2004年以降、企業が社員に求める力は「コミュニケーション能力」がトップとなり、2008年にはそれと共に「主体性」が求められている。文部科学省は10月9日及び10日、コミュニケーション教育フェスタ2012(関東ブロック)を開催した。これは児童生徒のコミュニケーション能力を育むための試みとして芸術家等を学校へ派遣、「話し合う・創る・表現する」ワークショップを推進する取り組みで、平成22年度から始まったもの。基調講演で高木展郎教授(横浜国立大学教育人間科学部)は、「コミュニケーション能力」とは、「相手を尊重しつつ意見を伝え合い課題に対して創造的かつ主体的に解決に向かっていく」姿勢を育むことであり、「あたたかな聴き方、やさしい話し方がクラスの雰囲気を作る」と話した。
高木展郎教授 |
高木教授は、学校は「各教科等の指導計画に言語活動を位置づけ、各教科等の授業構成や進め方を改善する必要がある」と話す。「表現して伝える」から「分かりやすく表現する」に、「伝え合い共感する」から「伝え合い互いに助言し合うなどで新たな発見や追究に向かう」活動にと小・中・高等学校を通じて体系的に体験を重ねていくことで「コミュニケーション能力」即ち「相手を尊重しつつ意見を伝え合い課題に対して創造的かつ主体的に解決に向かっていく」姿勢が育まれる。
"マルつけ"はしない
そのためには、「子どものノートにマル付け」する授業、立て続けに「つけたし」発言する児童が多い授業、「わかった人」に挙手させて答えさせる授業では「子どもの未来は作れない」。理由は、「マルをもらうとそこで思考が停止する」、「つけたし発言の多くが『つけたし』になっておらず、自分の意見を言いたいだけの場合が多い」、「わかる人だけで進む授業では学校は良くならない」からだ。
「先生、○○しても良いですか」と聞かれ、「いいよ」と答えることも「考える」ことを阻む行為だ。これはよく見られるシーンではあるが、「いいよ」は「マル付け」と一緒。そこで思考が停止する。「先生、○○しても良いですか」と聞かれたら、「どうして○○したいの?」「どうすればいいと思う?」と聞く。これを続けていると、子どもは簡単に人に聞くまえに、自分で考えるようになる。「だって先生がいいって言ったもん」と子どもがよく口にする理由は、実は理由になっていないことが理解できるようになる。
考えることは、物事の因果関係をはっきり意識化すること。これを繰り返していくと、人の意見を理解できるようになり、自分の意見も伝えやすく、論理的になっていく。答え合わせではなく「考える」ことに重きを置いた授業展開が必要だ。
「場面分けして気持ちの変化を問う」授業もやめるべき授業手法だ。
これまでは「事実を正確に理解する」ことがメインだったが、今求められていることは「他者に分かりやすく伝えること」「考えを伝え合うことで自分や集団の考えを発展させること」「互いの存在について理解を深め、尊重していくこと」。
「正解のない課題について自分とは異なる文化や歴史に立脚する人々と共に知恵を出し合い創造的な解決法を導いていく」ことができる「積極的な開かれた"個"」を育むには、相手の気持ちの変化を理解するだけでは不足であるという。今求められているのは、「友だちとの話し合いを徹底して行うことで友人関係を構築できる授業」だ。
相手の話を聞いて考え、コミュニケーションするには、相手の話を「聴く」力が必要だ。授業で「聴く」ことを鍛えるには、まずは教師が聴き上手になること。小学校低学年のうちから、他の人の話を「復唱」することも効果的だ。
また、「聴いて考えて伝える」授業のためには、あたたかな聴き方、やさしい話し方もポイントになる。児童生徒が不登校となったきっかけと考えられる状況として、友人関係をめぐる問題が20%を占めているが、受容的な態度がクラスの雰囲気を作り、教室というコミュニティが育まれ、「いじめ」「不登校」が生じにくい場となっていく、と述べた。
文部科学省では、コミュニケーション能力の向上を目的に演劇・ダンス等の芸術を用いた学習プログラムの開発に取り組んでいる。「正解のない課題に創造的・創作的に取り組む活動であること」、「発表が目的ではなく、創作やグループでの話し合いなどの過程を重視すること」が重視されたプログラムとなっており、コミュニケーション能力の育成によって「伝える力」が向上したり、自己肯定感や自信、他者認識感覚が醸成されたりすることで、各教科の学力向上や、いじめ・不登校等問題行動への効果的な対応に資するとしている。コミュニケーション教育フェスタ2012(関東ブロック)は3年目の成果発表として、各校からワークショップ型授業に折り組んだ成果が発表された。
当日は、大田区立久原小学校(東京都)、海城学園海城中学校(東京都)、横浜市立盲特別支援学校(神奈川県)の取り組みが発表された。
■大田区立久原小学校
芸術家によるワークショップ型授業の 成果を発表した |
大田区立久原小学校は、NPO法人学習環境デザイン工房と連携したワークショップに取り組んだ。同校の3年生が「総合」の時間で取り組んだのは、デジタルカメラで撮影した映像を"逆再生"することで生まれる「おもしろムービー作り」。12時間扱いで、4〜5名から成るグループには学習環境デザイン工房のファシリテータがつく。児童はアイデアを出し合い、グループごとに作品作りに取り組む。
同校は本取り組みの成果として、「意欲あふれる表情が多く見られた。自己表現の機会が拡がり、コミュニケーション能力が向上した。授業作りの貴重なヒントも得られた」と話す。さらに「コミュニケーション能力の向上やその成果における客観的評価方法について今後は検証していきたい」と次年度の事業に継続して応募する考えを明らかにした。
■海城中学校
海城中学校は、平成22年度及び23年度に「国語」「道徳」各3回(計300分間)で「コミュニケーション授業」に取り組んだ。
平成23年度の「コミュニケーション授業」は、複数のアーティストによる修学旅行の「振り返り」だ。演出家のわたなべなおこ氏により「ジェスチャーなど身体を動かすことでいつの間にか演劇的な体験をしている」ことを体験した後、修学旅行で生徒が撮影した写真をつなぎ合わせて戯曲を作り、発表した。
演出家の柴幸男氏からは「ラップ」を学び、修学旅行を振り返ったラップを考え、発表した。
このほか、修学旅行から自宅宛てに送った絵はがきを持ちより戯曲を作ったり、写真を基に演劇を作るなど、修学旅行の振り返りを基に様々な創造体験を重ねていった。
生徒からはこれらの活動を通して「1人ひとりの意見を組み合わせて1つのものを作ることは想像以上に難しいが楽しい」「違うアイデアが集まると新しいものが生まれてくることに気づいた」「観客にどう伝えることができるか考える必要がある」などの感想が出た。
教員からは、「修学旅行の振り返りが十分ではないと感じていたが、アーティストによる様々なアプローチを見て、今後の授業改善の可能性を感じた」「互いを尊重し合って創作してゆく姿に成長を感じた」という声が聞かれた。
新学習指導要領により、各教科で話し合い活動やグループ活動に多く時間が割かれるようになったが、これらワークショップの成果は、社会科のフィールドワークや理科の実験活動、英語のグループ活動などの話し合い活動につながっており、継続的な活動が効果的であるとしている。
■横浜市立盲特別支援学校
横浜市では、学校、アーティスト、企業、地域、行政などがゆるやかに連携、協働する場として横浜市芸術文化教育プラットフォーム「学校プログラム」を提供している。芸術家が学校へ出かけ、コーディネータと教員が実施内容を調整、体験型・鑑賞型プログラムを行うもので、本取り組みに横浜市立盲特別支援学校も参加。NPO法人STスポット横浜がコーディネータを務めた。
同校では一昨年度、音楽コンサートを実施していたが、複数回実施したいという要望があり、音楽とダンスのアーティストを起用することになった。小学部では5回、高等部普通科総合コースで2回、同生活コースで3回実施し、パフォーマンスや即興的な取り組みを行った。
中学部では生徒の「名まえと好きな言葉」を取り上げ、音楽とダンスのアーティストとやり取りしながら曲やパフォーマンスを作成。生徒たちの発表会は、大変な盛り上がりを見せたという。同取り組みに係わったダンサーの北村成美氏は「コミュニケーションは生きる力そのもの。身につけさせるというよりは、ここに何かがある、と認識させることが役割であると考えている。感性が鈍くなる要素を取り除くことも必要」と話した。
平成25年度も事業は継続予定
文部科学省は、平成25年度は本事業の後継事業として「対話・創作・表現活動等を通じた児童生徒の思考力、人間関係形成能力等の育成」に取り組む。芸術関係者、マスコミ関係者、心理専門家など外部講師を活用し、いじめ問題などに関する熟議やディスカッション、地域や学校ニュースなどメディア制作・発信、演劇やミュージカル等創作活動、ソーシャルスキルトレーニング、ピアサポート等取り入れた教育活動を展開。大学やNPO法人に委託し、研究機会の充実を図る。フォーラムは全国3か所で開催し、成果を共有する。
【2012年11月5日】
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