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最新IT教育―実践、成果を報告― ICTフィンランド教育

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"教育の情報化"本質を見極める

山西氏
▲ JAET会長・富山大学教授
山西 潤一氏

海外の情報化から学ぶ

 今年、教育の情報化関連の会議で何度か海外を訪れる機会がありました。上海の公立の学校では、すべての教室にIWB(インタラクティブ・ホワイト・ボード)が設置されていました。

  小学校5年生の算数や英語の授業を見学しましたが、25人クラスで、教員は2人。上海ではすべての授業に教員が2人ついており、ティームティーチングを行っています。

  英語の授業ではIWB上にキャラクターが出てきて、「僕の好きなスポーツを知っているかい?」と児童に問いかけ、子どもたちがそれに答えるリズミカルな授業でした。その後、グループに分かれ、子どもたちは、「どこから来たのですか?」「どう思いますか?」など、授業を見学している外国人と習ったばかりの英語で演習です。IWBが児童の学習をインタラクティブにしているのではなく、教師が上手く、インタラクティブな授業を創り上げているのです。

  単なる勉強ではなく、実際のコミュニケーション、会話のやり取りが出来る流れや、インタラクティブな授業をしながら子どもたちに実際に役に立つコミュニケーション能力を上手く育てている点に、日本で始まった小学校の英語教育との差を感じました。

  日本の教師は、伝統的な一斉授業に関しての授業力は高いものがありますから、このような授業は本来得意なはず。個人的に感じていることは、新しい教育機器が持ち込まれて、教師は技術に戸惑っているけれど、もっと自信を持って欲しいと思います。普段の授業で黒板を活用して、様々に児童生徒の学習を深めているようにIWBも日常的に上手く使っていくことができるはずです。
 同時に、グローバル化に対応した早期の英語教育が必要ではないかと感じました。

  中国では県によって違うものの、小学校1年、もしくは3年から英語教育が始まっています。見学した学校では、小学校5年生の段階で完全に実用の会話のやり取りができる力がついていました。日本の中学校2年生程度の内容です。

  韓国でもフューチャースクール(以下、FS)は130校程度で行われています。
 そのうちの1校を見学しました。5年生の算数では、デジタルテキストとノートを使い、立方体の体積について学んでおり、児童はタブレットPCの画面に、ペンで答えや考え方などを記入します。
驚いたのは、子どもたちが機器やツールを使いこなしている姿です。韓国では必修の授業でICTがあり、小1から高1まで系統的なカリキュラムが作られています。各教科の時間は、その知識や技術に基づいて、教科の理解を深めるためにICTが使われています。

  上海、韓国ともに系統的にICTの利活用に関する授業が行われており、日本はその点で、若干問題があるのではと感じざるを得ません。

フューチャースクール=「協働教育」は誤解

 韓国では、現在、デジタル教科書の実証実験中で、2013年に実用化を目指しており、30種類ほどのデジタル教科書が作られています。日本はようやく動き出したところです。

  日本のFSは、シンガポールのFSの影響を受けスタートしました。シンガポールでは6校でFSが行われていますが、それぞれの学校で行われているテーマが違います。協働教育をテーマにしているのはクレセント・ガールズ・スクールです。クレセント・ガールズ・スクールでは協働教育が生徒の能力開発にどのような効果を与えるかを研究しています。この学校は、国内で学力がトップ10%に入る女学校なので、協働教育が成り立ちやすいという点があります。基礎学力の出来ていない生徒の協働教育についての研究ではありません。

  協働教育とは、自分たちで課題を設定して、その課題解決に向け、それぞれ調べたものを持ち寄り、協働作業を通して一つの成果物を創り上げていく活動です。タブレットPCはそのツールになります。
 ここでの狙いは、これからのネット社会で求められる分散と協働する能力です。ネット上でのコラボレーション能力と同時に、課題発見能力、課題探求能力、問題解決能力の育成にあります。この狙いを追求していくための基礎学力としてはどんなものがあるかを考えていくことが必要です。例えば環境問題を課題として設定した場合、その課題を追求するために理科の何と何が必要か、あるいは数学の何が必要かを分析していく必要があります。

  協働教育とは、ただみんなで持ち寄ってひとつのものを作り上げる楽しい活動ではないということです。
シンガポールは約350の学校がありますが、FSを行っているのはその中のわずか6校であり、シンガポールのFS担当者は2015年までに15校に増やしたいと言っていますが、どんな教育を行えばどのような力がつくのかの実証実験であり、すべての学校に同じ状況を作ろうとは考えていません。日本のFSは現在実証実験が行われていますが、日本のFS10校も、それぞれテーマを決めて、どういう環境で、何をどう与えれば、どんな能力がどれほど伸びたかを検証していかなければなりません。

  その検証には時間がかかります。わずか3、4か月程度の期間では不十分であると言わざるを得ません。日本のFSは設計の段階では、タブレットPCやIWBを活用した協働学習の実践研究、学校・家庭間の情報共有による連携学習の実践、教員の校務における情報活用・共有の実践と、目的は明確とはいえ、この短期間で全てを検証することは難しい面があります。
シンガポールでは2003年からFSを行っていますから、長期間にわたり成果を明らかにしていくことが求められるのではないでしょうか。

管理職の意識改革と学力低位層のケアを

 ミレニアムプロジェクトは目標にとどかなかったことから、2006年に新たにIT新改革戦略が出され、6つの実現に向けた方策が示されました。

(1)公立学校の教員に一人1台のPC配備
(2)校内LAN、普通教室のPC等の環境整備
(3)情報システム担当外部専門家(学校CIO)の設置推進
(4)教員のIT指導力の評価の具体化・明確化
(5)教科指導における学力の向上等のためのITを活用した教育の充実
(6)小学校段階からの情報モラル教育の在り方の見直し

  (1)はほぼできました。(2)はできたが、ばらつきあり。(3)はできていません。(4)では教科指導は進んできていますが、子どもたちの情報活用能力をつける指導の方は十分とは言えません。(5)もばらつきがあります。(6)は最近のネット事情でますます必要性が高まってきています。

  教育の情報化実態調査によると、電子黒板は5万6千台入りましたが、平均すると学校に1台程度の数字。これでは日常的には使えません。日本の教員は教科書中心に一斉授業を行っています。これをICTで上手く支援できれば、もっと日常のICT活用が進むのではないかと思います。
学校教育が抱える現実的課題として3つの問題があります。

(1)学力問題
(2)生徒指導にかかわる課題の多様化
(3)教員の多忙化

  (1)に関しては、PISA調査のたびに学力が何位から何位に下がった、上がったと順位が問題にされます。それよりも問題にしたいことは、日本もトップ層の点は高いものの、低得点の層が増えていること。これにより平均点が下がっているわけです。この低得点の層をケアするため各国は色々な手をうっています。
たとえば、学力1位のフィンランドは、高得点層は個別学習、ICTを活用し難しい問題にどんどん挑戦するシステムができています。低得点層は人海戦術で、教師が複数で手厚く教えています。上海や英国の学校でも、ティームティーチングで低得点層のケアをしています。
 低得点層をいかに底上げしていくか、そのためにどう手立てを打つかについて、もっと議論をしていく必要があります。
 (2)や(3)に関しては、日本の先生が忙しすぎる点が挙げられます。
日本の場合、生徒指導やクラブ活動等があり、教えることに特化されていません。欧米ではクラブ活動は社会教育に任せていますし、生徒指導はその専門の先生や弁護士がいます。そのため教員の平均労働時間は6〜8時間程度で、教えるプロとして働いています。ところが日本では平均労働時間は11時間。そこに新しい技術を投入してICTを活用しましょうと言っても無理。この点を変えていかないと難しい。
 授業を準備する時間が足りないと感じている教員が9割、保護者や地域への対応も増えており、行うべき仕事が多すぎるのが日本の教員の現状なのです。

  では、このような現状をどう変えていくか。
 まずは管理職の意識改革が必要ではないかと思います。
 英国では管理職の意識改革でICT活用が急速に進みました。2003年の調査で、管理職の管理能力と生徒の学力のデータでは、ICT環境の良し悪しよりも管理職の力量によって生徒の学力に有意な差が出るという結果でした。つまり環境を整えても管理職に能力がなければ、その環境が生きてこないことがわかるのです。日本でも、管理職にICTはどのような目的のために使うのか理解してもらう必要があります。
日本教育工学協会(JAET)では、そのような目的で管理職のための研修を行ってきていますが、参考にしているのも英国です。

  一番参考にしたのは、校長同士が考えることです。課題の分析とモアベターな解決をどうすればいいか皆で考える内容であり、伝達講習ではない点が特徴です。
 多忙な管理職のため、半日の研修ですが、これまでに700名強に受けていただいています。興味のある方は是非、http://jslict.org/ を見てください。

英国に学ぶべき点は予算措置とTTの仕組み

 ICTの活用、教育の情報化を考えるときに必ず例としてあげられるのが英国の情報環境です。
 英国は日本よりも進んでおり、IWBは全教室に入っており、一人ずつがPCに向かい個別学習する場面もあります。
 しかし、すべての授業で行っているわけではありません。
 また、PCを使う場面ではメンターやICT支援員によるサポートがあたりまえになっています。ICT支援員としては、外部のボランティアや教師を目指す学生など様々です。

 日本でも、ICT環境整備と同時にこのような支援体制を作っていくことが重要です。
 日本にしろ、英国にしろ、教育の情報化に使っている年間の総予算はあまり差がありません。ところが、学校現場の状況は全く違います。これは、英国は目的別に予算がつき、環境を整備しているのに対し、日本は地方交付税措置なので、地方自治体が決めることになっていることが大きな理由のひとつと言えます。地域格差是正のためにも、目的予算としたいものです。

『21世紀に求められる力』念頭に

10年後の目標が未だに達成されていない日本

 教育の情報化は最終的に何につながっていくのか。
 文科省の教育の情報化ビジョンによれば、「21世紀にふさわしい学校教育の実現」であると考えられています。無線LAN環境、デジタル教科書教材、校務支援システムなど様々な環境によって、最終的には10年後、2020年の子どもたちにどんな力をつけて欲しいのかという事を明確にする必要があります。

  21世紀は知識基盤社会、グローバル化であるということを理解して、中国、韓国、シンガポール始め世界中が動いています。日本でもそういう社会に生きる能力育成に向けた教育が求められており、情報教育の推進のみならず、教科における良く分かる授業を行い、基礎学力、発展的な応用力をつけようとしています。教育の情報化が目指すものは(1)従来の教科学習における授業改善、(2)新しい資質の育成(情報活用の実践力、情報の科学的理解、情報社会に参画する態度)、(3)校務の情報化となっています。しかしこの3つは、10年後の話というよりは、10年前のミレニアムプロジェクトで言っていたことと同じなのです。英国のように環境を整えていかないと、教育機会の格差になり、ひいては能力の差につながっていってしまうという点を危惧せざるを得ません。

  2006年の教員への調査で「教室のICT環境への期待」を調査したところ、5年後に期待する姿として、「コンピュータと連動した電子情報ボードがあらゆる教室に設置されている 70・7%」、「指導に必要な資料がネットワーク上に整備されアクセスすればすぐに活用できる 90・5%」でした。

  また、10年後に期待する姿としては、「子ども一人ひとりにコンピュータが与えられおり、学習に活用している 67・4%」、「教科書や資料集がデジタル化され、それらを用いて学習が進められている 61・2%」というものでした。先生方のICT環境整備への期待の高さが示されました。

  昨年、台湾でグローバル市民を育てるインターナショナルエデュケーションEXPOが行われ、アジア各国から中高校生が参加しました。

  各国の生徒がグループになり、ネットを活用して自分たちが決めたテーマを1年間にわたり調査研究してきたのです。その最後の課題が、フェースツーフェースでのまとめです。2日間で自分たちが一年間勉強してきた事を紙の上にまとめ、評価委員にプレゼンするのです。活動はすべて英語で行われ、活発にグループワークしている姿が見られました。

  日本でも、21世紀に求められる力を見据え、子どもたちが、参加型民主主義を理解・実践するために必要な知識・スキル・価値観を身につけ、行動的な市民となる学び方やICTを使いこなしてコミュニケーションやコラボレーションする「シチズンシップ教育」の必要性を強く感じました。

(※本稿はJAET上越大会前日に開催された「教育におけるICTの利活用研究会」での講演によるものです)

【2010年12月4日号】


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