広島の高校生たちが、広島の原爆の絵を描いている。被爆者の声を聞き取りながら1年をかけて1枚を描く『次世代と描く原爆の絵』プロジェクト(以下、プロジェクト)は、2007年にスタートした。戦争と原爆の記憶をどのように若い世代に引き継ぐのか。証言者と、絵を描いた高校生たちを取材した『平和のバトン』(くもん出版)で紹介している。
広島に原爆が投下されてから75年近く。被爆者が高齢化する中でその記憶を次の世代につなぐことが課題となっている。
プロジェクトは、被爆者たちが「このままでは、原爆のことが忘れられてしまう」と勇気を振り絞って話しはじめた声と彼らが見た光景を、高校生たちが1年をかけて1枚の絵にしていくもの。広島平和記念資料館が広島市立基町高校に依頼し、07年からスタートした。
同校は県内有数の進学校。美術が専門に学べる学科として、創造表現コースが各学年に1クラスずつ設けられている。プロジェクトに参加するのは1、2年生の有志の生徒。本書ではその中から4組の証言者と高校生を取材している。
平和教育は小中学校でひと通り受けている広島の高校生でも、戦争や原爆を想像することは困難だ。証言者は、そんな彼らに絵にしてもらうことの難しさに直面する。
生徒たちは証言を正確に描くことが求められるが、証言者は、その体験が衝撃的なゆえに覚えていないこともたくさんある。生徒たちは時代背景や当時の生活などを当時の写真や資料にあたって丹念に調べ、確認をしながら描いていく。「自分ひとりでは描けない。証言者といっしょでなければ描けないのです」とは生徒のひとりの言葉だ。
生徒たちが参加する動機はさまざまだ。第1期の生徒は「自分たちが描いていいのかな?」と少し心もとない気持ちでスタートしている。自分の祖父の証言を聞いて描く生徒もいる。小学生の時にプロジェクトを知り、参加したいと思ったことをきっかけに、同校を目指す生徒もいるという。
卒業後、参加生徒は語る。「戦争や原爆を今につながる問題としてとらえるようになった」「知識を持つことが大切だと思い知らされた」。生徒たちが「記憶」を「記録」する過程で、証言者たちから受け取ったものの大きさが伝わってくる。
生徒の指導を行っている橋本一貫教諭は生徒たちに、「生半可な気持ちや、完成する自信がないのであれば止めなさい」と何度も忠告し、精神的に不安定になる生徒がいればすぐに止めさせる、時間をおいて様子を見るなど、生徒一人ひとりに気配りを欠かさない。プロジェクトはこれまで40名の証言者の話を111名の生徒たちが、134点の絵にしてきた(18年夏時点)。原爆の凄惨な場面を描くことは生徒たちにとって容易ではない。しかし10年あまりの取組の中で、途中でリタイアした生徒はいまだひとりもいないという。
教育家庭新聞 健康・環境・体験学習号 2019年8月19日号掲載