平成22年度に実施された補正予算「スクール・ニューディール政策」により、学校の教育環境はどう変わったのか。社団法人日本教育工学振興会(JAPET)はスクール・ニューディール政策以降の学校におけるコンピュータ等ICT機器の整備・活用状況を把握するため、全国の公立小中学校と市町村教育委員会を対象に、第8回教育用コンピュータ等に関するアンケート調査を8月から10月にかけて実施した。それによると、小中学校の管理職や教育委員会において、校務の情報化の必要性に対する認識は高く、教育委員会と連携して教員が市内どこに異動しても同じシステムで作業できる体制を推進するべきであると考えていることが明らかになった。校務の情報化関連についての調査結果をまとめる。本調査によって得られた回答数は全国公立小中学校2998校、183教委。なお授業活用に関するICT環境については2月号に掲載。
JAPET調査より
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大きく進展した教員用PC配備
校務処理などの活用を視野に入れた教員用コンピュータ1台/1人の整備状況について教育委員会を対象に調査したところ、「通常コンピュータで整備済み」が前回調査の25・7%から70・5%と大幅に増加した。
しかし政令市・中核市・区では31・6%が今後も達成困難であると回答しており、100%達成の道のりは険しいようだ。
一方、学校を対象にした調査では、教員用PCは78・7%の小学校及び74・5%の中学校では全教員に配備されており、こちらも前回調査と比較して大幅に向上している。
校務支援システムについては、小学校では53・6%、中学校では51・2%の導入率で、スクール・ニューディール政策においてそれほど進んだとは言えない。
校務システムの稼働やデータ連携をするために必要な校内LAN整備状況を教育委員会別に見ると、全体で67・2%が校内LAN整備は達成済みあるいは達成可能と回答している。
児童・生徒用コンピューの整備、教員用コンピュータの整備とは逆に、学校数・教室数の多い大規模教育委員会での達成率が高く、学校・自治体規模が大きいほど校内LANに価値を見出している事が想定できる。しかし、ここでも20%の教育委員会が財政状況の厳しさにより、当面の校内LANの整備は困難と考えている。
では校内LANは校務にどの程度活用されているのか。
75・5%の小学校、78・2%の中学校では「校務処理で有効活用されている」と、校内LAN活用率は高い。
では、校務システムの必要性についてはどう考え、どのように進めるべきであると考えているのか。
「教育の情報化ビジョン」では、管理職が学校CIOとして校務の情報化の推進役を担うことが推奨されている。では実際に担っているのは誰か。
管理職に聞いたところ、最も多いのは「管理職と情報担当教員」の46・6%、次いで45・1%の「情報担当教員」であった。学校CIOとしての役割を果たしている管理職は多いとはいえない。
しかし「情報担当教員」よりも「管理職と情報担当教員」という回答率が上回っていることから、一部の詳しい教員に任せきりにする傾向は、改善されつつあるようだ。
管理職で進む 必要性の認識
注目すべきは、学校CIOとして推進役を管理職が担う率は現在4・9%と高いとは言えないにもかかわらず、校務の情報化の必要性に対する管理職の認識は高い点だ。逆に「校務の情報化は不要」と考えている管理職は2・4%と低い。
91・7%の管理職が「校務の情報化を進めるためには、教育委員会と連携する必要がある」、89・2%が「教員がどこに異動しても同じシステムが使えるよう、都道府県教育委員会は市町村教育委員会と協力すべきである」、89・1%が「学校で蓄積した情報を教育委員会から適宜抽出できるようにし、教育委員会の調査を減らし、学校負担を削減できるシステムを導入すべきである」と考えている。「中一ギャップ等の問題解消のためにも、小中連携もしくは9年間の『見取り』の機能を有した校務システムを導入すべき」と考えている管理職も79・3%と高い割合だ。
これらの結果から、小中学校の学校管理職は、「教育委員会と連携して、教員がどこに異動しても同じ作業ができ、小中連携しやすい校務支援システム」を望んでいるということがわかる。
いまや「校務の情報化」は学校単位で進めるものではなく、教育委員会と連携して進めるチームワークが求められるものになった。
その一方で、「学校の独自性を活かす校務の情報化を推進すべきである」と考えている管理職は全体で57・0%となっており、通知表や成績処理など現在の業務スタイルを変えたくないと潜在的に考えている管理職が少なくはない。
しかし、都道府県あるいは市町村レベル、小中連携いずれの場合においても校務の情報化を推進する際には何かしらの統一作業が生じるものだ。よりスムーズに推進していくためには、これまでのやり方をある程度変えていく作業が必要であると覚悟を決めることが必要だろう。
なお、既に校務システムを導入した地区において「通知表などを活字化することで教師の気持ちが伝わらなくなった」と考えている管理職は16・6%と少ないことも明らかになった。小学校では前回調査28・2%から13・2ポイント減の15%、全体でも10%減となっていることから、導入して活用が進むにつれ有用感が増し、活字であっても気持ちを伝えることができると考える管理職が増えていることがわかる。導入前はこれまでの方法を変えたくないと考えている場合も、導入し活用が進むにつれ、意識が変わっていくことが予想される。
学外の校務処理 意見に分かれ
校務処理を自宅など学外でできるシステムについては管理職と一般教員で回答が分かれることが予想されるが、65・4%の管理職が「セキュリティも確保して、学校外で校務処理を可能とすべきである」と考えており、校外での校務処理を望む声は少なくはない。なお、校務支援システムを導入した地区において58%の管理職が「セキュリティの強化によって自宅への持ち帰り仕事ができなくなったため、残業や休日出勤が多くなった」と考えていることから、自宅への校務持ち帰りが可能な体制を整備している教育委員会は、まだ多いとは言えないようだ。
校務の情報化は 学校経営にプラス
実際に校務の情報化を推進した地区の管理職はどう考えているのか。
77・2%の管理職が「多くの情報がデータ化、蓄積され、学校経営に活かせるようになった」と考えている。また、「グループウェアや校務システム導入により、職員間の直接のコミュニケーションが阻害されている」と感じている管理職は9・5%と少ないことから、校務システムは学校経営に役に立っており、コミュニケーション阻害も生じていないと考えていることがわかる。
その一方で「教員の校務処理の時間が短縮され、児童・生徒に向き合う時間が増えた」と考えている管理職は27%、「校務システム導入によって児童生徒と向き合う時間が減った」と感じている管理職は32・5%であり、「3割弱が導入効果を実感しており、3割強が導入効果を実感するまでに時間がかかっている」ことが分かる。
また、「教育委員会からの文書の授受が電子化され、教務主任や事務職員の業務が軽減された」と考えている管理職は32・1%、「グループウェアや校務支援システムの活用で、職員朝礼や職員会議の時間を短縮できた」と考えている管理職は21・8%となっており、校務の情報化によって想定される導入効果をまだ実感できない管理職のほうが多いようだ。
この要因として、校務システム導入を始めたばかりでその効果が現れていない学校がまだ多いこと、学校Web更新やグループウェア導入のみで成績処理等、本来の校務の情報化と言われている機能は未導入または活用されていないことなどが考えられる。
今後、本格的に校務システムが稼働し、運用が広まるにつれて数字に変化が見られると予想できる。
期待されている 教育クラウド効果
東日本大震災以降、教育クラウド化に注目が集まっている。教育クラウド化することで、学習面においては、教材などを広く地域で共有しやすい仕組みが構築でき、校務面では、時間や導入・管理運営コストの軽減やデータの安全な保管などのメリットがある。
91・2%の管理職は、教育クラウド化により「授業や補習・進学指導などのために、教材コンテンツやデジタル教材、プリント教材、教員の自作教材等を広く地域内で共有できる仕組みを構築すべきである」と考えており、79・4%が「進級や進学、転校時に児童生徒情報を共有できるようにすべきである」と考えている。教育クラウド化には様々なメリットがあるが、業務軽減効果以上に「学力向上」が教育クラウド化の第一歩を推進するためのキーワードとなりそうだ。
教育委員会と管理職の意識
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では教育委員会は、校務の情報化についてどう考えているのか。
管理職と同様の質問を行ったところ、校務の情報化は必要で、教育委員会と学校は連携して推進していくべきであり、教育クラウドの仕組みは有用であると考えている教育委員会は多い。しかし全体的には管理職ほど強くは考えていないということが数値から予想できる。これは、教育委員会は管理職と比較して校務情報化のメリットが薄いと考えているというよりは、校務の情報化を実際に進めていくための課題解決に向けた教育委員会の負担が大きく、取り組みを開始するにはある程度の覚悟が必要、と認識が進んでいることが数値に影響していると予想できる。
なお、自治体規模によって違いが見られる項目もあり、政令市・中核市・特別区では100%が「校務の情報化は必要」、「学校は教育委員会と連携して校務情報化を進めるべき」と考えているのに対し、町・村では必要性を感じていない割合が多かった。自治体規模が小さいほどデータ連携のメリットは小さくなり、逆に、自治体規模が大きいほど導入に困難はつきまとうものの、導入メリットは大きいと言える。
漠然とした不安も
校務システムの導入によって児童生徒情報の電子化が進むことから、58・9%の管理職は「校務システムの導入によって、情報漏えいが懸念される」と考えている。システム化することによりセキュリティが保たれる可能性が高くなるはずだが、漠然とした不安を持っていることがわかる。校務システムや教育クラウドにおける技術的な理解を測ることで、漠然とした不安は払しょくできる可能性がある。
スクール・ニューディール政策をきっかけに、教員用PC配備が進んでいる。次の課題は「校務の情報化」の確立と学校情報を含めた行政のクラウド化であると言われている。学校データをクラウド化し、かつ校務の情報化を実現した事例はまだ多いとは言えない。その数少ない事例の1つが、静岡県富士市だ。
シンクライアントを全教員に1200台配置
仮想化技術を利用した校務システムの構築と学校の情報化をテーマにした「静岡県の校務の未来を考える」セミナー(主催 内田洋行)が2月3日沼津市で、16日静岡市で開催され、静岡県内の教員らが参集した。富士市では情報政策課と学校教育課、学校現場が協力、安心安全をキーワードに仮想化技術を使った校務システムを導入し、富士市内全小中学校(小学校27、中学校16)の全教員に校務用PC1200台を配備した。
深澤安伸氏 |
情報政策課 深澤安伸氏
富士市情報政策課主幹の深澤安伸氏は、導入の目的と構築の概要、将来構想について説明した。
富士市の事務系職員は全職員がシンクライアント化・仮想アプリケーション下で事務処理を行っており、どこの部署においても同一の環境だ。同一環境の構築は部署を異動しても新しい環境に慣れるための教育コストが不要であり、結果全体のコストを低くすることにつながる。
これを成功事例とし、富士市の学校環境にも取り入れた。13インチ1・9キログラムのノート型シンクライアントを全教員に配備。仮想デスクトップは1200用意、各教員は仮想デスクトップにアクセスして仕事を行う。
サーバは市役所に設置。教室はもちろん、自宅や出張先からも学校環境にアクセスして授業準備から成績管理、印刷指示までできる。プリンターはICカードで認証してから印刷するため、印刷物の取り忘れも防ぐことができる。
導入したのは、マイクロソフトオフィスプロフェッショナルプラス2010、一太郎Pro(ジャストシステム)、デジタル校務、デジタル職員室(内田洋行)、アクティブメール(トランスウェア)など。使い慣れたクライアントOSとしてWindows7を提供した。これらの詳細項目については、教育委員会指導主事や各校の担当者により決定。「○○がしたいけれど○○がないからできない」という声が出ないように配慮したという。
希望により制限解除も可能で、アプリケーションも個別に使えるようにすると同時に、多人数が一斉にアクセスしても遅くならないよう、導入当時考えられる最速のものを導入した。
導入コストは、ハード、ソフト、運用、保守含め、5年リースで1台につき7500円/月程度。
報告した深澤氏は、「サーバの進化は早く、リース延長をしてもコストが安くすむとは限らない。学校の先生の校務時間を短縮するためには、校務支援ソフトの導入は不可欠。今後の課題は、新しい方法への慣れとルール作り」と述べた。
荊沢孝之氏 |
学校教育課・荊沢孝之氏
富士市教育委員会学校教育課の荊沢孝之氏は、富士市教育委員会における校務システムの導入の経緯や使用状況、成果について発表した。
富士市では、児童生徒用PC配備を優先した経緯もあり、県内で校務用PC未配備であるのは富士市を含み2市のみであった。学校では私物PCも使用しており、校務用PC配備の要望が強くあったことから、方針を見直し、校務用PC配備の検討を開始した。また、校務用PC活用のためには校内LAN整備も必要であるということから、同時整備を計画した。
導入の目的は、データ共有・活用や、校務支援システムによる事務処理統一の向上によって、子どもと向き合う時間を増やすこと。
PC配備やシステム構築については、市の情報政策課に協力を依頼。将来性を考慮し、目的を遂げるための最適なシステム整備について他市や他県の状況についても調査や視察など情報を収集、調達のための仕様書作りに着手した。
学校教育課では、各学校に対して校務用PCについてどのようなソフトや機能が必要かについてヒアリング。学校からの要望は多岐に渡っており、その主なものは、これまでやってきた作業を変えずにさらに楽になることが望まれていた。導入したいソフトのトップは使い慣れている一太郎であったという。また、USBメモリを使わなくても自宅での作業が可能な環境へのニーズも高かった。
校務支援システム「デジタル校務」「デジタル職員室」のメリットについては、ワードやエクセルとの連携ができること、通知表などのレイアウト配置の変更が学校独自で簡単にできる点が評価された。年度途中の校務支援システム全校一斉切り替えは難しいことから、モデル校のみで主な機能を活用、カスタマイズ等を進めている。家庭など学校以外の場所からのアクセス状況を見ると、土日や休み明けなど学校が始まる日の前日のアクセスが多い。また、校内でのアクセス状況を見ると、1日あたりのべ1700回のログオンが記録されている。平成24年度からは全校で一斉稼働をする予定で、今後は、より使いやすいシステムにするために運用方法を案内していくと同時に、教職員のセキュリティ意識を向上させる取り組みを実施していく考えだ。
新土敏之校長 |
富士川第一小学校
学校現場からは、富士市情報教育研究委員会で委員長を務める富士市立富士川第一小学校の新土敏之校長が報告した。同校はモデル校として校務用PCと校務支援システムの活用を進めている。
導入前、富士市内の多くの学校で、職員用PCの台数は少なく、一括管理されていなかったことから、分掌・学年の前年度データの蓄積を活かすことができていなかった。また、USBメモリ等で学校文書の持ち帰りも行っており、紛失や盗難の恐れもあったという。
校務用PC及びシステム導入について、校長、教頭、教務主任、養護教諭など様々な教員を対象に要望を調査、校務用PC導入によって期待できることとしては、「分掌遂行の向上」、「多忙感の解消」、「データの紛失防止」などが高かった。その後8月に校務用PCを配備。シンクライアントシステム及び「デジタル校務」「デジタル職員室」の導入や校内LANの整備により、職員室はもちろん、教室や自宅で学校情報にアクセスして仕事を進めることができるようになり、個人アドレス配備によって教員間でのメール交換も可能になった。
すぐに軽減されたのは、日常的な事務処理事項であった。たとえば行事予定や週報・校務日誌など別々に作成していたものが、ホーム画面で入力することで3つの文書に反映されるようになった。職員の動静は個人で入力することにより、校務日誌や長期休業一覧などにリンクされ、教頭業務も軽減された。会議や打ち合わせでの配布プリントはPDFをメール配布することでペーパーレス化された。市教委や校内の「お知らせ」もトップページで確認でき、必要ならば返信もできる。施設や備品の使用予約も、他学年の使用状況を見ながら設定できるようになり、黒板に記入する必要がなくなった。また、これまで各校レベルでエクセルなどで作成していた通知表や児童名簿も校務支援ソフトで作成できるようになった。
今後の課題としては、全職員が毎日校務支援システムにアクセスして情報を確認するという流れを作ること、職員各自が各家庭のインターネット環境を整備していくことなどを指摘した。
【2012年3月5日号】