日本財団はGoogleの慈善事業部門であるGoogle.orgからの300万米ドルの支援を活用し、非営利団体をデジタルの力で支援する「デジタルトランスフォーメーション基金」を設立。この基金設立を記念して、シンポジウム「ソーシャル・セクターのDXを考える~誰一人取り残さないデジタル社会の実現に向けて~」を12月5日に開催。初代デジタル大臣である平井卓也氏による講演やNPOの代表からデジタルツール導入の経緯などが語られるパネルトークが行われた。
<基調講演 衆議院議員 平井卓也氏(初代デジタル大臣)>
■誰一人取り残さないデジタル社会を目指して
平井氏によるとデジタル庁を作る際、最初に行ったことは2001年に施行されたIT基本法の全面的な見直しだった。そこからデジタル社会形成基本法が改めて施行され、「誰一人取り残されないデジタル社会」が目指されることになった。デジタル化というのは格差を生みやすい側面があるが、誰一人取り残さずにデジタル化を進めることでイノベーションが生まれることを期待する。
■デジタル活用支援員で高齢者などをサポート
デジタルで誰一人取り残されないためにデジタル活用支援員を任命するが、これは高齢者などがデジタルの恩恵を受けられるようにアシストするもの。誰一人取り残さずにデジタル化を進めるためには、どうやって人と人がつながっていくかが重要なポイントとなる。インターネットには影の部分もあるが、モラルを守ってデジタル化を進めるよう力を注いでいきたいとする。
■社会貢献型のスタートアップを支援
政府ではスタートアップ育成5カ年計画をまとめており、5年間でスタートアップに対する投資額を10倍にして社会貢献型のスタートアップを応援していく。平井氏は今の状態を変えることを恐れずにチャレンジしてもらいたいと語る。
<事例紹介&パネルトーク>
事例紹介&パネルトークでは実際にDXの導入に取り組んでいる、(公社)エイブル・アート・ジャパン、(公社)チャンス・フォー・チルドレン、(一社)コード・フォー・ジャパンの3団体から、デジタル技術の活用例などが紹介された。司会はコード・フォー・ジャパン代表理事の関治之氏。
【エイブル・アート・ジャパン「ゼロからのデジタルツール導入で直面した課題」】
■コロナ禍でもオンラインでアート活動を展開
エイブル・アート・ジャパンでは障害のある人が、アート活動ができる環境をつくっている。新型コロナウイルスの感染拡大により、特別支援学校に通う児童の25%が感染を恐れて学校に通えない状況が続いていたが、代表理事/事務局長の柴崎由美子氏によると、エイブル・アート・ジャパンではオンラインを活用したアトリエやスタジオなど集まりの場を提供してきたという。ミュージアムと障害児がオンラインでつながり、文化芸術の新しいアクセスを探る試みに挑戦したほか、オンラインを介した鑑賞プログラムを試行するなど可能性を探ってきた。
■オンラインから新しいつながりが生まれる
また、新型コロナウイルス以降、これまで対象外だった引きこもりや対人恐怖症の人と新たなつながりが持つことができたとする。さらに、忙しい福祉施設の関係者がオンラインで会議に参加できるようになるなど、障害のある人を取り巻く支援環境が進んできた。現状ではデジタルツールの活用法を学びながら、各事業への参加や支援を行っている。
■デジタルの普及により変わりゆく福祉現場
少し前までは福祉施設にWi-Fiが通っていないのは当たり前だったが、国の支援も始まり、福祉現場でもデジタルの恩恵が受けられるようになってきた。コロナ禍においてはヒューマンケアの現場の状況を把握し、対話や理解を深めることが重要となる。
【チャンス・フォー・チルドレン「業績プロセスのデジタル化による成果と課題」】
■放課後の学習などで使えるクーポンを提供
チャンス・フォー・チルドレンは放課後に生まれる子供の教育格差に着目し、事業を通じて家庭の経済格差による子供の教育格差の解消を目指して取り組んでいる。主な取組は、放課後の学習や体験活動などに利用できるクーポンを提供する「スタディクーポン事業」と、大学生ボランティアがクーポンを利用する子供の相談に応じる「ブラザー・シスター事業」となる。
■デジタル化に向けスタディクーポンの電子化を推進
スタディクーポンの仕組みは企業や個人からの寄付金をもとに、経済的に困難な世帯の子供たちにチャンス・フォー・チルドレンがクーポンを提供。子供たちはクーポンを使ってチャンス・フォー・チルドレンと提携している塾や教室の授業を受けることができる。当初、クーポンは紙で提供していたが、2019年から2021年にかけてスタディクーポンの電子化など業務のデジタル化が図られた。
■紙のクーポンの発行に追われる職員の業務を見直し
デジタル化の背景としては、職員がクーポンの発行事務や領収書発行に追われていたことと、クーポンを紙で発行していたのでは事務局体制を拡大するのに限界がきていたとチャンス・フォー・チルドレン代表理事の今井悠介氏は語る。そこで電子クーポンを発行するデジタル化などに着手した。これにより事務の負担が大きく軽減されるとともに、誰がどこでクーポンを使ったかなど利用状況が分かるようになった。
■デジタル化に向け時間をかけてクーポンの電子化を進める
課題としてはデジタル化を担う内部人材を育てていくことや、PCやスマートフォンを使えない家庭への対応などがあげられる。クーポンのデジタル化を進めていく中で、デジタル化に対応できない人が出てくることを想定しながら職員が時間をかけて説明を進めていった。また、塾や教室もクーポンの電子化に対応が困難なところもあり、本格導入に向けて、かなりの時間を設けたという。
【コード・フォー・ジャパン「シビックテックアプローチですすめるDX」】
■テクノロジーを活用して社会課題を解決
コード・フォー・ジャパンは社員以外にSlackというコミュニケーションツールでつながる約7000人の仲間が様々なプロジェクトを進めている。コード・フォー・ジャパンが掲げる「シビックテック」とは市民が技術を活用して社会をアップデートすること。市民と行政がともに課題について考え、企業や大学NPOとも連携し、テクノロジーやデータを活用しながら社会課題を解決していく。
■NPOにITに関するアドバイスを行う人材を紹介
NPOだけでは難しいデジタル化をコード・フォー・ジャパンがサポートすることで推進していく。現在、不足しているIT人材もソーシャル・テクノロジー・オフィサー(STO)創出プロジェクトによりカバーする。STOとはNPOの組織の内側に入り、ITに関するアドバイスを行い、実践を主導する人材とプログラムディレクターの山崎清昭氏は語る。
■コロナ禍におけるNPOのオンライン活動を支援
特に2022年以降は、コロナ過により対面で行ってきた活動が困難となったNPOに対して、オンラインで活動を提案するなど様々な支援を行っている。多くのNPOはTwitterなどを使って情報を発信したいという要望が多い。また、どのようにテレワークを行っていけば良いかという悩みに対応している。STOはSlackでつながった7000人の中からボランティアまたは有償でNPOの支援にあたる。
■NPOとデジタル化をサポートする人材との話し合いが大事
NPOもデジタル化をSTOに任せきりにするのではなく、STOの人材もNPOの活動内容を理解してデジタル化を進めることが大事。一方的にシステムを作るのではなく、対話の中で何が必要かを理解しながら進めていく。NPOとIT人材が協働するには以下の7つがポイントとなる。①同じ目線に立ったフラットな関係、②しっかりとビジョンを共有すること、③リスペクトしながら柔軟に進めること、④丸投げしないでともに考える、⑤判断できる人が担当する、⑥コスト感覚をもつ、⑦作りながら歩み寄る。
<デジタルトランスフォーメーション基金 支援団体>
デジタルトランスフォーメーション基金による支援は、(特非)MORIUMIUS、(一社)アルバ・エデュ、(特非)D-SHiPS32の3団体に対して行われた。各団体の事業概要や今後の展望などは以下の通り。
◆一般社団法人アルバ・エデュ
アルバ・エデュは子供のプレゼン力の向上ならびに自己効力感を高め、生きる力を育むことに取り組んでいる。日本の教育は読み・書きに比重が置かれ、コミュニケーションにつながる話す力や聞く力は軽んじられる傾向にある。そこで子供たちの話す力を高めるための活動を8年前から開始した。
2020年からはコロナ禍により学校が休校となる中、プログラムのキャンセルが続くなど活動にダメージを受けた。活動を継続するため、オンラインでの授業を開始。各界の著名人がオンライン授業に参画したことにより回を重ねてきた。
今年度からデジタルトランスフォーメーション基金により、「子ども第三の居場所」の拠点数を増やしており、スタッフからは「子供の話す力がついた」などのコメントが寄せられている。すべての子供に話す力や生きる力をつけるため、オンライン授業で得られた知見とリアルの現場で行ってきた出前授業などのコンテンツを合わせて、教育のDXを進めていく。
◆特定非営利活動法人MORIUMIUS
MORIUMIUSは東日本大震災をきっかけに宮城県石巻市に自然学校を開校。廃校となっていた小学校を宿泊施設として利用。他地域の中学生が1年間にわたって漁村留学を体験する長期宿泊事業も実施。森と海に囲まれた自然豊かな地で自然との共生が行われている。
新型コロナの影響で宿泊施設の滞在者がいなくなるという事態に襲われたが、2022年6月からオンラインプログラムを実施。デジタルトランスフォーメーション基金を活用して小中学生を対象に全国12拠点で食育オンラインプログラムを実施していく。
食育オンラインプログラムは料理を作ることが目的ではなく、食材を通じて生産者とつながる120分のプログラムを東京大学農学部監修のもと実施。最初は包丁を持つことを怖がっていた子供たちが回を重ねるごとに自信を持って包丁を扱うようになっていくという。
◆特定非営利活動法人D-SHiPS32
特別支援学校や長期入院中の子供たちは屋外で遊んだり、学ぶ機会が限られているが、D-SHiPS32では多くの体験を子供たちに届けるためキャンプやパラスポーツなどを提供してきた。さらに新型コロナにより体験が不足する中、デジタルトランスフォーメーション基金を活用し、メタバースでとっておきの体験をプレゼントする。
ジェットコースターなど普段は体験できないことをメタバースの中で体験する「遊びの拡張」、電車に乗ったり、歴史的建造物を観覧するなどメタバースで知的好奇心を刺激する「学びの拡張」、学校と連携したワークショップなど「繋がりの拡張」の3つの拡張を目指して活動する。
また、メタバースを活用したフォトコンテストなどを企画し、子供たちがこの企画を推進するリーダーとなる仕組みを構築する。今後、子供や保護者、特別支援学校の教員に対してヒアリングを行い、セキュリティ面もケアしながらメタバース空間を作成する。
【デジタルトランスフォーメーション基金とは】
Google.orgからの300万米ドルの支援により日本財団が設立したファンド。テクノロジーの導入により、新型コロナウイルスにより打撃を受けた非営利団体を支援する。困難を抱える人たちがDXを導入することでコロナ禍でも問題なく活動が行えるようにすることが目的となる。