政府は世界最高水準の研究大学を形成するため10兆円規模の大学ファンドを創設。その運用益により国際卓越研究大学への助成や全国の博士課程学生に対する支援を実施する。11月29日に行われた公開シンポジウム「大学ファンドを通じた世界最高水準の研究大学の実現に向けて~国際卓越研究大学構想への期待~」(主催:科学技術振興機構、共催:内閣府、文部科学省)では、国際卓越研究大学構想についての意義や背景などに関する講演に加え、各界で活躍するパネリストを迎えてパネルディスカッションが行われた。
【講演:内閣府 総合科学技術・イノベーション会議 常勤議員 上山隆大氏】
内閣府の上山隆大氏からは大学ファンドが目指すものについて説明された。大学ファンドでは10兆円ならびに年間3000億円という予算をかけてトップ大学を支援するが、地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージと連動しており、数校のトップ校だけを支援するものではなく、10兆円の大学ファンド以外にも様々な大学支援が行われる。
■地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージをトップ層以外の大学に提供
内閣府と文科省はトップ層以外の大学への支援を検討し、2022年度第2次補正予算案では2170億円+988億円の補正予算額を計上した。その内訳を見てみると、研究大学強化促進事業(基金)として1498億円、施設整備部分として502億円など。このように10兆円ファンドが注目を集めているが、それ以外の大学に対しても十分な資金の供与が行われるという。この資金は各大学が自らの力で大学の特色を考え、大学本部のマネジメント資金として提供される。
■従来とは異なるカテゴリーに挑戦する大学を支援
10兆円大学ファンドの目指すものとして、従来とは異なるカテゴリーを作ることが挙げられる。そのため既存の優れた研究を選ぶのではなく、異なるカテゴリーに入っていこうとする大学を支援するものとなる。日本のトップの大学でも世界のトップ層の大学とは研究環境などに格段の違いがあり、研究のアウトプットのレベルも異なっている。これを克服するには違うカテゴリーにチャレンジする大学を支援すべきと上山氏は語る。
■大学のインフラ改善を目指して
国際卓越研究大学の認定・認可に向けた基本的な考え方を、この2年間で内閣府と文科省は議論してきた。その結果、優秀な博士課程の学生の獲得、ダイバーシティへの担保、新しい研究領域の創出、分野横断的な対話や結合、研究時間の確保のための環境整備、研究者を支える事務組織・研究支援者など、このように大学のインフラを改善していくための資金として10兆円ファンドから生まれてくる3000億円は使われるべきだとする。
■新しいカテゴリーを作る大学の参画を望む
海外のトップ層の大学では海外出身の教員が3分の1を締めるなど、大学に入学すると全く別の空間が待っている。国際卓越研究大学では、そのような大学に変貌を遂げることが望まれる。日本における新しいカテゴリーを作っていくのが国際卓越研究大学の目指すところである。上山氏は新たに走ろうとしている動きに、どの大学が強い意志を持って参画するかを問いたいとする。
【講演:文部科学省 大臣官房審議官 木村直人氏】
文部科学省の木村氏からは国際卓越研究大学制度の概要について説明された。2021年10月の岸田首相の所信表明演説において、成長戦略の第一の柱は「科学技術立国の実現」と強調した上で「科学技術分野の人材育成の促進」「スタートアップの徹底支援」と並んで「大学ファンドの創設」が明言され、政府の重要戦略の一つとなっている。
■深く真理を探究して新たな知見を創造する
諸外国のトップレベルの大学の仕組みをモデルとし、大学ファンドを基金とし、それを運用することで大学の研究基盤や若手研究者に対する長期的かつ安定的な支援を行うことで、世界最高水準の研究大学の実現を図る。大学ファンドからの支援で事業規模が拡大することで、大学が持つ「深く真理を探究して新たな知見を創造する」という役割に加え、研究成果を広く社会に提供することが可能となる。
■高い研究力や自律と責任あるガバナンス体制が求められる
国際卓越研究大学では、①国際的に卓越した研究成果を創出する研究力、②3%成長を含めた実効性が高く意欲的な事業・財務戦略、③合議体をはじめとした自律と責任あるガバナンス体制の3つの観点から世界トップレベルの研究大学となるポテンシャルを有する大学として認定する。
■高いインパクトと明確なビジョンを持っているかを審査
審査にあたっては申請した大学が国際的に卓越した研究活動、あるいは経済・社会にインパクトを与える研究成果の活用に対して高いインパクトを持っていることが求められる。認可の基準で重要なのは研究力の抜本的強化に向けた強い意志に基づいて明確なビジョンを持っていること。この2点を確認した上で、国際卓越研究大学として認定し、大学ファンドによる支援を行っていく。
■年内には国際卓越研究大学の公募を開始
大学ファンドに関するスケジュールは2022年11月15日に国際卓越研究大学に関する法律が施行された。合わせて文部科学大臣により基本方針が策定され、JSTにより助成の実施方針が策定された。これを踏まえて年内には大学の公募を開始し、対象大学を選定した上で2024年中の支援開始を予定している。
■一部の大学だけでなく日本全体の研究力を強化
地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージについては、日本全体の研究力を強化するため、地域の中核大学や特定分野に強みを持つ大学の強化を図る。意欲のある多様な大学が、それぞれの強みや特色を十分に発揮して、地域の経済社会の発展、国内外における課題の解決、特色ある研究の国際展開などを図っていけるよう支援を行っていく。政府としても国際卓越研究大学の支援を行っていくこととあわせて、地域の中核大学や特定分野に強みを持つ大学の機能強化、博士課程の学生や若手研究者の活躍促進に向けた取組などの政策を総合的に進めていく。
【パネルディスカッション:国際卓越研究大学構想への期待】
パネルディスカッションでは講演を行った内閣府の上山氏がモデレーターとなり、フューチャー株式会社 代表取締役会長兼グループCEOの金丸恭文氏、大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 機構長の川合眞紀氏、復興庁参与・福島国際研究教育機構 理事長予定者の山﨑光悦氏をパネリストに、国際卓越研究大学構想への期待について話し合われた。
上山:はじめに大学ファンドに期待することは何でしょうか。
金丸:最初に大学ファンドの話を聞いた時、10兆円ファンドの運用益を大学に提供することに懐疑的だった。現在はどう思っているかというと、トップ大学がベンチャーを輩出してから大学が基金を積み上げていくまでは時間がかかるので、大学ファンドは時間を買ったものだと思っている。大学ファンドがトリガーとなって大学の中で変革が起こることを期待している。大学の5年後や10年後を見た時、どれだけトップレベルの研究者を輩出したかが分かる指標になると思う。
川合:これまで単年度会計のキリギリスになれと言われていたのが、大学が自ら長期資金計画を策定し、長いスパンで蓄財するなどアリのような生き方が求められている。今回、10兆円という大きなベースの予算を国が用意したが、アメリカの大学では2大学程度の基金である。しかし、これを足掛かりに国の体制を変えるようなモデルとなる大学が出てくるかというのが私の望みです。例えば、大学は入学定員が管理されており、サボっている学生を退学にすると運営費交付金が少なくなるという矛盾がある。すべての学生に単位を与えることが本当に必要なのかと思う。教育の機会均等は大事だが、与えられた機会を活かすかどうかは学生個人が決める事であって、それをギャランティしないと大学の点数が下がるというのも変な話である。大学ファンドは規制を越えて、新しい考えを取り入れることになっているので、どうなるか期待しています。
山﨑:国際卓越研究大学に期待することは「世界トップレベルの研究力の構築」「研究人材確保と環境整備」「人材育成と社会還元」となる。マネジメントのためにガバナンスをどうするかが極めて重要であり、現在の大学組織をいかに変えていくかがポイントとなる。人を集めれば集めるほど外国籍の人が増えるはずだが、それで日本が立ち直れるのなら日本人研究者にこだわる必要はない。日本の大学で研究し、日本の企業で活躍してくれるのなら外国籍の人も喜んで迎えるべきである。
上山:国際卓越研究大学の構想が出た時、大学からは学内にWPI的なものを作りたいという提案がありました。しかし、それは国際卓越研究大学と言えるのかという問題があります。大学が一気に変わるのは難しいのでWPI的なものを作りたいということでした。これは根本的に違うと思いますが、その点についてはどうでしょうか。
川合:WPIは成功した事例と思うが、特定のグループに焦点をあてて育てるものとなる。それが大学全体の取組になるのが理想だが、そこまでいかないのが現状。WPIのシステムは継続しているので、それを利用してほしい。長年、不思議に思っているのは海外の大学とは連携できるのに、日本の大学同士は事実上、連携できないこと。例えば1人の学生に両方の大学から学位を与えるシステムがない。国内の大学同士は他の大学に勝とうと展開してきたが、それで疲弊しているように思う。国際卓越研究大学ができれば、国内の教育や研究を高める提案がなされることを期待している。
上山:大学ファンドの批判としては、年3%の成長を目標に計画を立てていくので、大学の基礎的な研究が失われるというものがある。産業界では基礎研究こそが実業化に重要という人も多いと思うが、どうでしょうか。
金丸:大学の研究は短い期間で稼げる分野に直結しているものと、時間をかけて研究する基礎研究に分けることができる。しかし、すぐに事業を起こせるとは思っていなかった分野が外部と連携することで、基礎研究から思いもよらぬものが生まれることがある。
山﨑:役に立つが分からない基礎研究を進めていたら、思いもかけず面白い発見につながることもあるので基礎研究は大事にしなければいけないと思う。国際卓越研究大学の成果が、その他の大学に広がっていかなければ日本の競争力は浮上できないのではないか。そのためには日本人や外国人にこだわっている場合ではないと思う。
上山:博士課程に進む学生が減っているが、日本は博士人材を使おうとしないという意見がある。博士課程人材は何か新しいことを始めていく力がある人なので、産業界の中でも新たな事業展開をする時、視野の広い人材がほしいはずだが日本の産業界はどうなっているのか。
金丸:博士課程人材は課題を抽出する能力を持っている。人工知能の分野は特に博士課程人材の能力が活かされやすい。従来は新卒の学生を鍛えるのが企業の役割と思っていたが、目まぐるしい技術革新が起きている現代においては、優れた研究を進めている人が活躍できる場を産業界も作っていかなければならない。
川合:学生たちには博士人材がどれだけ活躍しているか定量的なデータが回っていません。生涯給与を見ると格段の違いがあり、学位を持っている人の方が格段に高い。博士課程の人は頭が固くて役に立たないという意見は間違えている。博士課程人材が企業で活躍していることを国が数字を出して示すべきではないか。
上山:大学ファンドや総合振興パッケージは大学のマネジメント全体を見るものになってくると思うが、大学の事務部門が活性化しないと、中々動かないのではないか。
山﨑:金沢大学の世界トップレベル拠点プログラム(WPI)の例を挙げると大学の教員だけでなく職員も給与が2割アップとなる。その代わり会議やメールなどは英語でのコミュニケーションが基本となる。研究者の37%が外国人となるが、外国籍の人が困るという問題を一つずつ無くしていくと、外国人でも働きやすい環境となる。そのため博士課程を修了しても金沢に残るという人が増えてきた。
上山:様々な意見があると思うが、大学ファンドはある種の社会実験となる。これをきっかけに大学ファンドを理解してもらえるよう努力していきたい。国として変わったチャレンジをしているということで、ご支援を賜りたい。