特集:アクティブ・ラーニングの実現に向けて
2月13日、「未来につなぐ教育工学セミナー」が東京都内で開催された。本セミナーは山西潤一教授(富山大学・日本教育工学会(JSET)会長)の定年退職を記念して開催されたもの。富山大学で共に研究に取り組んだ向後千春教授(早稲田大学)、堀田龍也教授(東北大学)、高橋純准教授(東京学芸大学)が教育工学のこれまでと今後の学校教育の在り方をテーマに講演した。
時代の要請・教育手法・内容はテクノロジーによって変容する
山西潤一教授(富山大学・日本教育工学会(JSET)会長)
富山大学・JSET会長
山内潤一教授1982年に設立した富山大学・教育実践研究指導センターに赴任した山西教授は「当時は、子供のためのPCの教育利用の黎明期。そこでPCを生活や教育に役立てる方法を考えることからスタートした。1980年代後半から、プログラミングでロボットを動かすなど子供の創造力開発に関する研究に着手した」と語る。
2001年のインターネット黎明期には、遠隔教育に関する国際共同研究に着手。コペンハーゲン、アメリカ、日本を同時につないでサッカーゲームを行った。
また、少子高齢化を視野に「難しい内容であっても様々なレベルに合わせて教えることができる教育デザインやインターフェイス」について研究を進め、学びで地域を元気にする「学ぶ・つながる・広がる 富山インターネット市民塾」も設立。子供たちの職業観を育むことを目的にした「e手仕事クラウド図鑑」も指導要領と共に監修・公開しており、現在も公開されている。
進む各国の動き
各国では「未来につなぐ」能力の育成に取り組んでおり、プログラミング教育も始まっている。特に進んでいると感じているのは英国で、2014年からは、小学校で教科「コンピューティング」がスタートした。シンガポールは、学校に加えて家庭でもネットに接続できるように小学校1年生からログインIDを所有している。
オーストラリアはBYOD(Bring your own Device)が一般化し、スマートフォンからAndroidまで様々な端末が使われており、教科書はほぼデジタル。コンテンツを含めて端末にかかるコストは4年間8万円程度。紙のほうがコストがかかるという。
教育工学を
アジアに広げる1984年に発足した日本教育工学会(JSET)の目的は、時代の要請によって大きく変わる教育ニーズの内容や方法を様々なジャンルの人が様々な視点で提案、実践すること。教育手法や内容はテクノロジーの変化によって変容する。設立当時の目的は今も通じるものがあり、様々な視点の出会いがあることに本会の大きな価値がある。
中国や全米の教育工学会との連携も始まっており、アジアを始めとして世界に広げていく。そのためには、インターフェイスとなる人材を育てることが大切だ。6月18日には大阪で関連イベントの開催も予定している。
21世紀型スキルの中核は自己制御力・自己調整力
向後千春教授(早稲田大学)
早稲田大学
向後千春教授向後教授は「破壊的なイノベーションは市場がない場所から生まれ、既存の市場すべてを席巻する。現在も持続中である『教師主導型』からはずれたところから破壊的イノベーションが起こりつつある」と話す。その第一段階が「コンピュータベースの学習」、第二段階が「生徒中心の学習」だ。よって、今後のインストラクショナルデザインの研究は、人の「意志力」からのアプローチがトレンドになるという。「ほめたり、強みを見出したり等、自尊心を高める介入はパフォーマンスに影響しない。影響するのは『自己制御力』『自己調整力』などの意志力だ。この力が21世紀型スキルの中核になる」
自己調整力を高めるには「細かく記録して振り返る」「少しずつ変化させる」「適切な時間配分」「目標は3つまで」「誘惑を遠ざける」「代わりのことをしない」などの方法がある。今後は、授業の中で「自己統制力」を「それとなく」鍛えていくという授業がこれからの教員に求められる力であると語った。
「情報活用能力」次の段階は「情報に関する資質・能力」
堀田龍也教授(東北大学)
東北大学大学院
堀田龍也教授富山大学時代に山西教授と「情報活用の体験を中心とした教員研修の設計」について研究していた堀田教授は、「情報教育は当初、興味がある人のみを対象にしたものであり、教員研修はネットワークやプログラミングなど、ハードの話が中心。これでは普及しないと新しい研修を考えた。ネットサーフィンを体験し、デジタルカメラで撮影してプレゼンを作成するという体験中心のもので、メディア操作にとまどいがちな当時の教員の活動をスムーズにするため、学生スタッフがフォローした」と当時を振り返る。
現在、「高校情報科」の次期学習指導要領に向けて議論を進めている。
これは現在の小学校3年生からスタートするものだ。
「『新しい時代に必要となる資質・能力の育成に向けた教育課程の構造化』のポイントは『内容知』から『方法知』へのシフトにある。『何を知っているか』ではなくて『何ができるようになるか』を重要視している」と語る。
これはすぐに身につく力ではなく、繰り返していくことで少しずつ身につくもの。そのため、各教科でどのように繰り返していくべきかを現在、情報ワーキンググループ主査として議論中だ。これまで使っていたワード「情報活用能力」ではなく、「情報に関する資質・能力」を育むための教育手法を示していく。
タブレットPC活用は「学習」「校務」両面で
高橋純准教授(東京学芸大学)
東京学芸大学
高橋純准教授「教育工学の世界では、既に40年前から『伝統的な黒板による授業から脱却してコンピュータを活用すべき』という指摘があった。授業におけるICT活用は『教員の活用』と『児童生徒の活用』に分けて考える必要がある」と語る。
学習目標の設定による違いもある。「知識・理解・技能」を身につけるのか、「思考力・判断力・表現力」を身につけるのか。それによってICTが果たせる役割が異なるからだ。「思考力・判断力・表現力」を育むためには、ICTも含めて多様な教育活動を組み合わせる「授業力」が求められる。
ICTにおける「一斉提示」は大前提だ。それに加えてタブレットPCはどう整備していくべきか。世界的には「ノートPC」が中心となっており、キーボードは必須でという認識が広がっている。
ある小学校では、協働学習と個別学習の両方でタブレットPCを活用している。「協働学習」のみを想定すると、タブレットPCの活用頻度は少なくならざるを得ない。活用頻度が上がれば良いというわけではないが、日本の「1人1台」は想定される活用範囲が狭いのではないか。
これまでICT活用は「教育の情報化」と「情報教育」「校務」に分けて考えられてきたが、このボーダーはどんどん曖昧になってきている。情報管理を自らタブレット等で行っており、教員もデータに基づいた学級経営を行っているため、「学習」だけではなく「校務」でも活用されているのだ。現在日本の主流である「協働学習のため」のみのタブレットPC配備では、活用の広がりが期待できないのではないかと危惧している。
【2016年3月7日】
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