年々、各地の教育委員会や教職員団体より講演や研修会の講師依頼の件数が増えています。実際に教職員の皆さまからお話をお聞きする中で、教員のメンタルヘルスに関して最も気になっているトピックは、「コミュニケーション能力における『受け入れる力』」です。
特別支援関係、不登校、いじめ等の解決過程において、保護者や子供に対する教員のコミュニケーション能力が問われる場面があります。昨今の若手教員の傾向として、一般的に一流と呼ばれる大学や大学院を経て教員になる人もおり、自己アピール力を含めた「伝える力」においては優秀な教員が増えています。
コミュニケーション能力と聞くと、思いをいかに上手に相手に伝えるかというスキルを含めた積極的な面を想像しがちです。もちろんそのような側面も大事ですが、今最も不足し、かつ必要性が高まっているのは「相手を受け入れる力」「聞く力」です。
若手教員は優秀ですが、それ以上に「先輩教員のいうことを聞かない若手教員が増えてきた」という話を耳にします。これを「プライドが高いから」というひと言で片付けてしまうのは、大変危険です。「困っている」子供や保護者にとっては、教員が自分たちの思いを受け止めてくれるかどうかが重要なのです。
例えば、特別支援が必要な小3(A君)の母親との面接場面で、担任のB教諭は母親を学校に呼び出し、「A君を出来るだけみんなと同じように扱うようにしていますが、実際には出来ないことが多すぎて困っています」と、唐突にA君の学校生活の様子を説明しながら、担任としての「困り感」を必死に伝えました。A君の母親は「うちの子は確かに皆さんにご迷惑をおかけする場面も多いと思いますが、親としては出来るだけ普通学級で生活させたいと思っています」と切り出しました。
学校現場ではよく見られる局面だと思いますが、どちらが「正しい」「間違っている」かに視点がいくと、学校と保護者が「敵対する(向き合う)」、話がこう着状態に陥ります。B教諭は母親の話は聞いていますが、母親の「不安な気持ち」を受け止めてはいません。
A君の母親も心のどこかでは「このままではいけないな」という思いを抱えつつも、我が子の現実を受け入れるまでに時間がかかり、不安な気持ちで一杯なのです。みんなと同じことができない我が子の現実を目の当たりにし、「出来るだけ普通学級で」と懇願する親の気持ちを考えると、担任としてどのような言葉かけが出来るでしょうか。
大切なのは、A君を取り巻く大人(親や教員)たちが一堂に会し、A君の全体像を明らかにした上で具体的な対応を考える過程を大切にしながら、「一緒に支えていく」という関係を構築することなのです。すでに頑張っている母親に対して「頑張れ」という励ましは必要なく、「ここまで良く頑張ってこられましたね(労い)」とか「お母さん、ここまでしんどかったね(共感)」という言葉かけが出来るような感性をもった教員であってほしいと願います。そして「これからは『独りで頑張らないでね』、私も学校も応援しますから、一緒にお子さんを支えていきましょう」という話ができる頃になると、両者が「同じ方向」を向いた関係が構築されています。
コミュニケーション能力は、伝える力よりも「相手を受け入れる、受けとめる力」です。これは、教員が関わる全ての人との関係の中で求められる「必須のアイテム」でもあるのです。
【2015年6月15日号】