。
「教えてもらって初めてできること」は学年が下がるほど多く、学校種によってA・Lとのバランスは異なることが予想されます。そこでまず着手したのが、新たに設置した「教育課程企画特別部会」における「骨太の方針」です。
教科の枠にとらわれない方針の検討は日本の教育史上、初のことでした。 その中でたどり着いたのが、「情報活用能力」は「言語能力」と同様に、各教科におけるA・Lを円滑に進めるための基盤となる能力である、という考え方です。
一般社会においても、仕事の早い人にはスキルがあります。このスキルは、情報活用能力とほぼ同義です。1人1台のPC活用が一般企業では当然である中、社会に出てすぐに活用できる力を育むことが求められていますが、これは、単にキーボード入力ができるレベルではありません。ネットワーク上での振る舞いやコミュニケーションの進め方、情報収集やその活用、テキストの理解や構造化、練り直しや再構築、それに基づくプレゼンテーション、チームによる問題解決や協働など、その多くがICTを媒介とした「情報活用能力」と言えるものです。
情報を集める、正しく理解する、構造的に整理して伝える、保存したものを振り返って自らの学びの成果を確認できるなどの力を身に付けることができれば、国語や社会など各教科において深い学びにたどりつきやすくなります。情報活用能力は、学習の基盤となる能力だということです。
次に、「骨太の方針」に則った各教科目標の見直しです。
新しい時代にふさわしい力の育成に向けた各教科の役割を見直す過程で、英語教育スタートは学年を下ろすこと、道徳の教科化、小学校からのプログラミング教育、高等学校における科目の再編などが1つひとつ決まっていきました。時間の制限がある中、各教科の目標を効率的かつ効果的に進めるため、ここでも子供の情報活用能力を基盤として身に付けることの重要性が指摘されています。
答申後、パブリックコメントに届いた約2000件の意見を整理・反映し、次期学習指導要領が3月31日、告示されました。小学校では3年後に、中学校はその翌年に開始するもので、教科書の準備を始めとする様々な動きが既に始まっています。
答申を受け、次期学習指導要領の総則では「情報活用能力を学習の基盤として育成」すること、そのために必要な「ICT環境整備」を求めています。学習指導要領は国として定めた基準ですから、ここでICT環境整備まで言及されたことは画期的なことです。
ではどのような環境を整備すべきなのか。そのための財源をどうするのか。
A・Lの時間確保のためには、基礎的・基本的な知識・技能の習得は、効率的に行う必要があります。
そのため、今後も大型提示機器やデジタル教材、実物投影機などは変わらず必要なものとされるでしょう。
一方学習者中心の学習を展開するために、学習者用端末を活用する学習活動が求められています。
学習者用端末を活用した円滑な授業進行のためには、無線LANなどを始めとするネットワーク整備も必須事項です。
現在進行中の「学校におけるICT環境整備の在り方に関する有識者会議」では「教育ICT環境整備指針(仮称)」策定に向けた論点整理をしているところです。
ここでは、次期学習指導要領が目指す学習のために「絶対に必要なもの」を整理。最優先すべきICT機器などを指針として示す方向です。
これにより学習者用端末や無線LAN、大型提示機器の整備が求められることになりそうです。
国民の税金でどこまで責任を持つのか、というのが政策です。しかも、生産年齢人口の減少から納税額は年々減っており、介護費などは増大しています。
そんな中、教育予算を確保していかなければなりません。「教育ICT環境整備指針(仮称)」では教育予算の積算根拠のために「最優先」すべきものを示すことになりますが、示されていないものが不要というわけではありません。「あったほうが良い」ものは多様にあり、機能も日々進化しています。今後の学校は「特色」を出すことが求められていますから、各学校目標を実現するための整備は何かを各自が考え、選択していくことが重要です。
モノに予算をつける国庫補助金の可能性は低いことから、これからも地方交付税でそのための予算を積み上げ、各自治体でそれに対応した計画を考えて学校の教育環境を整備することになるでしょう。
小学校におけるプログラミング教育も実施されます。ここでは、全ての子供がプログラミングを「体験」することで「コンピュータは迅速に命令を処理するもの。しかし命令された通りのことしかできない」ことを体験を通して実感することが求められています。
これにより、「コンピュータにどのような命令をすべきかについて、考えることが人間の役割であり、それを考えることができる能力を身に付けるために学ぶのである」ということを実感すること。それによって学習意欲を育み、視野を広げることが、プログラミング教育第一段階の目標です。
しかし学校の教員のみで行えることには限界があり、地域人材など外部リソース、企業CSRなどの活用が求められています。
そのため、学校における外部人材を活用しやすい仕組みづくりを準備しているところです。
次期学習指導要領の確実な実現に向けて、学校管理職には、これまで以上に経営的なセンス、いわゆる「カリキュラム・マネジメント」能力が求められることになります。
1年目の学習で身に付いた力を2年目で活用していくため、カリキュラムは、毎年見直して作り直す必要があるでしょう。国や教育委員会の趣旨を理解してプログラミング教育や英語教育を始めとする様々な学習の実施のために多様な人・団体とつながり、外部リソースを活用して、その学校の持ち味を活かす教育内容を考えなければなりません。
円滑な学習のための情報端末の数は足りているのか、ネットワークは十分か、教材はどうかなどについても常に見直し、改善が必要です。
規模や地域の特色など各校の状況はそれぞれ異なるため、教育委員会で一括して整備していくことは今後、難しくなるかもしれません。そうなると各校の判断が一層、重要視されていきます。安価な情報端末を大量に導入して壊れても代替機を活用する、という消耗品としての活用を選択する学校も出てくるでしょう。LTE端末と無線LANを併用する学校、安価な端末とハイスペック端末を併用する学校もあるかもしれません。
最低限必要なものを整備したら、次は各校の特色を強化していくための整備を考えることになるでしょう。
次期学習指導要領の円滑な実施のため、プログラミング体験の必要性の整理やデジタル教科書活用のための法整備など、様々な準備も同時に進められています。これらの新しい仕事を進めるためには、教員の業務の効率化を進める必要があります。そのための校務の情報化、教育情報セキュリティポリシーの策定についても現在審議中で、準備を進めているところです。
今後、新しい「教育の情報化に関する手引」がまとめられます。公表は学習指導要領の全面実施の前年になりそうです。そのための検討が早々に始まるでしょう。手引ではこれまでの審議のまとめや次期学習指導要領、予算など様々な要素をわかりやすく集約、議会などで活用しやすくします。これに基づいて各教育委員会や学校は予算を確保して環境を整備、次期学習指導要領で求められる学習の準備を進めることになります。