教育家庭新聞社は、視察研修企画「韓国の英語教育を見る」を3月27日〜3月30日に行った。参加者は小中高等学校や大学で英語・国際教育に携わる教職員。視察では、韓国の教育情報化を担う韓国教育学術情報院(以下、KERIS)や、ソウル市中の小学校、中学校、高等学校の英語の授業を参観。韓国では、就職に必須と言われている英語力の向上にICTを徹底活用していることが分かった。
サイバー英語教室について説明する KERlSのSONG氏 |
KERISでは、韓国教育学術情報院のSong JaeShin博士(以下、Song氏)が「韓国の教育と英語教育のICT活用」をテーマに講演した。
韓国では教育の情報化を5つの段階に分けて推進してきた。
1996〜2000年の第1段階では、教員1人1台のPC整備、教育情報総合サービス(以下EDUNET※1)構築、ネット環境整備などインフラの整備。
2001〜2003年の第2段階では、教室でのICT活用とそれを活用するための学習用コンテンツの整備。
2004〜2005年の第3段階では、サイバー家庭学習(以下、SHLS※2)の構築、教員研修の実施、ビデオストリーミングサービス開始などeラーニング・遠隔授業を活用した教授方法、学習教材の開発及び共有。
2006〜2010年の第4段階では、学習管理・教材管理システムの整備、デジタル教科書の開発、ユビキタスラーニングを用いたオンライン教育・学習の構築など事業拡大を行ってきた。
現在は2011〜2015年の第5段階にあたり、「スマート教育」が推進されている。児童生徒が自身の素質と水準にあった教育をいつでもどこでも興味を持って自ら学習することができる教育の実現が目的だ。
具体的には既存のSHLSなどのサービスに加え、小中高等学校でデジタル教科書を導入・活用する。
日本の文部科学省にあたる教育科学技術部ではデジタル教科書を「学校と家庭との時間と空間の制約なく利用でき、既存の教科書に、参考書、問題集、用語辞典などを動画、アニメーション、仮想現実などのマルチメディアで統合提供し、多様な相互作用機能と学習者の特性と能力、水準に合わせて学習できるように具現された学生向けの主な教材」と定義している。
第5段階では個別学習や個人指導、評価を可能にするインタラクティブな教科書の導入と、教育のためのクラウド環境の構築、教員の研修、デジタル教科書のための著作権の改定も行われる。
song氏は「経済協力開発機構(以下、OECD)によると学校滞在時間の平均は33時間ですが、韓国の学生は平均して、週49時間も学校にいます。これは世界最長です。さらに、塾や語学学校へ通っている時間は平均して週7・4時間(2009年)にもなります」と語る。それにも関わらず、OECDの生徒の学習到達度調査(PISA)を見ると、フィンランドと韓国は大きな差はないが、IMD(国際経営開発研究所)の教育競争力では、フィンランドが3位、韓国は29位(2011年)と差が大きい。
これは、「暗記学習に焦点をあてたステレオタイプの教育と、型にはまった学生評価、入試システムが原因。2025年までの10年間でIMDの教育競争力を3位とし、家庭での私的教育費負担の軽減、コンテンツ産業の雇用創出、教育満足度の向上を目標としている」と話す。
その実現のために「型にはまった教育ではなくパーソナライズされた教育を、ステレオタイプではない多様でタイムリーな知識を、入試中心の教育ではなく、創造性中心の教育をスマート教育で実現したい」と、スマート教育を通じて教育競争力を強化する方針を語った。
サイバー英語教室
韓国の「サイバー英語教室」とは、通常の英語授業に加えて、インターネットを使ったeラーニングによる自己学習とビデオ会議システムを使ったネイティブ教員の授業を組み合わせたもの。
このサイバー英語教室では市販の英語コンテンツも活用し、オンライン/オフラインをミックスしたハイブリッド方式の授業を行う。
通常授業も放課後のオンライン授業もネイティブ教員によって行われており、教師は、オンラインコンテンツを使った授業を週に1時間、インターネットを使った放課後授業は週に2時間、ネイティブ教員によるビデオ授業は週に1時間、午後9時〜10時の時間帯に行われている。
Song氏はサイバー英語教室の効果として、「特に地方の学生の学力向上が見られる。ICTは英語教育においてパワフルなデバイス、ツールである」と語った。
■韓国のトップ校―大元外国語高等学校
生徒が使う情報端末は個人の所有物 (大元外国語高) |
今回の視察先には全校に「英語教育 ゾーン」が設置されていた(恩石小) |
英語で伝言ゲーム「ユンノリ」を行う (恩石匠) |
電子教卓と電子黒板の設置は韓国の 教室では一般的(道谷中) |
大元外国語高等学校は、韓国初の外国語専門高校として1984年に設立された名門私立学校だ。
同校の高校生の成績は、韓国の大学入学資格試験の平均点が11年間国内1位、SAT(アメリカで用いられている大学進学適性試験)の平均点は世界で1位。最難関公立大であるソウル国立大、延世大、高麗大への入学率は国内トップを誇る。
1学年12クラス(1クラス35名)で、学年につき約100名がGLPコース(=Global leader
ship program)に所属する。GLPコースとは、米国最難関のアイビーリーグや英国の有名大学に進学するためのコースで、卒業生の60%以上がハーバード、スタンフォード、MIT、オックスフォードなど海外の大学に進学している。
GLPコースでは、通常の授業に加えて放課後に英作文と英文学の授業が、米国の有名大学を卒業した米国人講師により行われている。
この日の授業は、グループ毎に与えられた課題に対しての解決策についてプレゼンテーションを英語でつくる授業だ。生徒同士の会話も全て英語で行われている。
全教室にICT教卓と電子黒板、実物投影機が整備されている。電子黒板は昨年度、全教室に導入されたという。ネイティブ教員などがパワーポイントを利用した授業をすることが多く、効率的なことから導入した。この電子黒板は、韓国の学校に一般的に見られる設置方法で、中央の黒板を左右に両サイドにスライドさせると、電子黒板が現れる形式だ。
授業で生徒が使うスマートフォンやタブレット、ノートPCなどの情報端末は個人の所有物を活用していた。
■英語は週14時間―恩石小学校
恩石小学校は英才教育で有名な名門私立小学校。教育目標の1つが、「BDI(=Balanced Designed Immersion)プログラムを通じて学術的な素養と多文化への柔軟な対応能力の育成、肯定的な世界観を持った人材の育成」だ。
BDIとは、ESL(=English as a Second Language)として英語を学ぶ生徒のために、行われているイマージョン教育のこと。各学年、英語の授業のほかに、英語で社会科の内容を学習し、内容重視の指導法(Content‐based instruction)を強化している。
また、リーディングやリスニングスキル向上のために、英語ライブラリにある英語の本を全校生徒がレベルに応じて月に4冊読む。読書討論クラブ「Book Worms」も実施されている。
授業は、韓国人英語講師(13人)と、外国人講師(6人)、ネィティブ司書(1人)の合計20人が協力してあたる。
英語は全学年で週7時間の授業を実施しており、放課後にも7時間の課外授業が用意されているので、希望すれば週14時間の英語の授業が受けられる。
英語の授業では1クラスを3つの学力別のグループにする少人数指導制をとっており、校内には英語教育専用教室がある。
この日、少人数の英語専用教室で行われた授業では、低学年の英語を使ったゲームや英語カードを使った会話から、6年生上級クラスのナショナルジオグラフィック社のテキストを使った授業まで幅広く行われていた。アナログ、デジタル共に自作教材を使った授業も多いそうだ。
■教科教室制の研究校―道谷中学校
道谷中学校は教科教室制の研究校に指定されている公立中学校だ。ソウル特別市の中学校ではネイティブの教員が1校につき1人配置されている。校内の「English Zone」には6教室が用意されており、生徒は英語レベルにより5段階に分けられている。basicレベルの授業では、韓国語を多く交えながら教えていた。また、ネイティブ教員による一斉授業は、自作教材を使いリスニングとスピーキングが行われていた。
※1 EDUNET
初等・中等教育(小・中・高)対象。e‐ラーニングコンテンツの配信・共有、チャットや電子掲示板などのコミュニティサービス、教師用の教育情報提供サービスなどを提供するWEBシステム
※2 サイバー家庭学習
学校での学習を補い自己学習を支援するインターネット上の学習システム。対象は小学校4年生から高校1年生。学習管理システムにより、生徒一人ひとりの利用状況を分析し学習診断を行うこともできる。
韓国の受験は世界一厳しいと言われている。毎年11月に実施される大学修学能力試験の当日は、受験生が渋滞で遅刻しないよう企業の始業時間は繰り下げられ、英語のヒアリングの時間には、航空機に発着制限までかかるという。
韓国では大企業と中小企業の格差が大きく、大学生は皆、一部の大企業への就職を目指す熾烈な競争に参加する。大企業への就職に際しては学歴と英語力が必須だ。学歴でいうとSKYと呼ばれる名門大学(ソウル大学、高麗大学、延世大学)、英語力ではTOEIC800点以上、スピーキングはレベル6以上を求められるという。
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そのため、家庭での教育熱は高い。子どもたちは小学校高学年になると放課後、夜遅くまで学校で勉強した後、塾など習いごとに行く。塾のはしごも珍しいことではない。このため、親の「所得差」や、進学塾すらない過疎地域と大都市の「地域差」が教育の格差つながっている。いかにして教育機会の均等化を実現するか。韓国ではその「教育格差」という問題を、ICTを活用することで解決を図ろうとしている。
韓国では、教育が最も重要であることは、言うまでもない「常識」になっている。そのため、「教育格差」をなくし「均等な教育機会」を提供するという目的の手段として、国として教育への投資、教員の人材育成を熱心に行なっている。
40.3%が「学校をやめたい」
日本の選挙で争点になり聞こえてくるのは年金や福祉に関することが多い。学校教育や教育の情報化への投資が後回しになってはいないだろうか。韓国も良い面ばかりではない。教育科学技術部が全国の小中高生3万1364名に行った調査(2012年)では、回答者の40・3%が「学校をやめたいと思ったことがある」との結果が出た。理由は「学業成績」41・8%がもっとも多い。OECD加盟国中で韓国の自殺率は1位で子どもの主観的幸福度も近年、最下位が続いている。
視点や立脚点の差はあれ、普遍的な教育の目的は、子どもの将来の幸福ではないだろうか。子どもが希望を持って成長できる社会の構築を目指したい。
【2013年5月6日】
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