広島市教育委員会 |
全国11位の大規模自治体である広島市は平成23年7月、広島市教育委員会情報ネットワークシステムを再構築。クラウド化し、校務支援システムを全校(幼稚園27園、小学校142校、中学校64校、高等学校8校、特別支援学校1校)に導入した。大規模自治体が一斉導入する際のポイントと経緯を広島市教育委員会・総務課主幹の光好秀紀氏に聞いた。
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独自科目運用で 学力向上を図る
広島市では「知・徳・体の調和のとれた教育の推進」を目標に掲げており、平成22年度から全小・中学校で広島市独自の教育課程である「ひろしま型カリキュラム」を実施している。
これは小・中連携を意識したカリキュラムだ。前期を小学校1〜4年、後期を小学校5〜中学校3年とし、前期では「国語・算数の帯時間」を設定して学びの基礎を徹底、後期をそれら基礎的な知識・技能の活用の場と捉え、市独自で「言語・数理運用科」「小学校英語科」を設置している。指導案や教材は教員グループの手作りだ。
大規模自治体でありながら全市一体となってきめ細かい指導を継続して行っていくには、教職員を幅広い視点から支援する必要がある。その1つが、「広島市教育委員会情報ネットワークシステム」の再構築だ。
ネットワークの再構築で効率化
広島市では平成12年に広島市情報化基本計画を策定しており、それに則り、校内LANや教育委員会LANなどを構築してきた。しかし約10年に渡るネットワーク活用の中で、業務の肥大化、過密化や教職員間のコミュニケーション不足、PCスキルの差異などの問題も生じていた。
そこで平成20年に広島市情報システムの高度化基本方針を策定。近年の技術革新に合わせ、全市を挙げて、安全性が高く、より高度で使い勝手の良いネットワーク再構築と、それによる校務の効率化の実現に取り組むこととした。
再構築を行った教育委員会情報ネットワークシステムは平成23年7月にスタート。これまで「市立学校ネットワークシステム」は指導第一課や教育センターが、「教育委員会LANシステム」は総務課が管理していたが、再構築後は学校サーバ(管理系)をセンター化、学校の窓口が一本化され、業務の効率化が図られた。平成23年7月時点で252拠点(小・中・幼・高・特支・教育センター・教委)のPC約2万3000台(教員用7000台、実習用1万6000台)に対して、14のサービス提供(上図参照)を実現した。
これを基盤とし、児童生徒と向き合える学校の実現と、児童生徒理解のための情報共有、安全でPCスキルの差異なく使える校務運用などに着手。それらを実現するためには、校務の電子化・標準化がポイントであると考えた。
PC端末2万3000台に14のサービスを提供 |
資産を持たずにサービスを確保
光好氏は「最小コスト・最小リスクで最大の効果を上げることは行政の使命。校務支援システム導入でそれを実現するポイントは、サービス調達であること、必要な機能を考え定義すること、通知表をパターン化すること、緻密な導入計画の策定であると考えた」と話す。
サービス調達とは、モノではなく、提供する「機能」を契約対象とする調達方式だ。
例えば、「出席簿や通知表・指導要録の電子化、24時間365日の稼働時間、研修の実施、年度始めのデータ移行」などの具体的内容が契約内容となる。そのため、導入検討や調達にあたり、サーバの台数や性能について検討する必要がない。資産を持たずに運用でき、維持管理も簡素化する。サービスやパフォーマンスの提供が保証され、ヘルプデスクも一本化される。教育委員会は校務の内容の検討のみに集中できることから、保護者や議会など第三者に対して説明もしやすいなど様々なメリットがある。
実現したい内容から仕様書作成
では、教育委員会が集中して検討すべき「学校における必要な機能の定義」はどう進めたのか。
「大規模自治体で独自カリキュラムを実践するなど広島市ならではの教育に馴染むシステムであること、低コスト・低リスクであること、教員の多忙感の解消にもつながることなどを実現できる機能を考え、仕様書を作成していった」という。
まず、大規模ユーザでのシステム稼働となるため、同規模程度の自治体への導入実績があるシステムであることを参加条件とした。
また、教職員の連携・コミュニケーション不足解決のために、学校・教職員間の情報連携機能があることや、ひろしま型カリキュラムにも対応できるよう、帳票カスタマイズの柔軟性があること、業務の肥大化・過密化に対応するため、校務支援システムの標準化(Web型・センター集約型)に対応している等1つひとつポイントを確認、仕様書に記述する「サービス内容」を検討した。さらに、学校サーバは廃止し、教育系を除く全データをセンターに集約、二要素認証のシングルサインオンとしてセキュリティを強化。安全に校務支援サービスを利用できるようにした。このほか、円滑な情報発信・情報共有のために学校CMSやグループウェア機能なども利用できるようにした。 その結果、校務支援システム「EDUCOMマネージャーC4th(シーフォース)<(株)EDUCOM>」とNECのクラウドソリューションが導入された。
実際に校務支援システムで提供された機能は、教職員情報管理、児童生徒情報管理、指導要録作成、調査書作成、通知表作成、出席簿作成、文書管理などだ。
「校務支援システム導入の最終目標は、校務の電子化と標準化。標準化のキーは、公文書である『指導要録・調査書』を標準化すること。通知表作成機能と出席簿作成機能を提供することにより、さらに標準化の利便性が生まれると判断した。とりわけ通知表は指導要録・出席簿と連携する要の業務」という。
通知表を分類して パターン化を図る
仕様書記載案件の際に丁寧に行ったのが、通知表のパターン化だ。
通知表は各学校判断で作成するものであることから、学校独自のフォーマットがあり、配布タイミングも学校により違う。しかし電子化の際も従来通り各校の様式に則った通知表を作成すると、コスト増の原因となる。各教委で頭を悩ませる問題の1つだ。
そこで教育委員会では通知表のパターン化の可能性を探るため、通知表検討委員会を発足。全小・中学校206校の通知表を分類し精査、最適解を導くと同時に、妥協点も調整。それにより、小学校各学年で最大15パターン、中学校各学年最大10パターンに分類することができ、独自性を保ちながら標準化を進め、低コストで導入することができた。
通知表については、導入時期についても配慮した。グループウェアや児童生徒情報管理、指導要録などは平成24年から全校で運用したが、通知表に関しては平成24年9月からモデル校で運用を開始。小学校9校、中学校7校のモデル校で連絡協議会も実施し、成果と課題を整理、「低コスト・高パフォーマンス」実現のための機能改善を図っていった。
モデル校からの運用開始はよく見られるが、広島市の特長は「要求を100%実現することは不可能だが、妥協点を探すためにも現場のノウハウが必要である」と考えた点だ。「是か非か」ではなく「妥協点はどこか」の判断を現場に委ねることは、議論を円滑に進めるポイントと言えそうだ。
モデル校からは「転勤しても校務処理がすぐにできる」「データ損失の事故が減った」「指導要録作成が楽になり精度も上がった」「毎日出席簿入力をするようになり、確認漏れが減った」「PC操作が苦手でも印刷までできる」などの成果が報告されたという。モデル校での運用・検証を経、平成25年9月から全校展開する予定だ。
導入前研修は のべ450回
導入後の負荷を軽減するため、計画的に事前研修も行っている。
研修は、事前の集合研修や学校個別の訪問研修など、のべ450回実施。研修を進める中、疑問や不安がある教職員を対象にした希望研修も追加するなどで、スムーズな運用の実現を図った。
同時に教員の意見を聞きながらFAQやマニュアルを作成し、操作方法で悩む時間の軽減に務めている。
光好氏は、「これはゴールではない。現場の意見や要望も反映しつつ、課題を整理し、より使いやすいシステムに発展させていく」と話す。
モデル校での通知表の運用により、成績処理システムの導入などさらなる要望も生まれた。課題もいくつか発見された。校種間で日々利用する機能の違いがあるが、今回提供している機能は、中学校仕様の機能が十分ではなかったため、日々活用できる項目の必要性などが指摘されたという。これらは校務支援システムが導入・運用されたからこその要望といえる。
広島市では校務支援システムのほかに、学校納入金会計システムや庶務事務システム、財務会計システムを既に導入しており、今後、学齢簿・就学援助・授業料管理システムなどを新たに導入する計画である。これらシステムを連携して運用し、より良いシステムに育てていく考えだ。
【2013年6月3日】
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