「一年一期制を推進〜絶対評価で生徒評価をきめ細かく」
久保田宏明校長は1998年、初代堀越克明校長からバトンを受け穎明館中学高等学校の学校長に就任、今年で10年目を迎える。同氏は北海道教育委員会の高等学校課長、学校教育部長等を経て、85年から13年間、駒場東邦中学・高等学校の校長を務める。豊富な経験を持つ久保田氏に、学校改革、学校運営のポイントについて聞いた。 穎明館は1985年に高等学校、87年に中学校が開校。東京都下の緑豊かな地で、EMK〈Experience(体験)/Morality(道徳)/Knowledge(知識)〉を教育の柱に、絶対評価、1年1期制など特色ある教育を展開している。生徒数は中学・高校で1000人を超えている。
「不易」を積み上げ
久保田校長は、自ら教員、生徒、父母達の中に入っていかれる。学校運営の一番の要点は、「教員、生徒、父母との信頼関係です」と強調する。
「オープンに話し合うことが大切です。そして、私自身も勉強しなくてはならない。国語の先生と話すには文学や評論の知識を持っていなければいけないし、私は数学も好きだから数学の先生とも話し合います。ちょっとしたことでも職員室で先生方と話し合いますね」
教員を職員室に呼びつけるのではなく、自ら教職員の中に入っていく。
国の教育政策が学習内容の3割削減など左右にブレる中、建学の精神である「EMK」の肉付けと、時代によって変わる教育状況への対応を1年ずつ着実に積み上げてきた。
「『不易流行』というが、『流行』はやりやすい。しかし、最も大切なのは、穎明館における『不易』の部分です。
穎明館の伝統、不易の部分をどのように毎年毎年積み上げて行くことができるのか。不易をいかに流行が補っていくことができるのかに最も意を用いています」
堀越・現学園長が作り上げた地盤の上に、不易を明確化する。
「カーライルは、学問無き経験は、経験無き学問に勝る=Aと言っているが、Experience(経験)は大切です。学校は、Knowledge(知識)だけではない。人格形成に通じる経験と知識の両方大切であり、それを両立させるのがMorality(道徳)です。
これからの社会は、簡単に白か黒かと言えないようなグレーゾーンがますます大きくなるでしょう。そうしたグレーゾーンは法律では決められず、人間の教養とか品性、知性で解決していくものです」
流行への対応
毎年少しずつ、教員の勤務体制、シラバス、生徒の学習環境などを改善して行った。
その1つに、2006年度から実施された1年1期制がある。国が2002年度に絶対評価に評価方法を変更する前から、絶対評価に取り組む。
「1学期の中間・期末、2学期の中間・期末、3学期の期末試験の5回しかない試験の成績による相対評価で、『1学期はよくやった』などと生徒を評価することはおかしい」
「絶対評価にするには到達目標が必要です。その指標としたのが大学入試センター試験です。センター試験(800点満点)の90%である720点を到達目標とし、5年生の後半にその年のセンター試験を受けた時に、生徒が90%以上の点数を取れることを目指しています」
シラバスは当初学年や校種ごとに作っていたのを、2007年度から高校募集を打ち切り、完全な中高一貫校となるのを機に今年から6年一貫のシラバスにした。
絶対評価を行っていく過程で、「もっと細かく丁寧に」と、単元テストを取り入れた。併行して、単元前及び中間での小テストを実施し、生徒の理解の進捗度を把握。生徒の理解が悪ければ、教員自身の教え方を見直すこととしている。
同時に、外部の模擬テストと内部テスト、単元テストの相関を見ながら、生徒の各教科ごとの理解度を把握していった。
「そういうきめ細かな評価をしていくことにしたら、学期が邪魔になったんですね。要らないんじゃないかと1期制にしました」
1期制にしてみると、期末試験後の家庭学習などのために取っておいた余分な時間がなくなり、時間が4〜5週間余った。その余った時間を利用し、学習が進んでいない生徒一人一人を放課後などに「指名補習」で、教科の先生ができないところを少人数グループやマンツーマンで教えている。
また、生徒の要望を受け入れ、昨年から冬にマラソン大会をはじめた。今年は高校の球技大会を2日間にという生徒の要望を聞き入れ、2日間に拡大した。1期制効果で、学業だけでなく行事も盛んになっている。
クラブ活動も中学生の9割、高校生の7割が参加し、硬式野球部が2004年夏の全国高校野球選手権西東京大会で準優勝するなど、クラブ活動の成績も向上している。
学習環境を改善
ハード面の改善も進めている。例えば、家庭同様きれいな学習環境をと、トイレを全てウォッシュレットに変えた。
また、就任時には1つしかなかった理科実験室を、物理地学教室、化学教室、生物教室と3教室作った。
さらに、現代は生徒がいろいろな場面で精神的な傷を受けやすくなっているが、そうした生徒が逃げ込む場所である保健室の養護教諭を2人に増やした。同時に「心の相談室」を、校長室隣の応接室に設け、専門家に週1日来校してもらっている。
年1回父親の会も行っている。その会をきっかけに、朝飯を食べない子がかなりいることが分かり、学校の食堂でパンとサラダの簡単な朝食を食べられるようにした。
このことは家庭の権限を侵すものではなく、原則は家庭できちんと食べてくることを保護者に徹底させているという。
文化面のサポートでは、「ゲテンケハーレ」というホールを作る。真・善・美を求める魅力的な21世紀のリーダー育成の一環。日本の文化・伝統をきちんと身につけさせるため、中学生には落語、能、歌舞伎、狂言といった日本が誇る伝統芸術について本物を見せており、高校生にはオペラ、新劇を見せたり、オーケストラでクラシックを聴かせたりしている。
生徒への対応は「フル・トレランス」で
「ゼロ・トレランス(寛容ゼロ)を学校教育に持ち込むことには、絶対に反対です。
生徒は騙すものです。しかし、騙されても騙されても、生徒を信頼し信頼関係を作っていくことが大切です。
東京でも私学が300校余りあり、その私学が全て違うように、一人一人の生徒も違うのです。何か問題が起きたときに一律の物差しで見るのではなく、一人一人の生徒の状況によって考えて行こう、とルールは作っていません」
生徒心得はない。対応は「フル・トレランス」という。
ノーブレス・オブリージで
「『ノーブレス・オブリージ』(noblesse oblige)の精神で、一生懸命学習して卒業して大学に行き社会に出たら、その知恵を日本に世界に地球に還元しなければいけない。そういう精神を入学したときから植えつけたい」
教員は朝7時30分に来て、夜7時30分まで勤務する。生徒も朝早く来て、NHKの英語の初級講座を聞いたり、源氏物語を読んだり、といろいろなグループができている。
キャリアエデュケーションも、学校で大事なことは、何のために穎明館に入学したのか∞何のために学ぶのか≠ニいった生徒たちへのモチベーション(動機づけ)を高めることと考え、単なる進路指導ではなく穎明館独自のものとして位置づけ、生徒一人一人の「ファイル」を作るなどして6年間を通じ展開している。