教育環境整備で求められる「費用対効果」。これを実証する指標の1つとして、豊福晋平氏(国際大学グローバル・コミュニケーション・センター主幹研究員・准教授)は、「死蔵率」という視点を提示した。「情報機器の『死蔵率』は、『普及率』が高いほど低くなる傾向にある」と述べる。
「死蔵率」は、整備されたICT機器が実際に活用されているかどうかを判断するものとして豊福氏がPISA(国際学習到達度調査)2015の質問用紙「情報機器利用・学校項目」から算出したものだ。
PISAでは「次のもののうち、学校であなたが利用できる機器はありますか」と尋ねている。選択項目は「はい、使っています」「はい、ありますが使っていません」「ありません」の3つ。
このうち「はい、ありますが使っていません」の数値に着目。これを、配備されているにも関わらず使っていない「死蔵率」と呼び、その数値と「普及率」や国の施策との関連について分析した。なおこの項目に回答している国/地域は47。
47か国で情報機器別に死蔵率を「プロジェクター」「電子黒板」「情報端末型PC」の3つで分析すると、日本はいずれも死蔵率がトップもしくは3位以内ときわめて高い。日本の情報機器は47か国・地域の中で「死蔵率が高い」ことが分かる。
そこで、死蔵率と普及率の関係で検証。すると「普及率が高いほど死蔵率が低い」傾向が見られた。普及率が1%上がると、死蔵率は0・72%減少している。
国や情報機器別にさらに細かく見ると、「普及率が高いにも関わらず死蔵率も高い」例も中にはある。例えば韓国は、日本よりも相対的に普及率は高いが、死蔵率は日本以上に高い。
BYOD政策をとっているデンマークは、デスクトップPCの死蔵率が高い。
英国は、電子黒板の普及率は高いが死蔵率も高い。同様に普及率の高いデスクトップPC・ネット接続・データ活用については、死蔵率が低い。
豊福氏は「『普及率』と共に『死蔵率』に影響を与えているのは、国の政策が有効に機能しているか否かである」と指摘している。
OECD諸国間の中において日本の情報機器の普及率は低い。まず普及率を上げることが死蔵率を下げるポイントだ。さらに、「普及率を上げた」にも関わらず「死蔵率が下がらない」という状況に陥らないための方策もまた必要だ。
豊福氏はPISA調査2015から、日本の子供のPC・インターネット活用やその用途について傾向を分析した。
それによると「家庭に勉強で使えるPCがある」は72か国中62位。「校外のPCで宿題をする」は47か国中47位と、PCを使って学習する環境経験も不足している。
一方で、「家庭に3台以上の情報機器がある」割合は6位と上位。その内訳は、スマホ、携帯音楽プレーヤー、ゲーム機が高めで、PCや情報端末は低い。主な用途は、チャット、ゲームなどで、サービスを消費する利用は高いが、SNSによる情報入手、創作物の公開共有は低い。日本の子供のネット利用は、社会的活動や知的生産を志向していないことがわかる。日本においては、普及率が低いことに加え、ICTについてのネガティブな傾向が強いことが絡み合うことで死蔵率が高くなり、十分な成果が得られていないと指摘した。
豊福氏は「死蔵率」に着目した理由について、「情報機器の整備について、その効果を学力で測定することは難しい。機器以外の要因が複雑過ぎるうえに個人差も大きい。実際には、整備実績や稼働率を費用対効果のエビデンスとみなすことが多いが、これらの数値では、実際に活用されているか否かは証明できない」と語る。学習者目線の死蔵率は現実的な活用度を測る指標としては有効ということだ。
情報機器の活用促進のためには次の点を解決していく必要があるとした。▼機器が十分活用されないことを前提とした劣悪な環境整備の横行などの「目標の瓦解」▼活用に積極的な一部の教員と、活用を嫌悪する教員などコンセンサスが存在しないなどの「目標の不調和」▼ネット依存による学力低下や健康、発達阻害など、ICTの利用について執拗に社会の不安を煽る「目標の疎外」