副校長・教頭や小学校教諭の採用試験倍率が、2倍を切った自治体がいくつかあるそうです。産休や病休等で欠員が発生しても代員が見つからない、というような学校では窮余の策として教頭や教務主任等が代わって授業や担任をして、急場を凌いでいます。
新年度に入って最初の授業で子供たちの前で固まってしまい、言葉が出ない。その日以来、一度も出勤できない新規採用教員。校長が本人と連絡を取ろうとしても連絡がつかない。必要な時だけ本人から一方的にメールが送られてくるそうです。本人は次の日に医療機関を受診して、診断書を出してもらい学校に送り付けてくる。校長は医師の診断書が出た場合には従わないといけないのですが、急に言われても代替教員はどこにもいないし、困り果てているようです。
教員の前に社会人として疑問符がつく教員が存在するようです。
その一方で、定年の延長により65歳を過ぎても現役で働いている教員を時々お見かけします。貴重な戦力であるだけでなく若手教員の見本や相談相手になって頂けると、学校としても心強い限りです。しかし、病院の予約があるからと平気で早退、放課後何もないから早く帰るなど、1週間丸々学校に勤務できた日はない。「やれない」、「出来ない」という話を他の教員の前でするものだから、ますます周りの教員との溝ができてしまい、顔色がさえない校長もいます。
学校の働き方改革の一環として教育委員会は、月の残業時間を45時間以内(放課後2時間程度)に収めるよう要請。80時間を超えたら専門家の指導が入ります。何を基準にこのルールを設定したのか疑問に感じます。中学校では部活動を終えて生徒を帰宅させるだけで2時間くらい経ってしまいます。
これまで現場の教員は、勤務時間内では終わらない無理な内容や量の仕事を頑張ってきました。その教員の「善意」と「奉仕の精神」にどれだけ助けられた子供や保護者がいたことか。教員のメンタルヘルスの悪化の原因の一つが、この「学校現場の実態」と「教育政策」との乖離ではなかったでしょうか。
新しい教育政策を始める際は同時に、「これはやらなくてもよい」とスクラップするものも明らかにしてほしいのです。
学校は「地域に根差した」とか「地域に支えられた」側面が強く、地元との結びつきから、むやみに学校行事等をやめられない面もあります。「地元(保護者)の要望に応えたい」、「行政の指導にも従いたい」。この2つの相反する価値観の間で葛藤しながら頑張ってきた教員に対する世間の評価が「ブラックだ」「このままでは教員のなり手がいない」では、メンタルも一気に崩壊に向かう心配があるのです。
学校を巡回相談して、必ず聞くことにしていることがあります。「いま、学校現場に本当に必要なものは何ですか?」と。するとほとんどの教員が①「教員の給料を上げること」②「教員の数を増やすこと」③「不適格教員をやめさせる法整備」をあげます。
現行の勤務時間の長さに対する対価が教員の働くモチベーションに繋がっていないのは大きな問題です。一人の教員が教科指導・学級経営や部活動指導のほかに生徒指導・保護者対応等、すべての要求に応えようとするほどメンタルが崩壊に向かいます。
教員不足解消を目的に、様々な手段を講じて教員のなり手を増やす努力が続けられていますが、その一方で、子供の前に立てない教員、組織のルールに従えない教員等を学校現場が抱えたままでいるのも問題です。このままでは負担感を募らせた教員が疲弊をしていき、その職場から休職者の連鎖が発生する危機性が高まるからです。
筆者=土井一博(どい・かずひろ)順天堂大学国際教養学部客員教授
教育家庭新聞 健康・環境・体験学習号 2022年7月18日号掲載