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「Can-Doリスト」で「できる感」育む

福岡県立香住丘高校・九段中等教育学校 両校の実践に学ぶ

 平成24年度文部科学省の概算要求には、生徒の英語力の水準や英語教員の指導力等の向上を図るため、「Can‐Doリスト」ガイドブックの策定や、「Can‐Doリスト」を活用した強化地域での実践が盛り込まれている。「Can‐Doリスト」とは何か。福岡県立香住丘高と千代田区立九段中高等教育学校では「Can‐Doリスト」について先行して取り組んでいる。その意図と役割について取り上げたシンポジウム「中高接続を踏まえた英語Can‐Doリストやタスクに基づいた指導と評価」を取材した。同シンポは10月30日、拓殖大学(東京都文京区)で開催された「ELEC同友会英語教育学会第17回研究大会」のひとつ。

 Can‐Doリストとは、日々の英語活動を画一的なスコアで捉えるのではなく、英語を使い実際に「何ができるようになったか」をリストにして視覚的に示す授業ツールだ。生徒の自己評価のための目標リストとして利用するほか、達成感(「できる感」)を感じることで課題に対する自己効力を育成することができると期待されている。

具体的な目標が見える

  九段中等教育学校は、06年の開校当初からCan‐Doリストの研究・開発に取り組んできた。同校主任教諭の本多敏幸教諭は、「本校で英語を学ぶことで生徒にどのような力がつくのか、具体的に生徒、保護者、志望する児童、英語科の教員に示す必要があった。また、英語科の各教員の指導の方向性を揃えるためにもCan‐Doリストの研究・開発を役立てたかった」と述べる。

  英語教育の行動目標をCan‐Doリストとして提示すれば、生徒に具体的な目標を持たせることができる。保護者にも学校の取り組みを理解する助けにもなる。ただし、単に生徒ができる内容をリスト化するのでは伸びシロがない。現状に合わせるのでなく、到達目標の要素を加えたリストになるよう、各行動目標を達成するための指導方法や教材開発が大切だ。

実態把握に有効

  今年1月にはCan‐DoリストのVer・5が完成、同リストがどの程度達成できているのかについて調査した。

  「1年次の項目では20項目のうち10項目が高い。1年次における行動目標レベルを上げる必要がある」、「平均値が高い項目は、学年で力を入れてきたものが多い」、「平均値が低い項目は十分に活動させていないか、あるいは行動目標として無理があるもの」等が見えてきたという。

  今後は、(1)Can‐Doリストの観点を整理しVer・6を作成、(2)生徒の目線に合わせたCan‐Doリストを作成し生徒に配布、(3)各行動目標を達成するための指導方法や教材開発などを予定している。

  長沼君主氏(東京外国語大学世界言語社会教育センター専任講師)は「中高一貫校の取り組みがCan‐Doリストを通して確認できる点は大変貴重。活動事例が見えるので、実際の現場でどのように組み立てられているのか理解できる」と取り組みの意義を述べた。

学年間の整合性が図られ成績も向上

  SELHi研究指定校である福岡県立香住丘高校も、「Can‐Doリスト」を作成した。Can‐Do研究の前後でGTECやTOEIC等のスコアの向上が見られており、スコア上位層、下位層共に成績が伸びているという。

  同校の英語実践を支えるのは、3つのCan‐Do研究だ。1つは、生徒が英語を使い「何ができるようになっているか」、授業内の活動やタスクに基づいて技能ごとに具体的な能力記述(Can‐Do Statements)で示したフレームワーク「香住丘Can‐Doグレード」。各学年を前後期の計6グレードに分類し、過去の授業経験から各グレードで生徒の7〜8割ができると判断される行動が示されたもので、TOEICや英検のスコア等の到達度との関連付けも併記。

  2つ目は、「香住丘Can‐Doグレード」を基に、生徒が自己評価できるように開発した「香住丘Can‐Doチェックリスト」。各グレードで4技能(「聞く」「話す」「読む」「書く」)の各領域の活動を生徒にわかりやすいよう5項目に絞り記述したほか、各項目で「できる度チェック(Can‐Do)」と「やりたい度チェック(Needs)」を4段階用意し、各項目の到達度とニーズ分析を行えるようにした。

  3つ目は、Can‐Doチェックリストを通して得た生徒の自己評価から、特に到達度の低い項目を把握し、その後の授業実践に役立てる「Can‐Do学習・評価タスク」。同タスクを授業で活用することで授業がモジュール化され、難易度を調整して学習素材を組み替えながら学年間で継続的に能力発達を促すことができるようになる。

  同校の永末温子教諭英語学科主任は「3年間を通してみると、指導の抜けや不足点が見えてきた。開発は終わりでなく新たな始まりであることに気づいた。作成の過程で教員が到達目標と教材の関連性や教材選定と取扱の再評価を行うことができ、指導内容が可視化され、各教室、学年間の整合性が図られた。重要なのはCan‐Doリスト開発そのものではなく、その運用を通して指導を改善できること。作成を通してベテラン教員と若手教員のコミュニケーションもより円滑になった」と述べた。

大切な動機づけ

  長沼氏は、「これは自律性を育む動機づけツールであり、教員が見とる授業改善の道具。全ての技能を上げようとせず、重点化するものを明確にして取り組むと進みやすい。まずは今までの自分の授業を一つ変えてみると良い」と話す。多忙な教員にとっては、学習活動をリスト化する作業への負担感もあるだろう。永末教諭は「全体のレファレンスから作成するのではなく、まずは下の方のタスク開発から取り組んでみること」と取り組みの入り口を説明する。九段中等教育学校では、月に一度開いている英語科の会議を他校の教員にも公開している。

  「Can‐Doリスト」=文部科学省が今年6月に公表した「国際共通語としての英語力向上のための5つの提言と具体的施策」の中で、「生徒に求められる英語力について、その達成状況を把握・検証する」(提言1)ためにも、「中・高等学校では各学校が、学習指導要領に基づき、生徒に求められる英語力を達成するための学習到達目標を『Can‐Doリスト』の形で具体的に設定することにより、学習指導要領の内容を踏まえた指導方法や評価方法の工夫・改善が容易になる」と示され、外部検定試験等の客観的評価の活用による把握・検証とともにその活用が推奨されている。


 

東京外国語大学 長沼君主 世界言語社会教育センター専任講師

学校独自の“リスト”作成を

 外国語能力の向上に関する検討会の提言には「中・高等学校では各学校が、学習指導要領に基づき、生徒に求められる英語力を達成するための学習到達目標を『Can‐Doリスト』の形で具体的に設定することにより、学習指導要領の内容を踏まえた指導方法や評価方法の工夫・改善が容易になる」と明記されている。「Can‐Doリスト」への期待が高まっていると言える。

  同提言では「小・中・高校で一貫性のある学習到達目標を作成することにより、小・中・高校が連携した英語教育の実現も可能となる」とも示した。

  中学校は、小学校で外国語活動に取り組んで入学してくる児童を念頭に「Can‐Doリスト」を作成する必要があり、高等学校は、中学校から入学してくる生徒を意識して作成するように、ということだ。

欧米で進む利用

  評価の目的は、正確な自己評価ではない。作成過程で児童・生徒が自らの学習における内省力が高まること、教師が子どもの活動を見とり易くなることにある。自律的学習を促進するための評価といえる。

  欧州では、言語能力発達段階の枠組みを記した「ヨーロッパ言語共通参照枠(CEFR)」や、自己評価チェックリストによる到達度評価と、目標設定が可能な「ヨーロッパ言語ポートフォリオ(ELP)」があり、子どもたちが学習成果を自ら管理できる自律学習者に育てるという発想が強い。

  また、英国では言語ポートフォリオを用いて、できるようになった活動など個々の言語の学習履歴と「できる感」を、自己評価して冊子やバインダーに収録し、中学校へ持っていく形で小・中の連携も行われている。米国でもELPと同様の枠組みの「リンガフォリオ」の運用が始まっており、オンラインで共有できる仕組みができつつある。

外部指標を活用し学校 独自のCan‐Doを

  日本では、英検やTOIEC、GTECなどでスコアの解釈のために「Can‐Doリスト」が使われるようになった。CEFRの日本版(CEFR‐J)も来年には日本で出版されると聞く。現在、少しずつ様々な「Can‐Doリスト」が表に出てきているが、それらを自校の教育の文脈に合わせて具体的にとらえ直すことが大切だ。

  自信のない段階から自信が持てる、足がかりとなる段階を設定し、しっかりとした足場を作りながら部分的な能力を肯定していくこと。得意な子たちを飽きさせず、不得意な子たちに自信を与える学習段階をしっかりと設定し、それを裏打ちする評価タスクを設計する。そうなれば子どもたちに「できる感」が育っていく。間違っても「Can‐Not‐Doリスト」とならないようにしたい。

【2011年12月5日号】


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