7月の木曜日の朝、T小学校の校長室の電話が鳴りました。その学校に2人の兄弟を通わせている母親からの電話で「父親が職場でコロナ感染した疑いが強く、保健所の話では、家族全員が濃厚接触者にあたるようです。幸いにも家族以外には濃厚接触にあたる人物がいないために、とりあえず父親はホテルで隔離され、残りの家族は2週間の自宅待機を命じられました」との連絡でした。校長は直ちに教育委員会に報告すると同時に、いくつかの危機対策に乗り出しました。
保健所からは、学校自体は翌週の月曜日より再開できるとの判断が示されました。まず校長は自らが地域を回り、コロナに起因する差別や偏見等に関する講話をして頂ける方を探しました。
次に2人の学校復帰に備えて、全校教職員によるコロナ問題に起因した人権や差別等をテーマにした「道徳の授業」の実施を決定しました。特に2人の在籍する3年生と5年生の学級では、授業公開を行うことになりました。
そのような校長の「外向きの姿勢」に対して、校内では2人の担任が、自分のクラスの子供達に今まで以上に3密にならない工夫や手洗いの更なる徹底等、毎晩遅くまで細かなところまで尽力するギリギリの精神状態。他学年では休み時間になると子供達は時に大声を出しながら、密になって遊んでいる光景が見られ、コロナ対策に関する担任間の指導には「かなりの温度差」がありました。
2人が在籍するクラスの担任は「我々が一生懸命にコロナ対策を徹底しているのに、なぜ他の担任は足並みがそろえられないのか」と怒りに震えていました。
2人の担任は、2人が学校復帰をする際に備えて、毎日、保護者や関係各機関への連絡に奔走し、朝や放課後の消毒作業、教材研究等に追われて、今まで以上に仕事を「密に」詰め込まれている状態。校長の判断で道徳の公開授業を実施決定し、その指導案の作成まで命じられていました。
学校が危機状態に遭遇した時、多様な対応が考えられる中でも、最も大切なものの一つには、管理職や教員が「同じベクトル」を向いているかという事があげられます。対応の大筋の流れとしては、職員会議等で今回のコロナ対応に関して、各クラスの子供たちには、全校的にはこのような内容のことを伝えようという共通認識が図られます。次に、学年ごとに更に具体的にこのような内容のことに焦点を絞って伝えようという再確認がされ、各クラスの担任を通して子ども達に指導が徹底される流れになります。
今回の場合には、「何とかしなくては」という認識は共有されているのでしょうが、校長は外向きのベクトルで対外的な対応を通して「やっている感」を醸し出す一方、校内では教職員の指導には温度差が顕著で、一部の担任だけがギリギリの状態。それに対する他学年の教員のサポートが具体的には得られていない状況などを見ると、同じベクトルを向いているとはとても言い難い状況です。
こんな時だからこそ、日頃の管理職のリーダーシップが問われますが、様々な複雑な事情や背景を有し、なかなか教職員全体が同じベクトルを向けない要因を有しているようでした。
筆者=土井一博(どい・かずひろ)順天堂大学国際教養学部教職課程客員教授、教職員メンタルサポートネットワーク協会代表、埼玉県川口市教育委員会教職員メンタルヘルスチーフカウンセラー
教育家庭新聞 健康・環境・体験学習号 2020年8月17日号掲載