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▲ 東海大学 近藤 卓 教授 |
被災した子どもはもちろん、大人にとっても心のサポートは極めて重要だ。日本学校メンタルヘルス学会理事長を務める近藤卓教授にポイントを聞いた。
■子どもの心の反応
今回の震災で直接被災された人々は、身体的な安全を脅かされる危機的状況に陥っているだけでなく、精神的な安心が損なわれ、さらには社会的に不安定となる大きな困難に直面しています。
一方、直接的な被災をしていなくても、私たちはさまざまな形で、震災の影響を間接的な形で身を持って感じています。
そこでの子どもの反応は、身体的な危機や社会的な困難としてよりは、心の健康問題として顕著に表面化してくるように思われます。
■急性ストレス障害
自分自身や誰かの命にかかわるような、恐ろしい出来事に直面したり目撃したりした時、心に生じるのが急性ストレス障害です。
この障害は、事件や事故の直後から始まり、2日から4週間ほど続き、発症率は15〜30%だといわれています。
症状としては、孤立感、現実感の消失、夢、錯覚、フラッシュバック、強い不安症状、睡眠障害、集中困難、過度の警戒心、過剰な驚愕反応などがあります。
恐ろしい体験をしたら、誰にでも生じるというわけではありませんが、逆に目撃したことによって生じることもあります。
例えば、テレビなどで繰り返し津波や火災の様子を見た子どもは、いわば疑似体験をしたとも考えられます。親や家族とともにその恐怖感を体験した子どもに、こうした症状が出ないとは限らないと、私は心配しています。
■外傷後ストレス障害
外傷後ストレス障害は、PTSDと略称され近年広く知られるようになってきました。
この障害は、前記の急性ストレス障害と同様な体験によって発症するとされています。ただ、症状が最低1か月以上続くことが診断基準になりますので、事件や事故の体験から1か月以内にはこの障害の診断はつかないことになります。
つまり、事件や事故の後1か月が経過するまでは、症状によっては急性ストレス障害と診断され、さらに一定の症状が続くときに、はじめてPTSDと診断されるわけです。発症率は30〜50%以上といわれ、かなりの高率といえるでしょう。
症状としては、急性ストレス障害と重なる部分が多いのですが、特に重要なのは事件や事故による外傷体験が、再体験され続ける点にあります。
子どもですと、事件や事故から連想されることを表現する遊びを繰り返したり、はっきりとしない恐ろしい夢を繰り返し見たりします。さらには、その出来事が今また起こっているかのように、行動したり感じたりすることもあります。
この記事をお読みになっておられるころは、ちょうど震災発生から1か月が経過したころになると思われます。すなわち、PTSDの発症が見られ始める時期です。
その多くは3か月以内に始まるとされていますが、数か月後あるいは数年後に発症することもあるということです。そうした意味では、今大丈夫だからと安心することができないということです。息の長い、心のケアと対応が望まれます。
■過酷な体験後の成長
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人は辛く苦しい体験をすると、誰でもが心に障害を持つことになるわけではありません。それは、前述のように急性ストレス障害やPTSDの発症率からもわかることです。
また、そうした症状を呈した場合でも、その状態にとどまり続けるわけではありません。大多数の人たちが、やがてその障害を乗り越えて行きますし、むしろ以前にもまして人間的成長を遂げることさえあります。
そうした現象は、これまで文学や芸術あるいは宗教の主要なテーマでした。過酷な境遇に置かれ、悲惨な体験をした主人公が、やがて立ち上がり前進していく描写に、私たちは希望と勇気を感じ取って、そうした物語を受け入れてきたのではないでしょうか。
近年、そうした過酷な境遇を乗り越え成長していくという事態を、心理学的、医学的そして科学的な研究の俎上に乗せようという動きが始まっています。
外傷体験の後に成長するということで、それを外傷後成長(PTG)といいます。
PTGは、次の4つの側面でとらえられると考えられています。(1)他者を信頼し、その関係がより緊密になる、(2)新たな可能性を信じるようになる、(3)人間としての強さを感じるようになる、(4)人生に対する感謝の気持ちが強くなる。
■根底を支えるもの
どうして、ある人はPTSDに陥り、他の人はPTGを遂げるのでしょうか。もちろん、PTSDに陥った人がそこからいつまでも抜けられないということではありませんし、PTGを遂げる人が落ち込んだりしないというわけではありません。
ただ、子どもたちのこれから先の長い人生を考えた時に、今回の体験がPTGにつながることを願わずにはいられません。そのために必要な事は、周りの信頼できる人の存在であり、そうした人たちとの感情の共有です。
皮肉なことではありますが、未曾有の出来事によって、まれにみる貴重な体験の共有がなされたともいえます。
そうした中で、孤立することなく、不安や恐れを身近な信頼できる人と共有できた時、自分の感じ方はこれでいいのだ、自分はこのままでいいのだというようにして、自分を根底から受け入れる基本的自尊感情が育まれることになるのではないでしょうか。そして、子どもたちは外傷体験をとおして成長するきっかけをつかむことができるのかもしれません。
【2011年4月4日号】