子どもの心と身体の健康
薬物依存症

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 平成10年から、日本は第3次覚せい剤の乱用期に入ったといわれています。戦後の第1次、昭和50年代の第2次と比べ、今回の特徴は外国人が売りさばいていること、「ダイエットになる」、「受験勉強時の眠気ざましになる」などの噂、「S」「スピード」など、薬の名前がファッショナブルであることなどが、子どもたちにとっては魅力のようです。しかし1度使用すれば予期しなかった事態が待っている薬物。この困難な状況をどうしたらよいか、今回は東京都立精神保健福祉センターで薬物相談をしておられる精神科医の石毛奈緒子さんにお話を伺いました。


 −−こちらの薬物相談の様子をお聞かせください。
 石毛 平成8年から専門相談員による薬物依存相談を始めました。御本人からの連絡があれば、治療する医療機関をご紹介しますが、こちらでは主に御家族を対象に、個別相談や、薬物家族教育プログラムを行っています。また、センター内の職員で事例検討会を開き、御家族に最も適した援助方法を話し合います。
 −−どんな相談がありますか?
 石毛 電話は母親からが多く、予約をして来ていただきます。ほとんどの人は薬物を使ってから10年程たっていて、親はどうしていいかわからないといった状態です。たとえば25歳でシンナーをやっていて、定職につかない。親は50〜60代になり、老後の生活が心配になって、初めて相談にきたというケース。あるいは補導、停学、失職、女性だと堕胎や同棲といった問題行動をおこしてから、相談を受ける方もいます。
 また、息子さんは一人暮らしで、親はまじめにやっていると思って仕送りしていたのに、実は依存症で、ほとんど薬代で消えていたとか。

 −−早い時期にSOSが出せないのはなぜですか?
 石毛 薬物依存症は病気なのですが、その見方が浸透していないからでしょう。家族内でどうにか解決できると思っている。そういう人には、専門家の介入が必要だと教えます。また、犯罪として警察に通報されると思う人もあるようです。こちらでは心の問題として相談にのっているのですが。


 −−薬物の乱用、中毒、依存の違いは?
 石毛 乱用というのは、法律に触れる物質の摂取や本来の目的以外の目的で物質を摂取することであり、未成年のたばこもある種の合法薬物を摂取することもそうです。中毒は毒物が体に入った状態をさします。たとえばアルコールの一気飲みなどによる急性アルコール中毒などです。依存というのは、物質を摂取して、自分をコントロールできなくなる状態をいいます。依存症になってから相談にみえる方が多いです。
 −−覚醒剤やシンナーの依存症だと、どうなるのですか?
 石毛 それらを摂取(乱用)すると、中枢神経が興奮したり抑制されたりして、幸福な気分や不安が消えていく感じがありますが、実際にはないものが見えたり(幻視)、聞こえたり(幻聴)します。薬の恐いところは、続けると脳の中心に「気持ちいいぞ」という回路ができてしまい、脳がそのように変化してしまうので、自分では薬を止められなくなることです。薬が切れると、不安やイライラがつのるいわゆる禁断(離脱)症状があらわれることもあります。

 −−それでは、薬物依存症には治療が必要ですね。
 石毛 はい。まず、薬物依存症の難しいところは、自分が病気だと思っていない「否認」の病気だということです。ちょっと好奇心でやっただけだから、自分の意志ですぐやめられると思っている。家族もそう思っていて、本人を病院や相談機関に連れていかないのです。ですから、私たちは、遠回りのようでも、御家族の教育を重視しています。
 −−家族はどのように関わればいいのですか?
 石毛 家族は本人と10年くらいつきあっていて、尻拭いに追われ、疲労しきっています。たいていの家族は本人(薬物依存者)の世話をやきすぎることで、結果として助けるどころか、「支え手」となって、病気を進行させてしまっています(「共依存とは何か」参照)。そこで、家族教育プログラムによって知識を得て、家族としての対応のまちがいに気付いてほしいのです。
 −−本人が直接、治療に結びつくことはありますか?
 石毛 薬物を摂取して逮捕されたり、精神病の状態を呈して、精神病院にかつぎこまれることがあります。
 −−病院ではどういう治療をするのですか?
 石毛 対症療法です。幻覚や妄想を抑える薬とか、眠り薬とか、薬物を体から抜く解毒療法などです。でも、これらは症状は抑えられても、本当の治療にはなりません。
 −−では、本当の治療とはどんなことですか?
 石毛 御本人が依存症にかかっているのだとわかり、このままではだめだと、心から思うことです。自分ではコントロールできないのだと、深い絶望感を味わう(これを「底つき」という)時にはじめて、本人の治療がスタートします。
 −−その後はどのようにするのですか?
 石毛 本人や家族だけではなく、依存症の仲間たちと体験談を分かち合うことで、試行錯誤をくり返しながら立ち直ってゆくことが多いです。長い道のりですが。
 −−薬物相談に関わっておられて感じることは?
 石毛 子どもが薬物を始めた初期のうちに周囲がSOSをだしてほしいです。取り締まるのではなく、普段から子どもたちに接している学校の先生も、医療関係者と一緒に連携して早期発見し、本当の治療に結びつけられたらと思います。学校からの紹介でこちらに来所する人が少ないのは残念です。
 それから、子どもは仲間から薬を勧められた時、友情を壊すのが恐くて始める子がいますが、NOといっても壊れないような友情、本当の意味の自立心を育てることが必要です。親自身が子どもの羅針盤になれるような素敵な男性、女性になり、子どものいろいろな相談をがっちり受け止められるようになればと思います。
  薬物(化学物質)は手軽に時間をつぶすことができますが、そんな楽しみ方や人生しか知らないのは気の毒。いろいろな人間関係の中で生き甲斐を得るのが本当の生き方ではないでしょうか。
(教育家庭新聞2000年8月12日号)