先生のための環境教育講座
最終回 環境倫理と生命倫理
東京学芸大学名誉教授 佐島群巳
〇 環境と生命の危機
20世紀は、19世紀の遺産をかかえながら、人間の欲望を乗せた「近代物質文明と科学技術文明」という列車が急進した世紀であった。
生産至上主義、成長理論をかざした20世紀は、不可逆的な環境破壊と資源の枯渇をもたらした。ことに、地域温暖化の連動現象として、酸性雨、砂漠化、熱帯林の減少、野生生物種の絶滅など地球の危機は深刻化している。ここに至り、環境問題は生命問題でもある。
ことに、最近の生命問題は深刻化している。医療現場のハイテク化、装置化によって人間(患者)は物象化され、生命を取り違えたり、誤診したりするケースがあった。このほか、臓器移植、試験官ベビー、遺伝子操作、エイズなど人間の生存と尊厳にかかわる問題が山積している。
科学も、文明も、人間の幸せを追求するはずであったが、一点「安全性」というものが欠如したのである。危機的問題の克服解決には、新たな科学が研究されるであろうことを期待する、が楽観できない。
今日の環境・生命の危機に当面し、21世紀は人類の生存と人間の尊厳という夢を描けるだろうか。
20世紀の最終の幕が切って落され、いよいよ21世紀というドラマを創っていく幕開けだ。そのドラマの主人公である小学校・中学校・高等学校の子どもたちに、21世紀に生きる希望と理想、智恵と能力を培うことが大切だ。
〇 新しい倫理の導入
中教審、教課審答申では、教育改革の基本の一つに「生きる力」の育成を強調している。
「生きる力」とは、次の三つである、と中教審答申が述べている。要約してみよう。
・問題解決力(自己課題の追求)
・他者とかかわる力(社会的・情意的能力)
・たくましい健康な体(健全な生命力)
この三つは、環境教育で育てる力とも重なり合うものである。
21世紀は、不確実、不透明な社会であり、困難で、危機的な環境世界である。そうした中で次のような生きる力を環境教育で育てたい。
・環境に対する感性を磨き
・環境のしくみ、働きの認識を深め
・環境保全へ積極的に参加する実践力を培う
感性、認識力、実践力は、生命教育においても共通している。自然や社会・生命とふれ合いながら、環境・生命のしくみ、働き、その関係を認識し、環境保全や生命維持の奉仕活動に積極的に参加行動するのである。
感性−認識−実践力の育成にとどまらず、一人ひとりの子どもの心の中のエネルギーとして、新しい倫理観を育むことである。その新しい倫理とは環境倫理であり、生命倫理である。
これは、21世紀を生きる力の基本である、と考える。
〇 環境倫理と生命倫理の結節点
環境倫理と生命倫理は、相互にかかわり合い補完関係をなしている、といえる。
環境倫理は、自然権、世代間倫理、地球全体主義の三つがある。(1)
生命倫理は、生命の尊厳性、生存の合理性、生命維持の合意性の三つがある。(2)
環境倫理の「自然権」は、生命倫理の「生命の尊厳性」と同一の意味、価値を内包している。
自然権は、人間以外の生物個体の生存の権利を求めているものだ。すべて生命あるものの権利は、開発論理や経済成長理論よりも優先すべきだ、とする考え方である。この自然権は、アメリカの裁判所において、「ハワイのパリーラ」「ニューヨークの白ふくろう」の生存環境が既に認められているところである。
環境倫理の世代間倫理は、自己の生活の利便性、快適性だけを求めるのではなく、21世紀に生きるであろう子どもや孫たちの環境世界を最適なものとして「返す」ことである。今、私達が住んでいる環境は、子や孫たちから「借りたもの」である、ということだ。
だから、エゴからエコへという発想の転換が必要である。このことは、生命倫理として最近、問題視されている体外受精や代理母によって子孫を残すという考え方に対する「生命の合理性」という正しい判断が求められてくることとかかわっている。
最後の「地球全体主義」は、宇宙船地球号のように閉ざされた空間、地球であるから、欲望の総量を規制し、抑制し、生存維持のシステムの合意形成(法的整備)が求められるところである。
つまり、人間の生命の保護と環境の保全とは、同時的に共通的に重要であり、問題解決をしていかなければならないことだ。
〇 環境マインド
筆者は、こうした環境倫理、生命倫理を一人ひとりの子どもに育んでいくための実践活動に生きて働く内的エネルギーとして、「環境マインド」を提示した。(3)
環境マインドに(生命)ということばを入れてみても、少しも違和感を感じないのである。
1環境(生命)への心くばり
2環境(生命)に対する心構え
3環境(生命)の痛みを理解し、分かち合う
4環境(生命)を絶対に壊さないようにする
1は他人や生きものへのやさしさであり、2は生きものや人間に対する正しい理解に基づいた対応能力と心情、3は生きものや人間への痛みが解り、その痛みを分かち合う良心、4身のまわりの生命あるものへのやさしくふるまい環境を絶対こわさない、という強い意欲力と責任と役割を果たすことである。
これで最終講座となります。長い間読者からのあたたかいご示唆、ご教示、ご質問をいただいたことに対して感謝申し上げます。
(注)
(1)加藤尚武「環境倫理学のすすめ」丸善ライブラリー 1991
(2)森岡正博「生命観を問いなおす−エコロジーから脳死まで」ちくま新書 1994
(3)佐島群巳「環境マインドを育てる環境教育」教育出版 1997
(99年5月15日号)
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