東京大学大学院情報学環 馬場章教授 |
「世界最先端のコンテンツ大国の実現」が日本の目標の1つに据えられて久しい。今年度予算でも「成長分野等における中核的専門人材養成の戦略的推進」が盛り込まれており、成長分野例の1つとしてゲーム、CG、組み込みなどのIT・クリエイティブ関連の人材育成が例示されている。「高度情報通信技術人材等の育成」行程表においても、初等中等教育段階でのデジタルコンテンツの制作やプログラミング等講習会が昨年度から実施されている。しかし、コンテンツ産業の一翼を担う「ゲーム」についての社会的立場はいまだ曖昧だ。ゲームを学術的に捉え、オンラインゲームを教育目的に利用するための研究などに取り組んでいる馬場章教授(東京大学大学院情報学環・学際情報学府)は、「技術が進歩するほどチャンスや可能性があることを知り、最先端の技術に翻弄されるのではなく、使いこなす知性を身につけるための情報教育が必要とされている。ゲームを含め、自由な発想で作品を制作することができるような教育手法を確立すべき時期に来ている」と話す。
斬新な発想でコンセプトを生み出す
知性を身につけるための情報教育を
馬場教授は、教育において「ゲーム」を捉えなおす時期にあると話す。キーワードの1つが「ゲーミフィケーション」だ。
これは、ゲーム的ではないものに対してゲーム的な手法を追加することで顧客の注目を集めるという手法で、主にビジネス分野で注目されていたもの。これまでもゲームのメカニズムを教材やマーケティングに取り込み、「楽しみながら目的を果たす」ことが試行的に行われていた。例えばショッピングサイトを始めとする「ポイント制」もゲーミフィケーションのひとつ。これが、より自覚的に行われるようになり、「ゲーミフィケーション」という言葉が頻繁に使われるようになったという。
ゲーミフィケーションの下地にはシリアスゲームがある。シリアスゲームとは、面白さだけではなく、それ以外の何らかの効用をもたらすゲームを指す。ヨーロッパ、特にオランダはシリアスゲームにおいて最も産業面で成功している国と言ってよく、約30社がシリアスゲームの制作企業として成立している。多いのは学齢期から企業研修を視野に入れた成人を対象とする学習教材だ。オランダの成功要因は、国の政策として民間企業の努力だけではなく行政と一体となって産業育成を図ったことにある。ゲームの見本市も毎年5月に開催されている。
それに対して日本では、シリアスゲームに特化した民間企業は一社もない。
これには様々な要因があるが、シリアスゲーム産業を積極的に振興しようとする行政の政策がなかったこと、教育企業が既にゲーム要素を取り入れた教材を開発していること、初期投資の回収の難しさなどが挙げられる。
その中でも日本において成功しているのが、県や市が補助しながら研究機関で研究を進め、産業界で製品化していくという九州大学と福岡市の連携だ。福岡市のゲーム会社約10社がいち早く産業クラスターを形成、行政にも関心を持つ担当がおり、産官学が結び付いた好例と言える。
今、スマートフォンなどにより、ゲームの形態が多様化、接触する機会が増大し、生活に入り込んでいる。しかし日本において、ゲームは教育と対立したものであり、お互いにマイナスの影響を与えている状態にある。「ゲームにはまって引きこもりになった」とよく言われるが、実際に取材してみると、引きこもりながらもゲームを通して社会参加をしていたり自己実現をしていたり開放感を味わっているという面もある。これはネットショッピングとも重なる部分があり、ゲームの「現実」「非現実」を結び付けるひとつの可能性を示し得るものだ。
ここで考えてほしいことは、最先端の技術に翻弄されるのではなく、使いこなす知性を身につけるための情報教育が必要とされていること、ゲームを含め自由な発想で作品を制作することができる人材を育む「教育」手法を確立すべき時期に来ているということ。デジタル時代にふさわしいユーザとクリエイターを育むためには、斬新な発想でコンセプトを生み出すことができる「ひと」の育成が重要。そのためには「ICTを使って教えること」ではなく、「ICTそのものを教える」ことにシフトしていく必要がある。
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シリアスゲームを使って「ゲームをして学力を上げる」ことを提唱しているわけでもゲームによる引きこもりを擁護しているわけでもない。学習の一環として、開発者、利用者それぞれの立場を意識して本質を知り、理解を深めていくこと。最先端部分を正確に理解することは教員にとって難しい面もある。しかし、原理は変わらない。ゲームの仕組みやテクノロジーは様々な仕事に活かすことができる可能性があり、技術が進歩するほどチャンスや可能性がある。何がチャンスでどこに可能性が示されているのかを知る近道は、「原理」を知ることにある。
ゲームはなぜ動くのか。なぜゲームには夢中になってしまうのか。ゲームをもっと面白くするためには数学や物理や美術など様々な知識が役に立つことを理解することなど多面的な理解がスタートになる。ゲームをきっかけにインターネットやプログラミングの仕組み、夢中になれる仕組みを理解するなど、ゲームと知的に付き合う積極的な取り組みが必要だ。そういった観点でゲームを理解することがゲームリテラシーの育成となり、それが産業振興に、そして人材育成につながる。
「ゲームに夢中になるメカニズム」については、生理心理学を中心に科学的な研究も進みつつあり、今後の発表が待たれるところ。この分野の研究が進めば、ゲームリテラシーがもっと豊かになり、ゲームとの付き合い方が変わってくる。今、なんとなく「ゲームは一日1時間まで」というのが「暗黙の常識」になっているが、科学的な根拠はない。今後は説得力のある説明ができる可能性があり、研究しがいのあるジャンル。研究すべき大切な時期であると言える。
また、プログラミングは理系の仕事、という時代では既になく、文系理系を問わず簡単なプログラミングの体験が中学高校レベルで求められる。
これを実現するには、保護者や教師の役割は大きく、夢中になりすぎる自分を俯瞰しつつコントロールすることも含め、それぞれの学齢に応じて伝えていく必要がある。保護者が子どもにゲームを与えながらその影響がわからずに反対を唱えたり、逆に与えっぱなしにしたりするのではなく、ゲームや、ゲーミフィケーションの発想を生活に活用できるレベルにまで高めることがゲームリテラシーであり、原理を知って積極的に使いこなそうとする意識を持つことが国民の水準を決め、世界で遅れをとらないために必要なことといえる。
【2013年8月5日】
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